第11話 雌伏

 初ライブの後、レプリック・ドゥ・ランジュとしての活動は郊外のショッピングモールの他、都内近郊のイベントスペースやライブハウスなどを舞台として行った。


 同じ事務所、例えば橘が担当するアイドルの前座を務めたりすることもあれば、単独でのライブを実施することもあり、その日は後者だった。キャパシティ100人ほどのライブハウスでの単独ライブ。


ステージ上のレプランのパフォーマンスを眺めながら、樋口は悔し気に唇の端を歪める。


「なかなか、お客さんの数延びませんね」


 それほどキャパが大きいとは言えないこの会場でも満員とはいかず、ざっと6~7割ほどしか埋められていない。


「まぁ、現状はこんなもんだろう。口コミだけだとこのへんが限界かな」


 樋口の横で同じようにステージを見ていた羽村は冷静にそう言うが、


「でも、公式サイトや皆のブログも開設したのに」


 自分が携わったコンテンツの効果の薄さを目の当たりにして、ショックを受けたように樋口が眉間にしわを寄せる。


「それは皆やってることだからな。絶対に必要なことだけど、差をつけられる所ではないんだ」


「それは、分かりますけど。じゃあどうすれば……」


「それが簡単に分かれば世のアイドルは皆人気出てるよ」


 苦笑いを浮かべて羽村が答えるが、樋口はもどかしげな表情を浮かべる。


 カナデたちは場をこなして経験を重ねるごとに着実に力をつけていっている。だからこそ、ここから先はマネジメント側の力もより重要になっていく。それが分かっているから、樋口も焦りを感じている。


「とりあえず、今は彼女たちに経験をさせること、いずれ必要になる力を蓄積させること。流れが来たときにそれをしっかりつかめるような準備をしておくことを考えよう」


 まだ完全には納得のいっていない表情のまま、樋口はうなずく。


 ただ、樋口相手にはそう言ったが、羽村としてはできる手は打たなくてはならなかった。




「羽村さん」


 ライブが終わった後、片づけをしていた羽村にスーツを着た四十代半ばほどの男性が声をかけてきた。


「ああ、夏目さん。いらしてくださってたんですね」


 慌てて手を止めると、羽村は男性の傍に歩み寄る。


「ええ。せっかくですので、一度現場を拝見しようと思いまして」


「いかがでしたか?」


 少し緊張気味に羽村がそう尋ねる。


「面白かったです。失礼ながら想像以上でした。良いグループを作られましたね」


 にこにこと人の好さそうな笑みを浮かべながら、手放しで夏目が称えるが、


「もうちょっと正直に言っていただいて構わないですよ」


 とても額面通りには受け取られず、羽村は頭を掻きながらそう促す。


「私などとても講評なんてできる立場にありませんが……個人の感想ということでよろしければ」


 少し困ったような表情を浮かべながらそう言った夏目に、羽村はそれでいいと頷きを返す。


「そうですね。正直に言えばやはり経験不足かな、と感じた面はありましたし、スキルもメンバーによってかなりばらつきがあるのが目に付きました。ただ、それをメンバー全員が自覚していて、誰かが不得手な所を、他の全員でカバーする、という意識を共有できていたのが要所要所で垣間見えて、それが好印象でした。お客さんも、結構そういう所見ていますからね」


 それは羽村がこうしろ、と伝えたわけではなく、自然とそうなっていった部分だ。確かにそれは、このグループの強みなのかもしれない。


「個人で言えば、カナデさんは久しぶりに見たセンターらしいセンターの子ですね。彼女の意思の強さはパフォーマンスの随所にはっきりと現れるのに、不思議と我が強いという風には感じさせない。でも彼女に限らず、このグループはひたむきで、懸命で、強いメッセージ性を持っているように感じさせます。とても魅力的なグループです」


「――それでは」


 望外の高評価に、羽村の声に期待の色が混じる。


「ええ、ぜひお願いしたいと思います」


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げる羽村に、いやいや、とそれを止めるように夏目は左右に手を振る。


「お互いに仕事ですから。お礼を言われることではありません。それにしても」


 夏目は羽村に向けて、目を細める。


「あなたは本当に、良い仕事をされていますね」


 羽村はお礼の言葉を口にしようとしたが、胸が詰まって、はい、と掠れた声で返すのが精一杯だった。


 そんな彼を微笑まし気に見つめた後で、


「そういえば」


夏目は思いついたように言う。


「あの子。良く見つけましたね。最初は良い意味でも悪い意味でも野心がなくて凡庸に見えたのに、ごくまれに、パフォーマンス中のふとした表情が――あれはちょっと、普通じゃない」


 思案気に瞳を深い色に染めた夏目の言葉が、誰のことを指しているのかを察すると、羽村はわずかに表情を崩した。


「半分賭けみたいなものだったんです。まだ結論を出すには早いですが、夏目さんにそう思ってもらえたなら、少し安心しました」


「そうですか。そのあたりも含めて、本当に楽しみにしていますよ。詳細につきましてはまたご連絡差し上げますので」


 そう言うと、夏目は一礼してから羽村に背中を向けて去っていった。




「あの人、誰だったんですか?」


 しばらく羽村が喜びの余韻を噛みしめていると、樋口が歩み寄ってきてそう尋ねる。


「あぁ、会ったことなかったか。あの人が夏目誠一郎さんだ」


 名前を聞いてもいまだにピンとこない様子の樋口に羽村は苦笑いを向ける。


「勉強不足だぞ。JIP Fes.の発起人の一人で、現総合プロデューサーだよ」


「あの人が!?」


 さすがにそこまで言われて樋口も理解する。


JIP Fes.。ジャパン・アイドル・プロモーション・フェスティバル。何組もの有名アイドルがブレイクする端緒となった、国内有数の歴史と権威を持つアイドルフェスだった。


「なんでそんな人がうちを見に来てくれたんですか?」


 樋口が本気で不思議そうに問う。


「ぶっちゃけて言えば、コネだ」


「また小垣さんのコネですか?」


 きまり悪そうに答える羽村に、樋口はなんとも言えない微妙な表情を浮かべた。


「今回は俺のだ。……いや、コネというのはおこがましいかな。一方的に俺が恩を受けているだけだし」


 要領を得ない回答に、樋口が軽く首を捻ると、


「俺がこの仕事に就く、きっかけになってくれたんだよ。その後もちょくちょく気にかけてくれてさ」


 羽村がそう補足する。


 樋口はなるほどと頷くが、表情に不満げな色が混ざってしまうのを隠せていない。


 おそらく、自分たちの力だけでそのステージに上がれたわけではない、という事実が素直に喜べないのだろう。


「まぁ気持ちは分かるよ。でも、」


 羽村は、にっと口角を上げる。


「これで挑戦権を、得た」




 翌日、JIP Fes.の事務局から正式に出演依頼が届いたのを受けて、羽村はレッスン後にメンバーを集めた。


 けれども、羽村の報告を聞いて素直に喜ぶ姿を見せたメンバーはいなかった。


「や、もちろん嬉しいよ。いつか出たいと思っていたから。でもそれって、今?」


 言葉通り、嬉しさと驚き、戸惑いがない混ぜになった表情で理央が言う。


「JIP Fes.って、予選と本選があるんですよね」


 こちらも難しい表情を浮かべて翔子が確認するように問う。


「競技会とかじゃないからその表現もちょっと違うけど、見方によってはそういう考え方もできるかもな。JIP Fes.に参加する20組のライブはすべてネットで配信してくれるんだが、そこで評価の高かった上位5組が後日地上波でも放送される。俺たちの現状を考えるとネット配信されるだけでも十分意味はあるけど、」


「でも、それじゃダメですよね」


 ぽつりと、悠理がつぶやくように言った。


「私もそう思う。毎年色んなグループが出てくるのに、その5組に入れないようじゃいつまで経っても埋もれて出てこれない」


 淡々と、当たり前のことのように奏かなでがその後に続く。けれど、少し表情を曇らせて


「だけど客観的に見て、私たちがそういう結果を残せるほどのパフォーマンスを見せられるかというと、まだ厳しいと思う」


 そう付け加えた。


 自分が言うはずだった言葉を先に言われて、羽村は一瞬言葉を失うが、一度咳払いをした後再度口を開く。


「そこまで分かってるならあえて言うが、チャンスは万全の用意ができている時に来るとは限らない。むしろそうでない時の方が――」


「分かってるよ、羽村さん。こんなチャンス、むざむざ逃すつもりなんかないって」


 沙紀が笑いながらそう遮ると、


「とは言え、勝算のないまま勝負するつもりもありません。何か、策がおありなのでしょう?」


 玲佳も微笑みを浮かべて続ける。


「……話が早くて助かるよ」


 すっかり役目を奪われた羽村が、思わずため息をついて若干恨みがましく言う。


 が、すぐに表情を切り替えると全員の目を向けて語り掛ける。


「君らが自覚してる通り、今は何もかも足りない。技術、体力、精神力、そして指針。でもこの1か月現場に出て経験して得たものもある。それぞれで得たものを共有してフィードバックする機会を作りたい。できたこと、できていないこと。何がお客さんに受けて、何が受けなかったのか。自分たちの強みは何か、弱みは何か。そして、何を目指すべきか」


 メンバーそれぞれがなるほど、と頷く様子を見せながら、


「具体的には、どうやってですか?」


 沙紀が皆の疑問を代表して口にする。


「合宿をしようと思う」


 羽村の提案に、おぉ、とメンバーから声が漏れる。


「さっき言ったようなやり方で課題を整理して、それを実際にレッスンに活かして、その成果をチェックする。そして改めて課題を見つけていく。そのサイクルを合宿で集中的にやってみよう」


 はっきりと、自分たちが向上するための方法を示されて、奏たちは自ずと自らの意欲が高まるのを感じる。そしてその様子を見て羽村も手応えを得る。


「直前で悪いが、今月末に2泊3日くらいで実施したい。春休み中だし各自予定もあるかもしれないが、レッスン予定日で確保していた日にちをうまく使おうと思っている。それでもスケジュールの調整が難しいのはいるか?」


 各々大丈夫だと言うように頷きを返していたが、羽村は一番調整が難しそうな沙紀に対して、改めて確認するように視線を向ける。


「ん、大丈夫だと思う。私のバイト先、こういう時融通きかせてくれるからさ」


 そう沙紀が答えると、羽村は頷いた。


「よし、じゃあ決まりだ。正式な連絡は改めて皆の保護者の方にするからな」


 どことなく高揚感に包まれるメンバーの中で、奏は悠理だけが非難めいた視線を羽村に向けたのを目にして、小さな違和感を覚えた。


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