第12話 俺はどうしたらいいのか分からない
昨日、散々な目にあわされた伊波さんとの昼食会の最後にこんな申し出があった。
『鈴木くんさえよかったら、明日も一緒にお昼ご飯してください!』
顔を真っ赤にして、深く頭を下げられた。
――今日のお弁当は全部、ママの手作りだから明日は私が作ったおかずを食べてもらいたい。例え、重たい、気持ち悪いって思われても、少しでも近づきたいから!
そんなことを考えられたら断れるはずもなく、そもそも、俺は伊波さんの望むことをして嫌われるという目的があるために快く了承した。
その瞬間、伊波さんは花でも咲いたかのように笑顔になっていた。
そして、やってきた二度目の昼食会。
昨日と同じく体育館裏にて、伊波さんを待つ。
二分程経ってから伊波さんがやってきた。
「待たせてごめんね」
「ううん、大丈夫」
約束を交わしたわけではないが、二人とも同じタイミングで席を立つことはなかった。
――鈴木くんとご飯……鈴木くんと今日も一緒に……。
伊波さんはそんなことを朝からずっと考えていたからもしかすると授業の終わりを告げるチャイムを聞いていなかったのかもしれない。
――ふぁ~危なかった~。いつの間に授業終わったんだろう? 鈴木くんも気付いたらいなくなってたし。
やっぱり、そうだったらしい。
昨日と同じように階段に腰を下ろしたところで伊波さんからお弁当を差し出された。
「きょ、今日ね。ママがいつもより多く作りすぎちゃったらしくてよかったら鈴木くんに食べてほしい……です」
分かりきっていたから今日はいつもよりパンを少なくしてきた。
「いいの?」
「うん」
「じゃあ、ありがたく」
蓋を開けると数種類のおかずだけが敷き詰められていた。
きっと、俺がパンを持ってくるからご飯は抜いてくれたのだろう。
心遣いが優しくて嬉しい。
「いただきます」
家に帰ってから舐められないようにと願いながら伊波さん家のお箸でポテトサラダをすくう。
――き、緊張する~不味くありませんように。不味くありませんように!
伊波さんはずっとそんなことを願いながら俺のことをじっと見てくる。
ここまで見られると食べづらい。
さっき、伊波さんはママが作りすぎた、と言って嘘をついたけど全て分かってる。それが、おいしくなかった時のための防護線だということを。
だいたい、指一杯に絆創膏を巻いてる時点で誰だって察しがつくだろう。
味だけは何も分からないポテトサラダを口に入れた。
塩辛くなさすぎず、それぞれの素材が分かる味、とでも言えばいいのだろうか。美食に詳しくない俺にはどう表現したら正しいのか分からない。
ただ、普通にうまい。
これに、尽きる。
「おいしいよ」
素直に口にすると伊波さんは目を大きくさせて、ずいっと顔を覗き込んでくるかのように近づいてきた。
「ほ、本当っ?」
「うん、いくらでも食べられる」
早く離れてほしくて安心させるように次々と食べ進めていくと、
――嬉しいな。嬉しいな。嬉しいな。朝、頑張って早起きしてよかったな。ママにはいっぱいニヤニヤされちゃって恥ずかしかったけど報われたな。
伊波さんは頬を染めながら、口を手で隠して喜んでいた。
――でも、これを作ったのはママが、ってことになってるんだよね……失敗しちゃったな。自信がなくても私が作ったんだって言えばよかったな……たくさん、おいしく食べてほしくて頑張ったんだけどな。
「……なぁ、伊波さん」
「あ、な、何?」
「その指のケガ、どうしたの?」
「うえっ!?」
――ど、どうしよう……包丁を持つのが久しぶりでいっぱい指を切ったんだ、なんて言えないよ。そんなことしたら、これを作ったのが私だってバレちゃう。
「もしかしてだけどさ、これ作ったの伊波さん?」
――っっっっ!
「じ、実は……そう、なんだ」
――気付いてくれて嬉しい……けど、重たい女の子だなんて思われたくな――
「凄いな、伊波さん!」
「……凄い?」
「うん、尊敬する。俺、料理できないから。ここまで作れるの凄いと思う」
伊波さんはまるで、時が止まったみたいに固まり、静かに涙を流した。
「どうして、泣いてるの?」
「わ、私、親以外からあんまり褒められたことなくて」
「褒められて泣いてるんだ。変な伊波さん」
――そう、だよね……こんなの、変だよね……なのに、どうして鈴木くんはそんなにも穏やかな笑みを向けてくれるの?
「はい、これ」
俺はポケットからハンカチを取り出して、伊波さんに渡した。
受け取った伊波さんは思考さえもやめてボーッとハンカチを見つめたまま動かない。
「あ、ちゃんと洗濯してるし今日は一回も使ってないから」
心の声が聞こえない、となると俺は不安になる。
もしかしたら、気持ち悪いと思われるんじゃないか。嫌われるんじゃないか。
そうなることが本望なのに心の底ではそれを誰よりも怖いと感じている。
だから、嫌なんだ。誰かと深く関わるのは。
普段から、誰とも関わらなければ嫌われることなんてない。
関わらなくても嫌われる相手には俺だって何も感じない。どうぞ、存分に嫌ってくれればいい。
でも、関われば関わる程、仲良くなればなる程、いつ、どんなことで嫌われるのかが怖くてたまらない。
俺の焦った反応を見たからなのか、伊波さんはクスッと笑った。
「そんなこと気にしないよ。ありがとう」
――鈴木くんでも、そんなこと気にするんだな。可愛いな。それに、やっぱり、優しいな。泣いてる女の子にサッとハンカチを差し出せる男の子なんて中々いないもん。
それも、俺が優しいわけじゃないんだ。
父さんがハンカチはいつ必要になるか分からないから常に持っていなさい、って教えてくれたからなんだ。
つまり、俺が自分で考えての行動じゃないんだ。
なのに、君が何でも優しく受け止めてくれるから俺は余計にどうしたらいいのか分からなくなるんだ。
また、好きだと思ってくれている伊波さんに俺はどうすれば正しいのか分からなくなってきた。
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