第13話 変わる関係
誰もが口を開くことはなかった。
嘲笑う声も黄色い歓声も一切として無かった。教室に残ったものは静寂のみだった。
早尾の告白現場を目撃していた誰もが、ただ唖然とした表情でその場で立ち尽くしていた。
誘いの受諾と想いを告げて何秒、何十秒、何分経ったのかわからない。教室に掛けられた時計の短針が長針を追い抜かしている。
彼の想いを唯一知る自分までもが指ひとつぴくりと動かすことも出来ずに立ち竦んでいた。
驚く程に静まり返った原因の彼はと言うと、やってしまったと言わんばかしに顔を赤くして唇を震わせている。口の中で奥歯が何度も当たっているのだろうか、カチカチと高い音が聞こえる。
それでも、それ以上に取り乱すことはなく今も尚南を真正面から目を背けずに見つめ続ける。
早尾の体型がどれだけ崩れていようが、馬鹿にされるような容姿であろうが関係ないと、ガラの悪い男共に臆することなく、むしろ立ち向かう姿には男を感じる。
「……やるじゃん」
「…こ、告白しちゃったよ、まじかよまじかよ」
「……い、意外だわ。しょうみヘタレとか思ってたけど度胸あんじゃん…」
南の友達である、
思考がクリアになってきたのか、状況に追いついた脳みそが平常運転へとシフトしようとしる。
桜林さんの声をきちんと聞いたのは今のが初めてかも知れないなと思った。
彼女らの声を聞いて、張り詰めていた空気が弛緩したのが伝導したのか男達はひきつく頬を気にもとめずにに口を開いた。
「はっ、だっせぇ!大体オタク、お前に何ができんだ?それによォ!ろくな趣味一つもねェんじゃねェのか?」
俺は今、
人を見下ろすとか卑劣で嫌な顔だとか、波風は悪い顔をしていなかったためだ。
早尾が告白する前までの波風くんは、俺たちを馬鹿にしたようで、明らかに彼の表現や態度には俺たちへの侮蔑の意図があったはずだ。
しかし今はどこか焦ったような、胸糞が悪いと言った感じで、語気に覇気もなくどこか頼りない。
ヒエラルキーの上の者が持つ余裕の風格が、苛立たしく身振り手振り、色々な箇所が激しく動く仕草からは微塵も感じられなかった。
「……オタクくんさ〜、まずはその不清潔な見た目と髪型どうにかした方がいいんじゃない?くくっ」
「言えてるわ〜。そのボサボサの前髪とか整えたら?あ、でもそっちの七三分けは逆にダサいわ」
「リーマンじゃんリーマン!くくくっ」
今度は波風の友達と思わしきやつらが各々に好き勝手言ってくれる。
大和と呼ばれていた男が一瞬、波風のことをチラリと横目で確認した。それが何を意味していたのか分からないが、特に意味は無かったのかも知れない。
何せコミュニケーションは会話だけでなく態度や目線等でも情報を収集することが出来るらしいからだ。
てか、誰だ俺のことそっちとか言って馬鹿にしてるやつ。七三分け格好いいだろーが超良いだろーが。
この五月蝿いやつらを相手にしても面倒くさいだけだし、話も進まない。
早尾に話の続きを促すために目配せをした。
俺の意図を汲み取ってくれたのか、首を縦に動かす。
彼には南以外の誰ものも視界に入れることを許さず、南だけを視界に捉えている。
「南さん!その、良ければ……、れ…れんらく先交換したいんだすけど……」
冷静さを取り戻したのは取り巻きだけではなく、当事者である早尾にも言えることであって、それ故に緊張感や緊迫感を改めて意識したようだ。証拠に肩や肘が
やかましく場を良い意味でも悪い意味でも盛り上げ続けていた彼等はすっかり大人しくなってしまい、早尾の言葉に対しての返事を息を飲んで待っている。
南はと言えば、何か考え込んでいるのか、はたまたは何も考えずにボーっとしているか区別の付かない曖昧な表情で俺達、特に早尾の方を向きながら口を閉ざしていた。
「えー、…LINEじゃだめなん?」
南が首を少し傾けて力を抜くようにふっと笑った。
これは肯定と捉えていいのだろう。その瞬間横で早尾は喜ぶと同時にすぐさまキャッチしたボールを投げた。
「ぜ、全然!あ、ダメってわけじゃなくて問題なしっ!お願いしますっはい!」
多分LINEなんて普段言うことが機会が滅多に訪れないので、高校生の中では古めかしい言葉にはなるかもしれないが、俺達は連絡先というフレーズが先に脳裏に浮かぶ。
当然オタク君はと言えば、連絡先の交換さえできれば手段やツールは問わないだろうから、勿論LINEで問題があるとは思えない。
ちなみに俺と早尾の連絡のやり取りはLINEも使用するがどちらかと言えばゲーム特化型チャットアプリを通して頻繁に行われる。
やかましい男共もこの先の展開を読めたようで、面白いことは何もないだろうと見込んで早々に立ち去ってしまった。
波風くんはと言えば、立ち去るその瞬間まで南と早尾が連絡先の交換をしている様子を見ていたようだった。
「あ、ハヤオのアイコン『織姫様』じゃん」
「あ?織姫様?なんそれ?」
南の発言に対して間髪入れずに高城さんが反応した。
アイコンとは、多分LINEのプロフィール画面に設定した画像や動画の1部のことを指している。…はずだ。
そして南は自分のスマートフォンに映し出されている早尾のLINEアイコンを見せていた。「これよこれ、この女の子が主人公」「あー、はいはい。アニメね」と一連の流れをしてどうやら理解して貰えたみたいだ。
そして『織姫様』とは、この間俺と南の2人でたまたま登校することになった日の会話の話題のひとつでもあがった『織姫様の秘密』のことだ。
どうやら早尾は俺が知らない間にLINEのアイコンを『織姫様』に
「え!?南さん『織姫様』見知ってるんですか!?」
「あ?いや知ってるも何も超見てるわ、まじで」
いやオタクくん、それ俺が教えただろ、だなんて台無しにするような真似はしない。これは早尾なりの彼女への近付き方なのだ。
何より我慢をしてまで南と登校して得た成果を台無しにする行為は自分自身が嫌なのだ。だから、目に見える範囲で自分のちょっとしたサポートが生きているのを知るのは、少し嬉しかったりする。
「原作で見てます?それともアニメですかね?あ、もしかして両方とか!?」
「あー、一応両方。でも集中力ないからさ〜、ラノベ?だっけ、あれはテキトーに読んでる」
早尾の勢いは止まらなくて先程までオドオドしていたのは何処へやら、朗らかな笑みを浮かべ次から次へと話を繋げる。
南は南で別に嫌そうな顔ひとつせず、早尾の話に応答する形でコミュニケーションを十分なまでに取れていた。
気がつけば、廊下や俺たちが今集まっている周辺より少し離れた場所でずっと様子を伺っていた見物人の姿は足音も無く消えていた。
野次馬が解散していることに意識が向かなかったのは、あまりの事態に状況を飲めないでいた俺だけだったのかも知れない。
穏やかに流れる川のように、ゆっくりと静かに教室の隅っこでひっそりと過ごしていた俺たちの日常は、音を立てて崩れてゆくのがわかる。
何の壁も課題も問題も無かった筈の道は、俺たちの先に続いていない。
おかげで課題も問題も、そして壁なんて生ぬるいと感じさせる程に大きい壁にもぶち当たることになった。いきなりイケイケのグループと衝突することになったのは、正直驚いたし怖かった。あと疲れた。
早尾は、この先沢山の壁にぶち当たることも、障壁によって苦労も努力も沢山の力を必要とするだろうことは想像に難しくない。頑張るなんて口に出すほど簡単では無いことだってわかる。
それでも早尾 拓 は、いや、俺達は、あえてこの苦難な道を選んだと思う。
平穏な日々を捨てでも選択したその行先に希望と覚悟を決めて踏み込む。
あと南 朱里 、お前ラノベ読むのか……。俺とも連絡先……交換しない?
盛り上がる早尾と南の間を割ってまで連絡先の交換を要求するほど俺の神経は図太くできていなかった。
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