第53話 【人体錬成】の目的

【人体錬成】。

 錬金術を持たない身でも、それがとてつもなく大それたことであることは理解出来た。

 俺の元いた世界でも、物語の中で【人体錬成】に手を出す者は大体、不幸になる。

 ――そう、まるで神の怒りに触れたかのごとくして。

 だが、俺は訊ねる。


「一つ訊いてもよろしいですか?」

「何だ?」

「あなたはどうして人体錬成の研究をしているのですか? そこには何か理由があるはずですよね?」


 アル・シェンロンはニヤリと笑った。


「ほお、どうやらある程度物を考える頭はあるようだな。何か文句を言う前にその質問をしてきた奴は初めてだぜ」


 しかし、すぐに真顔に戻ると、


「だが、ここからが問題だ。俺のこの目的を聞いて顔色を変えなかった奴はいねえ」


 俺はごくりと喉を鳴らす。

【人体錬成】の目的と言えば、大体思い付くのは大切な人の復活である。

 だけど、この人のこの感じだと、もっととてつもない何かを目的としているような気がする……。

 ――まさか、闇の魔王の復活? それとも悪魔の召喚?

 それとも、もっと凄い何かだろうか……?

 俺が身構えながら次なる言葉を待つ。

 すると、彼は煙草の煙を吹かした後、大仰にこうのたまった。


「俺は……俺は、自分好みの美少女を作りてえんだよっ!!」


 心からの叫び声。

 ………。

 ……え? どういうこと?

 ――自分好みの美少女を作りたい? 

 何言ってんの、この人……?

 しかし、そう思ったのは一瞬。

 自分好みの美少女の創造――それは、前世の俺が夢見てならなかったことだから。

 だからこそ固まった。

 そう、あまりのドリームに。

 この人の偉大さに!


「先生……そんなことが、本当に可能なのでしょうか……?」


 あまりの感動に、俺は自然と「先生」と呼んでしまっていた。

 すると、アル・シェンロン……いや、先生はハッとした目で言ってくる。


「なっ……その目……そうか、お前も同志か!」


 先生は俺の肩をガシッと掴むと、


「リアルの女は?」

「ゴミです」

「合格だ」


 俺たちは一瞬で分かり合っていた。

 ……そうか。この人も昔きっとリアルの女性に酷い目に遭わされたに違いない。俺にはそれが分かる。

 もちろん、前世の俺もそういう目に遭ったから理解出来るのである。

 そう、あのクソみたいな前世だ。


「その哀愁を醸し出す目……お前も色々辛い目に遭ったようだな。いや、何も言わなくても目を見れば分かるさ」


 さすが同志。さすが先生だ。前世の俺の苦悩などあっさりと見破られていた。

 そう、俺たちは互いの哀しみを理解し合ったのである。

 先生は先程までとは違い、慈愛に満ちた瞳で言った。


「ようこそ、我が研究所へ。言っとくが、理想の女性を追い求めるこの道は、辛く、厳しいぞ?」

「望むところです、先生!」

「ふっ、弟子とはいいものだな」


 これまで交わした言葉は少ない。

 しかし、俺たちは分かり合っていた。今、間違いなく師弟になったのだ。

 前世の俺が二次元に逃げるしかなかったのに対し、この人は自ら理想を体現しようと努力し続けている。もはや尊敬しかない。

 俺が敬仰の眼差しを送っていると、しかし、横からファラウェイが俺の肩を、ちょい、ちょい、とつついてくる。


「エイビー? そんなもの作らなくても、ワタシがエイビー好みの女の子になるヨ?」


 ファラウェイは俺の服の裾をちょこんと握り、控え目にそんな健気なことを言ってくる。

 その瞬間――

 俺に対する先生の信頼が一気に崩れ去った音が聞こえた。


「てめえは破門だああああああああああああ!!」


 先生はそんなことを叫びながら、どこかへと走り去ってしまった。

 ………。

 即行で破門になりました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る