願いを叶える悪魔

木沢 真流

その悪魔は猫の姿をしていました

 昔々、あるところに仲の良い夫婦がいました。

 名前を清十郎とお菊といいます。二人は決して裕福ではありませんでしたが、とても仲良く暮らしていました。

 ある日、清十郎が町へわらじを売りに行くことになりました。一週間ほどで戻る、留守を任せた、と言い残し清十郎は出かけて行ったのです。


 ある日、お菊が囲炉裏でわらじを編んでいると、戸の隙間から入ってきた生き物がいます、よく見てみると一匹の黒猫でした。そしてこう喋ったのです。


「すまんが住む場所が無くて困っている、少しばかりおいてくれんかのう? お礼にどんな願いも叶えてあげますじゃ」


 喋る猫なんて初めて見たものですから、お菊は口をぽかんとさせました。

 疑いながらも、お菊は試しにお願いをしてみることにしたのです。


「そうですか、ではおいしいものでも食べさせてもらいましょうか」

「お安い御用、にゃんからほい」


 そう言って黒猫が宙返りをすると、目の前に見たこともないごちそうが現れました。お菊はわきめも振らず、食べ続けました。その美味しさといったらなんと表現していいのかわからないほど。そして食べ終わった後、黒猫がこう語りかけてきたのです。


「次の願いは何じゃ?」

「では家を豪華にしてもらいましょう」

「お安い御用、にゃんからほい」


 そう言って宙返りをすると、一瞬にしてお菊の家は村一番の豪華なお屋敷に早変わり。それだけではありません、黒猫はお菊の願いを言われるだけ全て叶えていきました。美ぼうや召使い、そしてごうせいな食事は毎日変わりました、全てが満たされた生活を送るようになりました。


「素晴らしい猫だ、これはきっと神様からのおくり物にちがいない」


 お菊はそう思うようになりました。


 一週間が経ちました。町でわらじを売り終えた清十郎が、おみやげに柿の苗を買って帰って来ました。ところがあの家がありません、代わりに立派なおやしきが建っているではありませんか。

 驚き腰を抜かしていると、目の前に馬に乗った使者が現れました。そして屋敷の中へと手まねきをするのです。恐る恐る屋敷の中に入った清十郎は、そのまま長い廊下を歩きました。そしてその奥に、美しくなったお菊を見つけたのです。


「あらあんた、おかえりなさい」


 美しくなったお菊を見て、あっけにとられている清十郎にお菊は事の成り行きを話しました。

 それをうんうんと聞く清十郎。それから、


「そうか、分かった。それよりほら、これはお土産だ。柿の苗、お菊が庭に植えたらいいなと言っておっただろう」


 お菊は顔をしかめました。


「私はここで毎日いい食事をしているのです、もうそのようなものは食べられません、またお召しのような着物はこの美しい御殿には似合いません。早くお着替えなさって下さい、もしここにいたいのであればですけれど」


 そう言って笑う顔にかつての優しいお菊の表情は残っていませんでした。去りゆくお菊の後ろに黒猫がついているのが見えました。


 清十郎は、はたと首をかしげました。

(お菊は一体どうしてしまったんだ。それにあの黒猫は一体何だろう、山の神様に聞いてみよう)


 清十郎は屋敷を飛び出すと、山へと走りました、山の神様に会うためです。

 山の神はその話をむずかしい表情で聞いていました。


「よくぞ教えてくれた。その黒猫は人から『ありがたみ』を奪う恐ろしい悪魔だ、早速捕まえに行くぞ」


 今までのお菊に戻って欲しかった清十郎は、喜びました。


「だが一つ問題がある。簡単だが一番難しい問題だ」


 清十郎は山の神と一緒に屋敷に戻りました。そしてお菊と対面したのです。


「お菊よ、おとなしく黒猫の悪魔を差し出すがいい」

「もし差し出したら私の生活はどうなるのでしょう」

「元に戻るのだ」


 清十郎はその様子をじっと聞いていました。一番難しい問題、それはお菊が望まぬ限り、黒猫は離れない、というものでした。

 お菊は少し考えた後、こう言ったのです。 


「お願いします」


 そう言って、背中の黒猫を差し出しました。

 山の神はそれを受け取ると、パチン、と指を鳴らし、一瞬でその黒猫は煙となって消えました。

 時を同じくして、辺りの豪華な屋敷も今までの貧乏な家に戻りました。


「それでいい。よくぞ決意した、代わりに、豊かな土をさずけよう」


 そう言い残して、神様は帰っていきました。


 庭の土に柿の苗を植えながら清十郎は問いかけます。

「なあお菊、どうして悪魔を返そうと思ったんだ?」

 お菊は土をほりながら答えました。

「あたしゃつらかったんだよ、今までありがたかったいろんなものがどんどんみじめに見えてね、いくら望んでもきりがない。まるで空気の中をおぼれてるみたいだった。あたしゃにはあんたとこうしてちまちまやってる方が似合ってんだよ」


 清十郎はそれを聞いて笑いました。


「そうかそうか、それでこそわしの妻じゃ」


 その後、二人の生活は豊かにはなりませんでしたが、柿の樹はすくすく育ち、実をたくさんつけました。その立派な姿は村中に知れ渡り、有名な柿の木となりましたとさ。

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