第20話 初デート 前
デート、ではないにしろ、急用がないのに女の子を待たせることはしない方がいい、ということは流石に分かった。
なので、昨日、伊波さんから送られてきた待ち合わせ場所――駅前に十分前には着こうと家を出たのだが。
「……遅かったか」
既に伊波さんが駅前にいた。すっごい笑顔を浮かべながら。
――デート。デート。鈴木くんとデート!
デートじゃない、と言ったのはどの口だったのか。周囲の騒音に混じった伊波さんの大きな声が届いてくる。
ま、なんとなく予想はしてたけど。
――お、おい。あの娘、スッゲー可愛い!
――声かけてみようぜ!
――おう!
「すいません」
伊波さんに余計な輩が近づかないように注目していた人達を掻き分けながら急ぐ。
「伊波さん」
「鈴木くん!」
俺を発見した伊波さんの目が一際大きく輝いた。
こんなにも喜ばれると照れる……でも、その前に。
伊波さんに気付かれないように周囲を見て、こっちに一歩踏み出していた三人組を警戒しておく。
すると、彼等は気まずそうに去っていった。釣り合ってねー、とか余計なお世話を呟いて残していきながら。
「どうしたの?」
「ううん」
まあ、伊波さんに嫌な思いをさせずに済んだだけ良かったか。どういう訳か男は怖い生き物、と思ってるらしいしな。
それよりも。
「ごめん、待った?」
十分前に着くように行動したとはいえ、伊波さんの方が先に待っていたというのは家が近いかよっぽど早く着いて待っていた、ということだろう。
「ううん、私もさっき着いたばかりだから」
――本当は楽しみすぎて三十分も早く着いちゃったんだけどね。
見逃していた。伊波さんがどういう女の子なのかを。
けど、それを感じ取ったことを伊波さんに悟らせてはいけない。
ほんと、この能力は使い勝手が悪い。
「どうしたの?」
どうするべきかと頭を悩ませていると不思議そうに目をパチパチとさせながら伊波さんが顔を覗いてくる。
――も、もしかして、この服似合ってなかったかな!? 鈴木くんに可愛いって思ってほしくて気合い入れたけど、空回りだったのかな!?
そんなことはない。服装についてはよく分からないけど、淡い色のカーディガンに長いスカート姿は儚げであるのに、ちゃんとそこにいるんだと目を引かれてしまう。おまけに小さなカバンを両手で持ってる姿がいかにも女の子っぽいというかなんというか……。
はっきり言って、すんごく可愛い!
「あ、いや……伊波さんの服装が」
「へ、変だった!?」
「ううん。そうじゃなくて……似合ってるっていうか、可愛いっていうか」
気のせいか、ほんの少しだけうっすらと化粧もしているように見える。髪の毛もいつもと違うようだし……気合いが自分でも言ってるように入っているのがすごく分かる。
「あ、ありがとう……」
小さく呟いた伊波さんは頬を赤らめて目を伏せた。
――どうしよう……どうしよう……どうしよう……。嬉しすぎて、どう反応すればいいのか分からないよ……。
俺だって、分からないよ。どうすれば、上手く立ち回れるのか。伊波さんに喜んでもらえるのか。心の声を聞いたって、些細なことを失敗すれば全部一瞬にして崩れていく。だから、怖いんだ。
「そ、それで、今日はどこに行くの?」
「あ、う、うん。映画でもどうかな?」
映画、か……。
「い、嫌かな?」
正直に言うと、映画はレンタルが一番だからどちらかといえば嫌な部類に入る。
けど。
――今、話題の恋愛映画を鈴木くんと見たいんだけど……いきなり、暗がりで二人きりって狙いすぎだったかな。
そんなことを考えられるとどうにも断りづらい。
それに。
――映画が嫌ならデートプラン変更しなきゃだよね。水族館かこの付近を散歩のどっちが喜んでくれるかな。
俺はデートプランなんて考えてもこなかった。だいたい、デートじゃない、と言われたし。
何も準備していなかった俺が口うるさく文句を言っていい立場ではないだろう。
「映画、見よっか」
「うん!」
「じゃあ、行こ」
ここらで、一番近い映画館はちょうど駅前から近いショッピングモールの中にある。だから、待ち合わせ場所を駅前にしておいたのだろう。もし、俺が映画を嫌だと言った場合のことを考えて、水族館なら電車に乗る必要があるしこの付近を散歩することになっても駅前だから色々と寄る場所がある。
伊波さんをチラッと見る。
すると、彼女と目が合った。
「どうかした?」
「あ、ううん」
――どうしたのかな? あ、鈴木くんもデートだって意識して、緊張してくれてるのかな? だったら、嬉しいな~。
心の中は喜んでいるので溢れているにも関わらず、伊波さんの洗練されたデートプランとやらに心の中でひたすら感服するしかなかった。
俺の場合、駅前を待ち合わせ場所にしても理由はどこにでも行けるから、とそんな単純なものでだろう。
「今日、晴れて良かったね」
こうやって、適度に話題も振ってくれる。
なんか、カッコ悪いぞ俺。
「うん。もう、すっかり暑くもなくなって過ごしやすくなった」
そうは言ってもまだ十月に入ったばかりだから完全に暑さが消えた訳ではない。夏のように、歩いているだけでも汗がダラダラと出てくるようなことはなくなっただけである。
「そうだね。ちょっと前までは暑くてしょうがなかったもんね~」
――でも、もう赤くなっても暑さのせいに出来ないから要注意だよね……真っ赤にばっかりなってられないもん!
真っ赤にならないよ、と気合いを入れていたからか伊波さんは前から歩いてくる集団にぶつかりそうになっていた。
「伊波さん、こっち」
「ええっ!?」
咄嗟に手を繋いで一歩、横に移動する。
変にぶつかることもなく、通りすぎることが出来た。
安心していると、
「あの、す、鈴木くん……て、手……!」
決意したそばから頬を赤く染めた伊波さんがおろおろと狼狽えながら見上げてくる。
「ああ、ごめん。ぶつかりそうだったから」
「あっ……」
説明しながら謝り、手を離すと残念そうな声が漏れた。
――手を繋ぐの恥ずかしい……でも、繋ぎたいよ……。言っても、いいのかな。繋ぎたいって。
「……あのさ、またぶつかりそうになったら危ないし映画館に着くまでは繋いどく?」
「……え?」
「その、休日で人が多いわけだし……」
恥ずかしくなって、頬をかきながらそっぽを向いていると左手につい先ほど感じた温かさが触れる。
「つ、着くまではこうしてていいかな?」
「う、うん……」
体の左側から熱いものが登ってくるのを感じる。
――す、鈴木くんと目が合わせられないよ……!
こういうのに慣れてないから俺も合わせられない。でも、嫌な気分だけは全然しなかった。
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