第60話 来訪者

「……どういうことだ、こりゃ?」


 俺の後に付いてきたのだろう先生は、到着するなり、辺りに転がっている暗殺者たちを見下ろして呟いた。

 だが、その目がすっと細められる。


「こいつらは……チッ、そういうことか」


 先生はどうやら何か心当たりに行き当たったようだ。

 俺はファラウェイに視線をやると、


「ファラウェイ……」


 出来たら話して欲しい。そう期待を込めて名前を呼ぶ。

 しかし、ファラウェイは黙ったまま何も言わず、先に反応したのは先生だ。


「ファラウェイ……いや、ニャンニャン。そろそろ話してやってもいいんじゃねえか?」

「………」


 その問いに、遂にファラウェイは決心したような顔になる。

 本当は言いたくない。そんな表情だ。

 だが、ファラウェイは、


「実は……実はワタシ」


 彼女はぐっと体に力を入れる。


「この中華大国の王家……第三王女の項花娘(シィアンファニャン)アル!」

「うん、知ってる」

「ほあ!? し、知てるアルか!?」


 俺があっさり答えると、ファラウェイがびっくりして仰け反っていた。可愛い。

 悪いがとっくに知っていたことである。ただ、俺から打ち明けるわけにもいかなかったので、彼女が話してくれるのを待っていたのだ。

 そして、ようやく話してくれた。


「ワ、ワタシの一大決心がバカみたいヨ……。でも、さすがエイビーネ。いつから気付いてたアルか?」

「一年前」

「ほとんど出会て間もない時アルよそれ!?」


 良いツッコミだ。

 むしろ一年間、隠し通せていると思っていたファラウェイが可愛すぎる。

 取りあえず身の上を話してくれたなら、こちらも打ち明けてもいいだろう。暗殺者がファラウェイを狙う理由や、その首謀者と思しき者が誰であるかなど、俺が既にある程度情報を掴んでいることを、全て。

 しかし――俺が喋り出す前に、第三者の気配が現れたのを捉える。

 そちらを振り向くと、やって来たのは一人の老人の男性だった。

 小太り気味で、額にいっぱい汗を浮かべているが、髪はきっちり整えられ、旅人然とした服装も小奇麗な老人。


「姫!」


 土手の上から呼ばれた声。

 老人は土手を駆けおり、こちらへと近付いてくる。

 その老人を見て、ファラウェイが叫ぶ。


「爺!?」


 ……爺ときたか。

 しかし彼女が王女様だとハッキリした今、不思議なことではないか。

 爺と呼ばれた男はモタモタと駆け寄って来ると、ファラウェイの前で跪いた。


「姫、お久しゅうございます!」


 爺は感極まったように涙ぐんでいる。


「じ、爺、なんでこんなところにいるネ?」

「姫いるところ、この爺ありですぞ!」


 ……その割にはこの一年、姿を見たことがないのだが……。野暮なので言わないけど。


「ああ、しかしこの一年、姫がいなくなってどれだけ心配したことか……! 見て下され、わしなどこんなにやつれてしまって……」


 いや、見事なほど小太りなんだが。顔もつやつやだし、とてもやつれているようには見えない。


「ですが姫、ご無事で何よりでした!」

「う、うむ」

「少し見ない間に大きゅうなられて……」

「爺は相変わらず大げさネ」

「大げさなどではござらん! 最後にお会いした426日前に比べたら、背は6ヘリム、体重は2ガロンも増えているではありませぬか!?」


 ……何でパッと見ただけで正確な数字が分かるの? 出会ったばかりで何だが、この爺さん、ちょっとヤバい。

 ちなみにヘリムとガロンはそれぞれこの世界での長さと重さの単位である。


「……爺、相変わらずキモいネ」

「そ、そんな!? 姫! わしはただ、姫の健全な成長を喜んでいるだけで!」


 あのファラウェイが毒舌を吐くとは、やっぱりヤバい爺さんのようだ。


「相変わらずだな、爺さん」

「おお、アル殿! 貴殿も健勝のようで何よりじゃ!」


 どうやら先生とも顔見知りらしい。同じファラウェイに好意を抱く者同士、大都にいた時にやり取りがあったのだろう。


「ところで、そこにおる小僧はどなたかな?」


 爺の目が俺の方に向いた。

 ヤバい。完全にファラウェイに付く悪い虫に向けられた目だ。出会って間もない上に、俺まだ子供なのに……。

 しかしファラウェイはお構いなしに、堂々とこうのたまう。


「彼の名はエイビー。ワタシの婿になる男ネ」


 その瞬間、爺の目が逆立ったことは言うまでもない。


「あ、間違えたネ。ワタシがお嫁さんになるんだたヨ?」


 火に油を注ぐが如く、爺の顔が真っ赤になりました。


「小僧……貴様は今、中華大国百万の兵を敵に回したぞ」


 その目は完全に仇敵を見る目だった。あの目は前世の小学校で好きな子の消しゴムを拾ってあげた時に向けられた目と同じだ。「もうこの消しゴム使えないんですけどー」って言われた。なんて悲しい前世。

 ちなみにさすがに百万の兵を相手にしては勝てる気はしない。

 しかし、珍しくファラウェイが怒った顔をしている。


「爺……エイビーに対する無礼は許さないネ。ワタシは彼に二度も命を救われたヨ。今も助けてもらたばかりネ」


 ファラウェイは辺りに転がっている暗殺者を指差した。それでようやくその存在に気付き、目を見開く爺さん。……この人、ファラウェイしか見ていなさ過ぎ。


「こ、これは……!?」

「ワタシに向けられた暗殺者ネ」

「な、なんですと!?」


 爺さんは信じられないとばかりに首を振っている。


「ま、まさか、姫にまで危害を及ぼそうとは……」


 愕然とした面持ちながらも、爺さんは気を取り直すと、


「わしがもう少し早く着いていれば……! しかし、ご無事で何よりでござました! 姫!」

「無事だたのはエイビーのおかげネ」

「この小僧……いや、少年が?」

「うむ! エイビーはワタシより強いヨ?」

「ま、まさか、天才と言わしめる姫と同等とは……しかもまだこの幼さで……!?」


 いや、それはどうだろうな。戦い方にもよるだろうが、今はまだ五分五分ではなかろうか?

 爺さんは先程までとは打って変わり、深々と頭を下げてくる。


「これは無礼をいたした。姫を守っていただいたこと、中華大国民全ての者に代わって深く礼を申し上げる」


 子供相手なのに大した礼の尽くし方だ。彼からは真摯さが痛いほど伝わってくる。きっとそれだけファラウェイのことが大切なのだろう。

 だが、すぐにその目が先程の目と同じものになる。


「だが小僧。それはそれ、これはこれ。ニャンニャン様に下心を抱いた瞬間、天誅が下ると知れい」


 ……やっぱこの爺さん駄目だ。


「爺、今すぐ帰れアル」

「そんな!? ひ、姫!?」


 ファラウェイにぷいっとそっぽ向かれ、途端におろおろし出すダメな爺さんだった。



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