第109話『私の患者』

前回のあらすじ


ヨシュアと出来事を整理していたら先生か

ヴァルハラに裏切り者がいる可能性が出てきた。でも僕は信じない。そしてヒメリア先生から帰って来いと連絡を受け、僕とヨシュアは病院に帰還した。その直後、ユリウスさんから昼間の腕を切りつけられた女性の容態が悪化したと連絡が来たので走り中です。

あ、勿論病院内なので早歩きですよ!

ちょっと走ってるように見えるだけで。


 …


しまったゼウス呼んでない!

廊下だけど誰も居ないから良いよね!


「ゼウス来て!【summon】!」


僕の声に反応し、相棒が現れる。


『私を呼んだなマスター!』


「うん!一緒に来てほしい!」


急ぎたい気持ちが数の多いエレベーターの内

1台のボタンを指で連打させる。


『勿論だとも。む?何だこれは。』


「エレベーターって言うんだよ!

とても便利!」


『えれべーたぁか。ふむ…』


たったこれだけの会話で目の前の

エレベーターは迎えに来てくれた。早っ!

ゼウスと共に中へ入り2のボタンを押す。


『おぉ動き出した。してマスター、

慌てているようだが何があった?』


「ユリウスさんから連絡があってね。昼間の女性の容態が悪化したから来てくれって。」


『何?』


ゼウスが眉間に皺を寄せた直ぐに

エレベーターは2階に着き、扉を開く。


「208号室は…何処!?

広すぎる!!地図はあれか!」


壁にあった地図を見ると現在地から

右へ行って壁際8個目の扉だ。急がなきゃ。


「ゼウスこっち!」


『うむ!』


1、2…合ってる、よし208号室、個室だ。

ノック3回!


「エクス=アーシェです!

ゼウスと共に参りました!」


「入りなさい。」


中からユリウスさんの声!


「失礼します。」


静かに扉を開け、カーテンを手で退かすとすぐ側にユリウスさん、ベッドの向こう側にシュヴァルツさん、手から淡い緑の光を放って治療中のアスクレピオスが居た。

普段のアスクレピオスなら僕とゼウスを見た瞬間舌打ちして眉間に皺を寄せるのだけど、

集中しすぎてこちらに気付いていない。

今のうちだと思ってユリウスさんに小さな声で話しかける。


「ユリウスさん。」


「エクス君、ゼウス様、来てくださったのですね。」


「呼んだのはユリウスさんですよ。

一体どうしたんですか?」


首を傾げるとユリウスさんは眼鏡を外し、

布でレンズを拭き始めた。


「女性の患部の腕ですがよくご覧下さいな。」


「腕。」


アスクレピオスの緑に光る手の下をじっと見ると、女性の腕が指先から関節まで白く大きな蝋が溶けへばりついているように見える。


「あれは…」


『何と……

一刻も早く対処せねばまずいぞアレは。』


ゼウスは何かに気付いたようだけどアスクレピオスの邪魔をしたくないのか手に力を込める。眼鏡を拭き終わったユリウスさんは

「やはりですか」と呟いて女性を見る。

するとシュヴァルツさんがアスクレピオスの袖を掴んだ。


「…アスクレピオス…

ゼウスに変わってもらおう…?」


『…』


彼の手の光が強まった!

地味に反抗してる!?


『あ、アスクレピオス…?』


ゼウスが名前を呼んだ瞬間


『っるっさいッ!!この (ピーッ)がッ!!』


凄い暴言を吐いたな…。

その後直ぐに悲しそうな顔をする。


『これは私の患者だ!私が救えないでどうする!!私が祖父よりも弱いのは分かっている…でも私は医神!専門分野で貴様より

劣ってはならんのだッ!!』


アスクレピオスは蛇のようにゼウスを睨みつけた。彼は人間の命を守ろうと必死になってくれている。ゼウスよりも頑張って勉強して頑張って命を助けようとしているんだもんな。蘇生薬だってきっと…。

ゼウスもそれを分かっていた。

だから今そんな辛そうな顔をしているんだ。


『アスクレピオス…。

分かった、だが今からする事を許せ。』


『は…?』


ゼウスが僕の隣でアスクレピオスに向けて

左手を翳す。


『っ!』


女性の患部を凝視していたアスクレピオスは目を見開き、ゼウスを一瞥し女性に戻す。

そして決意したように、眉間に皺を寄せて

緑の光をもっと強くする。


『【冥界別離コラスィ・コーリスモス】…ッ!』


光が1匹の大きな透ける蛇と化し女性の腕に巻きついた。その後、女性の手を飲み込み始めた。


『消えろ…ッ!!』


蛇は腕の関節のところまで飲み込むとそこで止まり、シュワシュワと音を立て尻尾から

消えていく。全て消えた頃には女性の腕が

元通りになっていた。


「凄い…。」


シュヴァルツさんが呟いた後、アスクレピオスはよろよろと数歩退り、壁にぶつかって

そのままズルズルと下がっていく。


『っはぁ…っ!!はぁ…っ!!』


わ、汗びっしょり。

大変だったのが凄く分かる。


『よくやったな、アスクレピオス。』


優しい声で孫を褒めるゼウスだったが、彼には響かなかったようでまた睨まれている。


『チィッ!!我ながら情けない。祖父の力を借りねば助けられなかった!私1人じゃ…!!』


蹲ったアスクレピオスの頭をシュヴァルツさんが隣に屈んで優しく撫でる。


「アスクレピオスは…凄いよ…。ゼウスに

頼らずとも…沢山の人を救ってる…。

ぼくじゃ無理な事をアスクレピオスが助けてくれる…。ゼウスの助けが必要だったのは…ぼく達が弱いから…。

だからもっと頑張ろ。」


『マスター…。』


『アスクレピオス、私がお主に行ったことは魔力増強だけだ。たったそれだけ。

だからお主が助けたも同然なのだ。』


ゼウスのその言葉に苛立った彼は

歯を食いしばって立ち上がる。


『違う!誰かの助け、ましてや貴様の助けは私にとって屈辱以外の何物でもない!!

そんな考えを持っている時点で助けたとは

言わんのだ!!それに貴様が来なければ己の無力さを嘆きながら患者の腕を切り落としていただろう。

…マスター、私は戻る。疲れた。』


シュヴァルツさんの肩に額を当てたアスクレピオスはもうこちらを向くことは無かった。これ以上話したくないのだろう。

シュヴァルツさんも彼の思いを理解しているから魔導書を手に持ったんだ。


「うん…ありがとう、お疲れ様。」


『…感謝する。』


戻る最後、確かにそう言った。

それは戻る事を承諾したシュヴァルツさんにか、もしくは…


『…!!』


少し、いや大分嬉しそうに口角を上げる

ゼウス。ゼウスってポジティブだよね。

絶対自分に言ったと思わなければあの顔は

出来ない。

ユリウスさんもゼウスの表情に一瞬引いた顔をしていたが直ぐに営業スマイルに切り変えた。


「ゼウス様、アスクレピオスが戻ってしまったので貴方にお聞きしますがアレは一体何なのですか?」


ユリウスさんも聞いてなかったのか。

ゼウスはデレデレの顔を引き締め真面目に

答える。


『分かりやすく言えばホムンクルス化だな。』


「ホムンクルス…確かアビスが学校の地下で作っていたという人造人間ですね。」


『あぁ。今回女性を襲ったのは多分』


「アビスの仲間のネームレス、ですかね?」


流石ユリウスさん。音声データを聞いてくれていたようだ。ゼウスは腕を組んで頷いた。


『うむ。アビスの可能性も無きにしも非ずだがな。それにこのホムンクルス化は身体の1部に起こった。完全にホムンクルスにする技術があるのにも関わらずだ。つまり新しい物を作って試した可能性がある。』


完全にホムンクルスにする技術は…初めて

会ったあのホムンクルスの元である音信不通になったスタッフさんが犠牲になったアレの事だろう。ユリウスさんは顎に手を当てる。


「実験ですか。それを秘密裏に行わないところを見ると私達への見せつけや揶揄うという事も含まっているようにも思えますね。」


『だろうな。切りつけた部分がホムンクルス化したということはナイフに薬を付けたのだろう。まさか私の治癒を逃れるとはやっかいな毒だな。』


本当に。どんな仕組みなのだろう。


「…この事が知られちゃったら…

皆、驚いて怖がっちゃう…。」


「えぇ、シュヴァルツの言う通りです。

言わぬが花と言いますか、この事は国民に

伏せておきましょう。切りつけられたのは

この女性だけ。幸いなことに他の報告は受けてません。故に、ネームレスはエクス君と

ヨシュア君をストーキングしていたのかもしれませんね。実際、狙われている訳ですし。これは君達を挑発や混乱させる為というのもあるのかもしれません。」


挑発に混乱か、有り得るな。


「そうだと思います。

実際そんな感じがしますから。僕達を狙っていたのに僕達にやらなかった時点でもう…」


僕達のせいでこの女性が…。


「…これはエクス=アーシェ達のせいじゃないからね…。」


シュヴァルツさん?


「…もう起こっちゃった事はしょうがない。…戦力である君達に何も無くて良かったと考えるべき。…この人は身を呈して君たちを守ってくれた仕方の無い犠牲…

そう思おう。」


この人も読心術とかあるのだろうか。

犠牲という言葉が悔しくて泣きそうで

喉が締め付けられた僕は黙って頷いた。


「エクス君。また何かあれば連絡致しますので今日はご飯を食べてゆっくりお休み下さい。君達はもうすぐ学校ですし。」


「…ばいばい。」


「はい、失礼します。」


小さく手を振る2人に会釈して退出した。


 …


「ただいまぁ。」


ゼウスを魔導書に戻して病室の扉を開けるとイデアちゃんが抱きついてきた。


「おわぁっ!?」


あっぶな…

後ろに倒れて頭打つところだった。


「おかえりエクス君!怪我してない!?

変なことされてない!?」


「だ、大丈夫だったよ。

(たった今怪我する直前だったけど。)」


でも心配してくれたんだな…嬉しいや。

イデアちゃんと部屋の中に入ると皆優しく

微笑んでいた。そして


 おかえりなさい。


と皆が声を揃えて言ってくれた時には本当に嬉しくって。ベッドに座っても身体の事を聞くだけで何をしていたか、と言うのは聞かないようにしてくれていた。それに甘えて何も言わず、ただただ城下町で楽しんだ事を皆と

話した。ご飯の時も、お風呂の順番待ちや

上がった後でも。


ヒメリア先生の話だとこの病院生活はどうやら明後日で終わりを迎えるようだった。

明日1日検査をして、明後日には学校に戻るようだ。授業に実技、それにヴァルハラとの

行動。頑張ることが山積みで不安がある一方楽しみでもある。早く強くなって、早く

アビス達が捕まって平和になりますように。


そう願いながら僕は眠りについた。

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