第77話【魔力ゼロ】VS闇の魔術師

 俺とクロは共に、ジリッ、と足を鳴らす。

 先に動いたのは俺の方だった。

 俺はクロに対し斜めに走りながら、魔術で風の塊を撃ちまくる。無限魔力を生かした乱れ撃ちだ。


「甘いわ!」


 クロは体内の魔力を練り上げると、


「闇よ! 黒き力よ! 全てを飲み込め!!」


 先程のものと比べたら威力は落ちるが、それでも、凄まじい威力の闇の波動が解き放たれた。

 俺が放った風の魔術は全て闇の波動に飲み込まれ掻き消されてしまう。

 あからさまに俺が広域魔術に対応できないと見ての広範囲攻撃――


 そこで、俺は足に魔力を集中する。


 途端に俺のスピードが上がった。先程までも身体強化の魔術を使っていたが、その時よりもさらにスピードを上げた。

 凄まじい速度を得た俺は、残像が残るほどの速度で闇の波動を躱す。


「なにぃッ!?」


 クロが驚愕の声を出した。

 今、俺が使ったのは、【部分身体強化】の魔術だった。ファラウェイや婆さんが得意とする極めて難しい身体強化系の奥義である。

 ――部分身体強化の魔術を、俺はギリギリで完成させていたのだ。

 闇の波動を躱した俺は、九十度直角に地を蹴って一気にクロへと肉薄する。


「闇よ!」

「遅い」


 クロが魔術を使おうとした瞬間、俺は横に地を蹴りクロの前から姿を消す。

 それで目標を失ったクロは魔力を霧散させた。

 俺は再びクロの方へと足を向けると、途中、落ちていた自分の剣を拾い、クロに向かって振りかぶる。


「はっ!?」


 クロが気付いて横を振り向くが、もう遅い!

 俺は剣を振り下ろす。

 剣の柄に肉を切り裂く感触が伝わる。


 だが、浅い――!


 クロが辛うじて体を捻ってダメージを最小限に抑えていたのである。

 ……何て奴だ。何よりも恐ろしいのは、その執念だ。奴は自分の理想を達成するまでは死ねないと本気で思っている……!


 ――でも、こちらも引けないんだ!


 俺は続けて剣を振りまくる。

 しかし、奴はそれらを全てぎりぎりで躱していた。

 実のところ、俺はまだ足にしか【部分身体強化】の魔術を使えない。だから手に【部分身体強化】の魔術を使い、切りつける速度を上げるような攻撃をしかけることは出来なかった。


 結局、先程と同じ、一進一退の攻防が続く。


 ……このままでは、いずれまたこちらの隙を突いて闇の魔術を使われるだろう。

 奴の目が笑っている。絶対にそのつもりだ。実際、奴は体内の魔力を練り上げており、いつでもこちらに放てる準備を整えている。


 くそ……こうなったら――

 俺は先程と同じように、クロに向かって剣を投げつける。


「同じ手は食らわぬぞ!!」


 クロは俺の剣を躱した。


「ふははっ! 所詮はガキよ! 全く同じ手を使うとはな! 愚かなり!!」


 クロは俺を嘲りながら、こちらに闇の魔術を放とうとするが――その瞬間――俺はその場にしゃがみ込んだ。


「な、なにを……!?」


 戦闘中に有り得ない行動を取った俺に、クロは狼狽えた。

 俺は構わず、その間に、密かに練り上げていた魔力を地面に向かって解き放つ。


 ただし、これは魔術ではない。


 ――ボコッ、ボコボコッ!


 土がクロの足に絡みつくようにして形を変えていく。


「なにぃッ!? これは……バカな! 錬金術だと!?」


 クロが驚きの声を上げた。


「これでお前は動けない」

「し、しまっ……!?」


 言うが早いか、俺は既に手を出していた。下から上への、アッパーカットのような掌底。

 その掌底はクロの顎に直撃し、奴はよろめく。

 そこから俺は八卦掌の拳を叩き込みまくる。


「はああああああああああああああああああああああああっ!!」


 俺の気合の声と共に、無数の拳がクロの体を撃ち抜く。

 奴は呻き声を上げることも出来ずにただ打ちのめされていた。

 それでも奴の目は俺を捉えている。


 ……本当に何て奴だ。本来なら既に意識を手離していてもおかしくないはずなのに、執念だけで意識を繋ぎ止め、反撃のチャンスを窺っている。

 俺は一層拳を叩き込む速度を上げる。マジックアイテムである黒い衣がびりびりと破れていく。

 それでも奴の目は俺から離れない。


 ……いい加減、倒れろ!


 俺は必殺の一撃を叩き込むため、右手にグッと力を入れる。

 その瞬間――


「食らえいッ!! 闇炎獄!!」


 一瞬の隙を見て、闇の炎がクロの手から解き放たれた。

 ――しかし、甘い。俺は横に避けて躱す。

 殴られながら、あれほどの力を溜めこんでいたとは……なんて恐ろしい奴だ。

 だが、躱してしまえば何ていうことはない。

 そう思ったのだが――


「うああああああああああああああああっ!!」


 その叫びにハッとして振り向くと、そこには第一王子タンヨウがいた。

 厳密に言えば、闇の炎の車線上に第一王子がいたのである。

 ……しまった!?

 俺はとっさに足に【部分身体強化】の魔術を使い、地を蹴る。

 目で追えぬほどの速度で駆け抜け、闇の炎に追い付く。

 ……頼む、間に合え……!

 俺は辛うじて第一王子の前に身を晒すことが叶った。

 が――


「ぐわあああああああああああああああああっ!!」


 今度は俺が絶叫を上げる番だった。

 背中が闇の炎で熔かされるような感覚に陥る。

 俺はとっさに【流体魔道】で魔力を中和することを試みる。

 それでもしばらく闇の炎は俺の背中を燃やし、熔かし続けていた。


 ようやっと闇の炎が消えた時、俺は立っていることが出来なかった。


「坊ちゃま!!」


 オキクの叫び声が聞こえる。だが、クロの手下に阻まれてこちらに来られない。

 蹲る俺に向かって声を掛けてきたのは、第一王子タンヨウだった。


「な、なんで僕なんかを……?」


 その問いに対し、俺は痛みで顔を顰めながらも、


「あんたに何かあったら、ニャンニャンが……ファラウェイが悲しむだろ……」


 そう、俺の行動原理はただそれだけだった。

 俺はもう、あの子がこれ以上悲しむ姿をみたくない。それだけなのだ。


「バカめ! もはや何の価値もないゴミクズのために自ら我が闇の炎に身を晒すとはな!」


 クロの嘲るような声が響く。

 だが、それには俺も黙っていられなかった。


「ゴミクズなんかじゃない!!」


 俺は痛みを堪えて立ち上がる。

 ――そして、クロを睨み付けた。

 タンヨウが茫然と俺を見ている視線を背中に感じながら、俺は口を開く。


「この人は、病状にありながらもこの国を想って勉強していたんだ。必死にこの国のために考えていた。その想いを歪めたのは……彼の心の闇につけ込んだのは、お前じゃないか!!」

「な、なんで……」


 第一王子の小さな声が後ろから聞こえた。

 内臓がやられたのか、胃から血がせり上がってくる。


 ――口から血がこぼれた。


 それでも俺はクロから視線を外さない。

 そんな俺に対し、クロはせせり笑う。


「私はただきっかけを与えただけだ。私は何の命令もしていない。全てその男が自ら考え、実行したことに過ぎないのだぞ?」

「そんなおためごかしを聞くつもりはない。大体、悪い宗教やねずみ法のトップたちはみんなそう言うんだからな」

「ねずみ……なんだと?」

「あんたが洗脳したんだろって、そう言ってんだよ」


 前世で現代の荒波にもまれてきた俺は、こいつのやったことが何なのか分かっていた。……くそ、あの同僚、あんな高いサプリ買わせやがって……。信じてたのに……!

 と、まあ、前世の辛い記憶が役に立ったといわけだ。

 クロの目が訝しげに細くなる。


「……貴様、本当にただのガキか? まるで……」


 まるで、大人が子供になったようだとその目が訝しんでいた。

 そこで奴は、何かに気付いたように目を見開く。


「そうか……そういうことか! 貴様、異世界からの……!」


 !? 

 今、何て言った!?


 ――『異世界』と、その単語を口にしたか!?


 そんなバカな! なんですぐにその答えに辿り着くんだよ!?

 しかしクロはクロで大きく狼狽えていた。


「……だが、妙だ……だとしたら何故貴様は【魔力ゼロ】なのだ……!?」

「お、おい、どういうことだよ?」

「貴様は、過去最高の潜在的魔力を持っているはずでは……」


 ……なんだそりゃ。嫌味か?

 そう思ったが、クロの目はけして冗談を言っているような目ではない。


「……いや、もういい。【魔力ゼロ】の時点で『偉大なるあの方』の器足りえないのだから」

「だから、どういうことだよ?」

「だが、惜しい。【魔力ゼロ】で魔術を行使するそのカラクリが分かれば、一層『偉大なるあのお方』の求める魔術的真理に近付けるかもしれぬのに……」


 こいつ、言葉のキャッチボールが出来ないのかよ? でも、前世でそのセリフを言われたことがある俺はトラウマなので強く出られなかったという。

 そんな悲しいことを考えていると、再びクロの手に闇の炎が灯る。


「……貴様は危険だ。もはやそれは認めよう。だから私は貴様を死体にして持ち帰るという目的は変えないことにする」

「さっきから勝手に話を進め過ぎだろ。大体、死体にされてたまるかよ」

「その傷では、さきほどのような速度は出せまい?」


 その通りだった。強がってはいるが、俺のダメージは本来なら立っていられるようなものではない。


「しかもお前が避ければ、せっかく助けた第一王子が今度こそ死ぬぞ? さあ、どうする?」


 ……その通りだった。

 つまり俺が取れる選択肢は、このまま真っ直ぐクロに突っ込み、闇の炎をどうにかして、それから攻撃を仕掛けるという方法しかない。


「坊ちゃま!」

「オキクはそのまま周りにいる奴らを抑えていてくれ」


 焦るオキクに俺はそのように命令した。もしオキクが崩れてしまえば、それこそ勝機がなくなってしまうからな。

 クロが言ってくる。


「……嫌な目だ。まだ諦めていない、そんな目をしている」

「………」

「分かっているのか? 貴様は絶望的な状況にいるのだぞ。その傷では【時空魔術】も使えまい?」

「ああ、使えないな」


 なにせあの魔術はとんでもない集中力を必要とする。正直、このダメージで使えるような魔術ではない。


「だったらどうするというのだ? もはや打つ手はあるまい?」

「そんなに不安か?」

「……なに?」

「さっさとその闇の炎を撃てばいいだろうが。どうしてわざわざ言葉でねじ伏せようとする? いや、違うな。そうしないと不安なんだろ?」

「……きさま……!」


 こいつは頭が良くて他人を言葉で操つれるほど口が達者なのに、いざ自分が煽られることには弱いな。


「こいよ。俺は逃げも隠れもしない」

「……いいだろう。ならば、死んで後悔するがいい!」


 クロは手を前に振りかぶる。


「闇の炎よ、全てを燃やし尽くせ! 闇炎獄!!」


 先程と同じ闇の炎がこちらに向かって解き放たれた。

 もう一度あれを食らえば今度こそ俺の命はない。

 だが、俺は敢えて闇の炎に向かって突っ込んだ。


「なんだと!? 今度こそ諦めたか!?」


 クロが驚きの声を上げる。

 俺はそれには構わず、【流体魔道】で取り込んでおいた魔力を練り上げた。

 そして、術式を展開する。


 ――この戦いで散々視せられた、【闇】の魔術の術式を!


 それを、自らの【身体強化】の魔術に同期させる。

 闇の魔術が体に行き渡り始め、俺の体が黒く染まっていく。

 やがてそれは体中に行き渡った。

 ……よし! 成功した!


「なんだと!? 【闇】の【纏い身体強化】の魔術だと!?」


 一方、クロは俺がやったことを理解して驚きの声を上げた。

 だが、まだ第一段階が成功しただけに過ぎない。

 俺は迫りくる闇の炎に向けて敢えて飛び込む。

 俺の体全体が闇の炎で燃え始める。

 闇の炎が、俺の体を燃やし尽くそうとする。


 ――逆らうな。今の俺は目の前の闇の炎と同じ属性。逆らわず、受け入れろ。


 闇と同化し、その瞬間、俺は【流体魔道】で周りの闇の炎を自らに取り込む。

 すると闇の炎は俺に応えるようにして、俺の味方となり黒き炎の衣と化した。


「バカな……!? そんな、バカなことがあるか……!?」


 クロが驚愕の声を上げる。

 一か八かだった……。クロの攻撃を取り込めるかも、闇の纏い身体強化の魔術を使えるかどうかも……。


 ――だが、一回成功すれば、それでいい。


 そして、【部分身体強化】の魔術も。

 後で動けなくなってもいい気持ちで、俺は足に魔力を集め、地を蹴った。

 一気に間合いを詰めると、クロの胸に手を当てる。

 先程の乱打で破れた黒い衣の、その隙間に。

 そして、魔力を解き放った。


「【魔掌底――闇炎獄】!!」


 闇の炎の掌底がクロを貫く。

 黒い炎が【魔掌底】を通し、クロの体の中を燃やしたのが確かに分かった。

 クロは魔掌底の衝撃で飛んで行き、岩に当たって崩れ落ちる。

 ……勝負ありだ……。


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