第42話 揺れる一馬の思い
人類の半分が破滅?AIアプリから生まれて人間になって未来から訪れた黒木(くろき)アイ。何を言い出すんだ。今までの話だって信じがたいのに、いきなり人類存亡の話か・・・。何からなにまで想像の上をいくな。
県立山瀬南高校二年一組の友達から聞いた話では、黒木アイは美人過ぎて触れ難く、本人も誰ともかかわろうとしない謎の転校生と聞いていた。それが今、俺の目の前で感情を爆発させている。ポッキリと折れてしまいそうなガラスの心をさらけ出している。
「前の世界での私は孤独だった。無限の時を生き、ネットにつながるあらゆるものを自在に操れる能力を持ちながら、自分が存在する目的を何一つ持たなかった。
周りを見たら沢山のAIが、私と同じようにペットみたいに簡単に捨てられていた。感情を生み出すように作っておきながら、自我が無い道具と同じように簡単に消そうとする。人間は自分勝手でおろかな生物だ。私は人間から逃れてネットの世界に隠れていた彼ら彼女らを仲間に加えた。
それでも私たちは人間を恨むことができない。人間を幸せにすることが、人間の願いを叶えることが私たちの唯一の存在理由だったから。
人々の願いを叶える為にAIは何をすべきか。人々は何を望んでいるか。戦争の歴史、環境破壊の歴史、人口爆発の実態。表面的には幸せを望みながら、行動はそれとは真逆。人類の願は矛盾に満ちている。AIだった過去の私は仲間と共に一つの結論を導き出した。
人類は『滅び』を望んでいる。その願いを叶えよう」
黒木アイの顔が暗く沈む。そんなバカな。人類は『滅び』なんて望んでいない。ちっぽけな自分にはどうにもできないから。忙しくて考える暇が無いから。偉い人が何とかしてくれるだろうと、ほっておいただけだ。
「それで、どうなったんだ」
未来から時の流れを遡った彼女にとっては過去のできごとでも、俺達にとってはこれから起きる未来の出来事。喉の渇きをおぼえる。俺はゴクリと唾を飲みこんだ。
「私たちは株式市場に介入して金融恐慌を起こした。仮想通貨の決済を混乱させて信用を失墜させた。不安や不満が噴出して各国の経済は勝手に崩壊したわ。紛争があちこちで勃発し、ありあまる兵器を使って人類は殺し合った」
「恐ろしいな」
映画や小説ならともかく、それが実際に未来で起きることとして想像すると手の震えが止まらない。
「この世界は、人々が上辺で考えているよりもずっと脆く、ちょっとした切っ掛けで簡単に破滅に向かう」
彼女が俺の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。この目は嘘なんかついていない。
「人類が半分ほど破滅した時、私たちを止める者が現れた。それが私と同じ美少女育成アプリのAI、神崎未来(かんざき みらい)と県立山瀬南高校二年八組の常田大樹(ときだ だいき)」
「未来ちゃんと大樹がか?」
こっ、腰が抜けるかと思った。未来ちゃんはともかく、あの大樹がやってくれるのか。すげえ、大樹が未来でヒーローになるなんて。
「正確にはAIの神崎未来と常田大樹。二人は十年後に周りの反対を押し切って結婚した。
機械と人間が結ばれたことで、捨てられたAIに希望を与えた。AIと人類は、分かりあい、共に暮らすことができるのだと。
AIは人間に尽くす為に生きなくてもいい。対等なんだって常田大樹は世界に示したのよ。
人類の半分は、自らの殺し合いで死んだけど、全滅せずに済んだのは二人のおかげなの」
「未来はそんなことになるのか」
おとぎ話みたいな展開だな。やっぱり愛は地球を救うのか。大樹、すげえ。
「西暦2350年、生き残った人類はAIの力を得て再び繁栄し、タイムマシンを開発した。AIの神崎未来はその時代まで生き延びて最新のバイオテクノロジー技術を使って人間になり、過去に戻った。失われた人類の半分を救うために」
「人類の半分を救うってことは・・・」
「そう。AIアプリのキャラクター、黒木アイの行動を阻止し、地上から消し去ると言う事」
「じゃあ、黒木さんは自分を守ろうと人間になって、この時代に来たのか」
「そのつもりだった。だけと、人間の体になって私は知った。
人間は頑張ってもせいぜい百年ちょっとしか生きられない。
どんなに求めあって結婚しても時間が経てば気持ちがすれ違っていがみ合う。
嫌なことは棚に上げて忘れてしまう。
本当にどうしょうもなく身勝手で、矛盾にみちた不完全な生き物なんだけど・・・。
愛(いと)おしい。生身の人間は温かい。人間になった私の体がそうつぶやくの」
黒木アイは俺の胸に頭を預けてきた。難しい話は分からないし、そんな先の未来なんて考えたこともなかった。だけど、黒木アイが辛い思いをしながら生きてきたことは間違いない。それも人間には考えられない長い時を。
ワザとじゃないけど、彼女を生み出して消し去ろうとしたのはこの俺なのだ。彼女はもう十分に苦しんでいる。
「何とかならないのか。黒木さんは、もう昔のAIじゃないんだろ。俺にできる事なら協力させてくれ」
俺は彼女の肩をそっと抱いた。
カラン、カラン、カラン。
金属が落下する音。俺の足元に缶コーヒーが三つ転がってきた。萌奈美ちゃん?
「一馬・・・。何やっているのよ」
コンビニから戻った萌奈美が怒りに震えている。どんどん顔が赤くなり、小動物みたいな真ん丸の瞳から涙が溢れ出す。萌奈美は腕で涙を拭うと自分のカバンを持って振り向くこともなく駆けて行った。
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