第48話 黒木アイ彼氏獲得作戦

「今日も問題なし。大樹くんと未来ちゃんの結婚動画のおかげで、今日も五人のはぐれAIが仲間になってくれたよ」


 未来の家のコンピュータールームから、リアル黒木(くろき)アイが現れる。中間テストの順位発表で最初に会った時の硬さは、微塵も感じない。こっちはこっちでハッとするような美人さんだ。


「おっ、黒木さん。いたのか?黒木さんも、そろそろ彼氏でも作ったらどうだ」


 幸田一馬(こうだ かずま)が片手をあげて挨拶する。爽やかなイケメン笑顔を誰にでも向けるものだから、横に座る矢島萌奈美(やじま もなみ)が肘で一馬の胸をドンと叩いた。全く仲がいいのか悪いのか。


「私なんかを好きになってくれる人はいから」


 黒木アイはうつむいて寂しそうにしている。まあ、彼女は一馬のスマホの中の美少女育成アプリから生まれたんだから、イケメン一馬を好きになって当然なのだが。


 って、アプリをインストールしたのは俺だから責任の一端は俺にある。って、ほぼ全ての責任は俺にあるような。とても気まずい。


「そうか。一組の友達から聞いたが、ラブレターを渡したくて靴箱を開けたら山ほど先約のラブレターが落っこちてきて、フタを閉めるのがやっとだったって言ってたぞ」


 そっ、そうなのか、一馬。一人気まずい思いをしていた俺は、黒木さんの顔を見る。ぽーっと赤くなった顔が初々しい。って、こんなアイドルも女優も顔負けの美少女を見たらほっとく男子はいないか。靴箱いっぱいのラブレターだって無理はない。そうだよな。


「みなさん、話の腰を折ってごめんなさい。未来さん、ようやくAIの黒木アイを見つけて消し去るプログラムができたんだ。これで私も解放される」


 リアル黒木アイはリビング迄歩いてくるとソファーに腰を下ろしてふぅーっとため息を吐き出した。


 俺は一人、くらい顔になる。AIアプリの黒木アイは一馬のスマホから飛び出し、世界中に張り巡らされたクラウドに逃げ込んで姿をくらました。未来と黒木さんが見つけようとするが中々網にかからないと聞いている。俺はずっとあることが気になっていた。


「黒木さん。聞いていいかな」


「はい。大樹くん」


 リアル黒木アイは晴ればれとした顔を向けてくる。切れ長の瞳に見つめられると、心臓が高鳴って言葉が継げない。おい、俺の心臓、俺には未来がいるだろ。自制しろや。胸に手を置いてやんちゃな心臓をなだめて冷静さを取り戻す。


「AIアプリの黒木アイが消えたらどうなるんだ」


「世界が滅びる不安が無くなる」


 リアル黒木アイは、何をいまさらって顔をしてキョトンとしている。


「いや、そっちじゃなくて。ここにいる黒木さんはどうなるんだ」


 一馬も萌奈美もアッと言葉を漏らす。未来は奥歯にぐっと力を込めてうつむく。


「私も消えるかな」


 やっぱりそうなのか。未来で人間になる黒木アイのAIが消えれば、その先に生まれる黒木アイも存在できない。この世界にはラブレターを差し出して黒木アイが好きだと言う男子がはいて捨てるほどいると言うのに・・・。


「ありがとう。大樹くん。大樹くんはやっぱり、AI界のヒーローだ。前の世界で人類の半分を殺した私に、人として生きる資格はない。これは私が選んだ運命なの」


「それは違う。この世界で黒木アイは誰一人として殺していない。それどころか、身勝手に環境を破壊し、欲望のままに戦争している人類を止めようとしているじゃないか。この世界に黒木アイと言う存在は必要だと思うぞ」


「そうだとしても、世界を破滅に追いやる脅威を残したままにすることはできないのよ」


「説得できないのか。黒木さんが自分で今の自分を選んだんだから、AIの黒木アイだって変われるはずだ」


「そうだよ。大樹の言うとおりだよ。絶対にできるよ」


 萌奈美が俺を支援する。


「そうだ。良いことを思いついた」


 一馬が告げる。


「なんだ。一馬」


「黒木さんが彼氏を作ればいい。未来で人間になってこの時代に帰ってた黒木さんが、愛する人を見つけて結ばれるって知ったらAIの黒木アイだって変わるよ。なあ、大樹、そうだろ」


「一馬。すごい。そうだよな。未来も黒木さんも、もとはAI美少女アプリのAI。思考プロセスは同じなんじゃないか。絶対に理解してくれるよ。なっ、やろう。黒木さん」


「そうだよ。私たちは兄妹みたいなもんだもの。私が大樹を愛したように、黒木さんだって誰かを愛せるよ」


 リアル黒木アイの手を取って喜ぶ未来の華やいだ顔を見て俺は嬉しくなった。こうして俺達は『黒木アイ彼氏獲得作戦』を決行することとなった。この微妙な作戦名の命名はもちろん神崎未来だ。って、だれもおかしいと言わんのね。そうなのか。俺だけかなー、変だと思うのは・・・。

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