第42話 ファラウェイ

 盗賊との戦いは乱戦と言うべきものだった。

 俺は四方から押し寄せる盗賊たちの攻撃を剣で捌き、風の魔術で敵を吹き飛ばし、雷の魔術で気絶させていく。

 時には相手の懐に入り、魔力を全て吸い取り戦闘不能にし、そいつの魔力を利用して、また攻撃魔術を撃ち込んだ。

 そうやって俺の周りではバッタバッタと敵が倒れていく。

 一方、チャイナ服の少女の戦いも見事の一言。

 超スピードで敵の懐に入り、独特の拳の打ち方で敵を吹き飛ばしている。

 そして、捉えどころのない動きで相手の攻撃をぬるりと躱し、カウンターの一撃――【魔掌底】をお見舞いしていた。

 かと思えば、たまに面白い技を使っている。


「【甲気功】!!」


 なんと彼女は腕で盗賊の剣を受けていた。腕には何も着けていない。つまり驚くべきことに素肌で相手の剣を受け、弾いているのだ。

【流体魔道】でその様子を注意深く視てみると、腕の部分に魔力が集中しているのが理解出来る。

 ……恐らくあれは【部分身体強化】の一種だ。それもかなり特殊な。

 腕を魔術で鋼のように硬くしているのだろうと思う。

 魔術とは本当に奥が深い。多くの魔術書を読んでも、まだまだ知らない魔術がこの世にはある。それを知って俺は嬉しくなった。

 出来れば後で、あの技を彼女に教えてもらいたいな。

 ……いや。あの技だけではない。彼女の動きそのものが、もしかしたら俺にとって必要かもしれない。

 それからも盗賊の攻撃を捌きつつ、隙があれば彼女の動きを目で追っていた。



 ***************************************



 気付けば盗賊は一人を除いて全て倒れていた。

 最後に残った盗賊の頭が、愕然とした面持ちで呟く。


「バカな……こんなバカな……! たった二人のガキに、俺たち【流水の狼団】が……!」


 意外と大層な名前の付いた盗賊団だったらしい。

 だが、二人の子供に百人の盗賊がやられてしまえば、信じられない気持ちになるのも分からなくはない。

 中にはちょっと強い剣使いもいたが、姉さんと比べたら象と蟻くらいの差があったので何も問題はなかった。ビバ、姉さん。

 こうやって実際に戦ってみて分かった。やはり姉さんから教えてもらったことは何も間違いではなかった、と。姉さんに修行を受けたからこそ、俺はこうして盗賊相手にも焦らず冷静に戦えたし、実際、対処する実力もあった。本当に姉さんには感謝しかない。

 早くもホームシックな気持ちになりそうなのをグッと堪えつつ、俺は盗賊の頭に剣を向ける。


「降参して下さい。もう無理であることは分かったはずです」


 俺はなるべく相手を刺激しないように言ったつもりだったが、盗賊の頭は剣の柄に込める力を強くすると、


「ガキが……舐めるなーっ!!」


 どうやら子供にやられた現実が受け入れられなかったらしい。盗賊の頭は剣を振りかぶって来た。

 すると、隣で影が動く。

 その影――チャイナ服の少女は一瞬で盗賊の頭の懐に入り、


「破ッ!!」


 彼女の拳が盗賊の頭の鳩尾に埋まった。


「ぐはっ……」


 それで盗賊の頭は白目を剥いて地面に崩れ落ちる。


「安心するネ。気絶させただけヨ」


 それは俺に対し放たれたセリフだった。

 彼女は続けてこのように言ってくる。


「オマエに敬意を表し、全員生かしてあるアル」


 見れば、彼女が相手にしていた者たちは全員生きているようだ。どうやら先程の俺の言葉を慮って殺さないでいてくれたらしい。やっぱりいい子だな。


「とにかくまず、全員縄で縛ろう」

「分かたアル」


 チャイナ服の少女が素直に頷いてくれたので、俺たちは二人で盗賊たちを縛っていった。足りない分の縄は盗賊たちのアジトから拝借しつつ。

 全員縛り終えた俺たちは、取りあえず全員、彼らのアジトにあった牢屋にぶちこんでおいた。後で衛兵に引き渡すつもりである。

 そんなことをしていたらすっかり日が暮れていた。


「……参ったな。これじゃ道が分からない」


 なにせここは森の中。こう暗いとどのようにして街道まで戻ったらいいのか分からない。

 俺が困っていると、チャイナ服の少女が近付いて来て、


「大丈夫アル。ワタシが近くの村まで案内するヨ?」

「え? 本当に? それは助かるな……えっと」


 彼女のことを何と呼んでいいのか分からずに言い澱んでいると、彼女は自分を指差して言った。


「ニャン……じゃなかた。あ、そうだ。ワタシのことはファラウェイと呼ぶヨロシ」


 ……なにその言い方。滅茶苦茶偽名っぽいけど……。

 まあいいか。別に追及するようなことでもないだろう。


「分かったよ。よろしく、ファラウェイ。俺はエイビーだ」

「エイビー。分かた。覚えたアル」


 ファラウェイは至極真面目な顔でそう言った。

 先程からニコリとも笑わないが、その態度から彼女の真面目な人柄が窺える。オキクは無愛想で無表情だが、ファラウェイは真面目で無表情だった。

 そのファラウェイが真面目な顔のままこんなことを言ってくる。


「あ、そうだた。何かお詫びをしなければならないネ」

「え? だから別にいいって」

「そうはいかない。ワタシは何の罪もないエイビーの命を狙た。その償いはしなければならないアル」


 ……本当に真面目な子なんだな。まあ、そこが可愛いかな、なんて思ったりもするのだが。

 そんなことを考えていると、ファラウェイに腕を掴まれた。

 そして優しく彼女の方を向かされると、暗闇の中、ファラウェイの可愛らしい顔が近づいてきて……唇を合わせられる。

 ……え? どういうこと?

 キスされてないか、これ!?

 しばらく硬直して動けないでいると、彼女の顔が離れていく。

 そして、彼女は言った。


「これがお詫びネ」


 辺りが暗いので判然としないが、多分彼女の顔は照れているように見える。

 俺が何も答えられないでいると、彼女は最後にこう告げてくる。


「ワタシ、オマエを婿にすると決めたアル」


 決めたアル……決めたアル……アル……アル……。俺の耳の中でファラウェイの声がエコーしていた。

 俺はようやく我に返ると、


「な、何言ってんだ!?」


 そんなありきたりな言葉しか出てこなかった。

 でも仕方あるまい。キスされた衝撃があまりにも強かった。

 ファラウェイは言葉を続ける。


「ワタシ、自分より強い男を婿にする決めてたアル。エイビーはワタシより強くなるヨ。ワタシにはそれが分かるネ。だからエイビー、オマエをワタシの婿にするアル」

「だから何言ってんだよ!? いきなり婿とか言われても無理だから!」

「不満カ? 婿が嫌ならワタシをお嫁さんにするヨロシ」

「はああ!?」

「オマエに嫁いでやる。そう言てるヨ?」


 そう言って強引に腕を絡めてくるファラウェイ。

 何だこれ。意外といい匂いがする。

 じゃなくて!


「嫁とか婿とか、あまりにも唐突すぎるだろ!?」

「別にそんなことないネ。一緒にいたい思たからそう言たまでヨ?」

「お詫びの話がどうしてこうなるんだよ!?」

「お詫びはあの口づけアル。足りなかたか? だたら今ここでワタシのことを好きにするヨロシ。何されても抵抗はしないネ」


 ファラウェイは腕を後ろで組んで、無抵抗の意思を示した。

 暗がりの中、スリッドから覗く太ももがやけに艶めかしく見えた。

 ごくり、と、思わず生唾を飲み込んでしまうが……。

 いや、待て。俺たちは二人とも子供だぞ!? どこまで話がややこしくなっていくんだよ!?

 俺はファラウェイの肩に手を置くと、


「そういうことは大人になってからだ」


 俺、真剣な顔で何言ってんだろう? 相手は子供なのに……。


「好きなら年齢は関係ないネ。ワタシ、オマエになら何されても文句は言わないヨ?」


 なんて健気でいじらしい言葉だろうか?

 いかん……。精神年齢49歳のおっさんが小学生くらいの女の子相手にたじたじになっている……。

 結局それからしばらく、俺はファラウェイの扱いに四苦八苦した。



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