第25話 ロリとロリ婆

【流体魔道】の極意はやはり瞑想にあると思う。

 周囲に流れている魔力の流れをどれだけ細かく『視る』ことが出来るかが最も重要であり、その技術を高めるにはとにかく瞑想で精神を魔力と同一化するしかない。

 その甲斐あって最初は何となく「魔力が流れているなぁ」くらいにしか感じられなかったものが、今では水蒸気の一粒一粒までも見えるが如く微細なレベルで魔力の流れを感知出来るようになっていた。

 魔力を意のままに操るには出来るだけ細かいところまで視えている方が有利であることは言うまでもなく、いずれは原子レベルまで視えるようになることが理想である。まあ、あくまで理想ではあるが。

 取りあえず今のレベルまで来ただけでも色々と『視えること』は増えた。

 例えば身体強化の魔術と雷の魔術が得意な姉さんは、紅くて鋭い魔力をしているのが視えるし、魔力量が凄まじくて風の魔術が得意なルナは緑色の魔力が台風のように体内を駆け巡っているのが分かる。

 つまり、これを応用すれば俺は相手が何の魔術が得意か、そしてどれほどの力を持っているのかを見抜くことが出来るというわけだ。

 もっとも、まだ瞑想状態でなければここまで詳しく看破することは出来ないので、もっと練習が必要ではあるが、しかし同時にレベルが上がればさらに深いところまで『視る』ことが可能だと思う。

 これもまた俺だけのアドバンテージであり、極めるだけの価値はある。

 そうやって瞑想していると、ふと声が耳に入ってくる。


「ぬう……凄い集中力じゃのう。なるほど、それがお主の力の秘密というわけか」


 目を開けると、ストロベリー姉さんが正面から俺の顔を覗きこんでいた。


「誰に言われるまでもなく基礎を大事にしているとは……お主は本当に凄い奴じゃよ」


 何やら姉さんに感心されてしまった。


「それだけ基礎を大事なことを理解しておれば、ワシの基礎特訓に対して文句の一つも言わんかったことにも納得出来るわい」


 そうやって姉さんが感心しているところに、隣から茶々が入る。


「そうです! 兄様は凄いのです! あら、今頃になって分かったのですか? さすが外様のオバサマですね? ぷっ、くすくす」


 嫌味たっぷり。

 ルナのその口撃に姉さんの眉がぴくりと動く。


「誰がオバサマじゃい! 大体、ワシは最初から知っておったわ! こやつが凄い奴であることをな。あらためて再確認したまでのことじゃ!」


 ルナに張り合う為か、姉さんがすごい俺のことを持ち上げてくる。

 ちなみに今、姉さんに俺の魔術の練習法を教える過程で瞑想の重要さを説いていたところだ。

 そこにオキクの手から逃れてきたルナが「わたくしも一緒に瞑想します!」と突っ込んできたのだ。


「くすくす、どうでしょうか? あなたごときが兄様の本当の凄さを理解しているとはとても思えませんが?」


 ルナの煽りよ。

 この子、基本的に俺以外に対してはかなり冷たい子なんだよな……。

 そして案の定というか、姉さんがキレる。


「【武神】と呼ばれるこのワシが認めているほどの男じゃぞ!? 凄さが分かっておらぬわけがなかろうが!」

「その見ている凄さすらも上辺でしかないと言っているのです。実際、兄様の魔術への造詣の深さを見てあなたは先程から驚いてばかりではありませんか?」

「ぐ、ぐぬぬぬ……!」


 俺はルナが姉さんに殴られないかハラハラしていた。

 しかし姉さんは額に青筋を浮かべながらも何とか耐えきると、その口元を吊り上げて、


「……貴様こそ、こやつの凄さを本当に理解しておるのか?」

「ふふん、何を今さら。わたくしは兄様の妹ですよ? 生まれた時から兄様の凄さは嫌と言う程間近で見てきましたわ」

「ならばこやつの近接戦闘のレベルが既に達人の域にあることは知っておるのか?」

「……え?」

「こやつは魔術抜きでもその戦闘技術は既にこの世界で上から数えた方が早い。しかもこの歳にしてな。貴様はそれを知っておったか?」

「………」


 ルナが黙ってしまった。

 まあ彼女の前では魔術しか見せていないからな。彼女の前で近接戦闘のやり方なんて見せる機会などなかったので、もしかしたらルナは俺が護身術程度のものを習っているとでも思っていたのかもしれない。


「おや? どこぞの妹様は一番近くにいるとほざきながらも随分と上辺しか見えておらぬご様子じゃのう?」

「ぐ、ぐぬぅ……!」


 姉さんの煽りも中々である。

 そしてルナの呻き声は女の子が出してはいけないものだった。

 しかし、そろそろ止めないとまずい感じだ。


「あの、二人とも? もうその辺で――」

「本当に仲の良い兄妹じゃったら、兄のそんな大事なことを見落としたりはしないと思うのじゃがなあ?」

「ぐ、ぐぐぅ……!」

「何ならワシの方が本当の姉弟のように仲が良かったりしてのう。なにせこやつはワシのことを『姉さん』と言って慕ってくれておるし」


 いや、あんたが言わせたんだろ……しかもついさっき。

 だが、それを言う前にルナが叫び出す。


「い、言わせておけば! あんたみたいなちんちくりんが兄様の姉的ポジションに相応しいわけがありませんわ!」

「な!? ち、ちんちくりんじゃと!?」

「だってそうでしょう? あなた確か十五歳でしたよね? それなのに胸はぺちゃんこだし、背だって小っちゃいではありませんか? 九歳の兄様とそんなに変わらないし。わたくし最初見た時はどこぞの幼女が迷子になって屋敷に入り込んで来たのかと思いましたわ」


 確かに姉さんは十五歳にしては発育が悪いと言わざるを得ない。むしろ出会った時から寸分も変わっていなかった。

 出会った時ですら十二歳にしては姉さんは幼く見える感じだったが、それが今でも全く変わっていないのだからルナがこのように言うのも分かる。

 分かるのだが……それを口に出したらあかんやろ。しかも幼女が迷子って、煽りが酷過ぎ。

 案の定、姉さんがぶちキレる。


「き、貴様、ワシが気にしておることを、あ、あろうことかエイビーの前で言いおったな!?」


 今、姉さんの体は紅いオーラに包まれていた。

 どうやら自動的に身体強化の魔術が発動してしまったようだが……そのオーラの量は先程、ルナの竜巻を切り払った時よりも大きい。

 さすがのルナもビビったのか腰が引けている。


「な、何よ! 本当のことですわ! あなたみたいなちんちくりんが兄様の姉なんて、わたくし絶対に認めませんから!」


 それでも煽るルナの根性は大したものだ。


「またちんちくりんって言いおったな!? 大体、貴様だって人のことを言えた義理か!?」

「……え?」


 ルナの顔色が変わった。


「貴様、確か八歳じゃったな? それにしては色々と発育が悪いのではないか?」

「い、いえ、でも、わたくしはまだ八歳ですし……」

「くくく……どうやら図星のようじゃのう? 気にしていたのが見え見えじゃぞ? ん?」

「う、うう……」

「そんな貴様によいことを教えてやろう。実はワシもな、同じことを思っておったのじゃ」

「……え?」

「ワシも『まだ八歳じゃし』、『まだ九歳じゃし』、『まだ十歳じゃし』、『まだ十一歳じゃし』、『まだ十二歳じゃし』……そうやって気付けば今の歳になっておったのじゃ。そう、つまり、貴様もワシと同じ道を辿るということじゃ!!」

「ガーン!!」


 ……何この戦い? 不毛すぎる。

 というか姉さんは言ってて悲しくないのかな?


「わ、わたくしの場合、兄様をロリコンに洗脳すれば問題ありませんから!」


 ……え? どういうこと?

 その疑問を口に出す前に姉さんが自信満々に答える。


「ふふん。じゃったらワシも問題ないというわけじゃな」


 だから、どういうこと?


「問題だらけですわ。あなたの場合は兄様より六つも年上なのですから、単なるロリ婆です!」


 ロリ婆て。


「き、貴様! 人をそんな珍妙なカテゴリーに押し込むではないわ!」

「ロリ婆が何か言ってますわー。ロリ婆過ぎて聞こえませーん」

「むっかぁ~!! こんなにムカついたのは生まれて初めてじゃ!!」


 子供の言い合いかよ。まあルナは子供だけど……。


「くっ、じゃったらいいわい! ワシがエイビーのことをロリ婆好きに洗脳してやるわ!」


 ……だから、どういうこと?

 さっきから俺への飛び火が酷い。本人を目の前にして洗脳とか。


「そんなことさせるわけないでしょう!? 人の兄を特殊な性癖に改造しないで下さいませ!」

「先に特殊な性癖に改造しようとしたのは貴様じゃろうが!?」

「ロリコンはギリ許容範囲内です!」


 ギリ許容範囲内なんだ。


「ロリ婆もギリ許容範囲内じゃい!」

「どこがですか!? ロリ婆に人権はありません!」

「貴様まじ殺すぞ!?」


 やばい。かなりヒートアップしてきた。そろそろ本気で止めないと。

 というか……はぁ、本当はルナの友達にするために姉さんを呼んだのに、まさかの逆効果とは……。

 俺は内心でため息を吐くしかなかった。




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