第233話 奪われた心
俺はその報告を聞いて血の気が引くのが自分でも分かった。
あまりの事に、目の前が真っ白になったくらいだ。
「・・・もう一度、言ってくれるか?」
「す、すみません!ううっ…、私達が不甲斐ないばかりにこんなことになってしまって。でも、まったく歯が立たなくて、なんとか時間を稼ごうとしたリンちゃんが攫われてしまうなんて思わなくて」
親友のリンが連れ去られ、両目から大粒の涙を流しながら話すアーヤ。
その横では、レーナが涙を流すまいと必死で堪えながらも目の端に涙を浮かべている。
「おじ様お願い!きっとあのお城にリンがいる筈よ。悔しいけど、私達では全く歯が立たない相手なの。リンを、私達の親友を助けて!!」
二人が必死に俺に訴えかけてくるのを見て、少し冷静さを取り戻した俺は、自分に何をしているんだと喝を入れる為に両頬を思いっきり叩いた。
「当たり前だ!リンは、この世界では俺の娘なんだ。父親が娘を見捨てるわけ無いだろうっ!?大丈夫、俺達に任せろ。お前たちは予定通り住民の避難を続けてくれ」
二人にそう言うと、うえぇぇんと泣きじゃくりながら抱き着いてきて、『ありがとう、お願いします』と頼んできた。
二人の頭を撫でてから、王城に向かうメンバーに向き直った。
「これから王城内へ攻め込むぞ。俺に喧嘩売ってきたことを…必ず後悔させてやるっ!」
「ふむ、主の言う通りだな。ヘラが考えそうな姑息な方法だが…。主よ、人質にされたとなるとかなり面倒な事になるのでは?」
カルマが冷静に一番の危惧を案じて問いかけてくる。
それにニケが提案してきた。
「まず間違いなくそうしてくるでしょう。であれば、主のスキルで数人姿を隠しておいた方が良いかもしれないですね。ただ…どうも監視する視線を感じるので、まずはその
そう、ニケが言った通りだ。
どう考えても何処からか監視している気がするのだけど、未だに見つける事が出来ていない。
いくら魔法でも何も媒介しないでその場所を見るスキルなど、この世界には存在しない…筈だ。
なので精霊なり、悪魔なり、もしくは魔導具なりの媒介となるモノが存在するはずである。
魔道具だとしたら、数万か所にもおよぶ場所に設置する必要があるので現実的には不可能であろう。
であれば、あの顔だけの悪魔のように中継役となる悪魔がどこかにいるはずである。
ただ、今からその悪魔を探し出して倒す暇は無いだろう。
そこで、城内に入ってから結界を張って視界を遮り、そこで〈
今の俺なら他のメンバー全員に効果を及ぼすことが可能だ。
しかも、なにかしらの攻撃を受けるまでは解除されない。
そして途中から二手に分かれれば、誰が隠れているか見当を付けるのが難しくなるので、隙を突きやすいだろうという事だ。
俺のSPがかなり消耗される作戦になるが、まだまだSPポーションはあるので、飲むタイミングさえ見誤らなければ問題なくいけるはずだ。
「ここからはスピード勝負だ。多分、城門の所に大物を置いてあるだろう。そこを瞬殺していくぞ!」
俺の掛け声に、おう!とやる気のある返事をくれる。
その後に、二人の可愛らしい声で提案される。
「はーい、そこは私達に任せて!ね、ディアナ?」
「そうです、マスターは私達に任せて先に進めば宜しいのです。そんな雑魚は、私達で十分だという事をちゃんと見せてあげますよ」
二人もかなりやる気のようだ。
というより、どこか怒りのようなものを感じる。
「私達の可愛い子に、手を出すなんてあのオバさん、相当キテるわね」
「そうだね、本当は私達の手で潰したいけど、マスターの方がお怒りみたいだし、邪魔する門番に怒りをぶちまけちゃおうっ!」
うん、何やら物騒な事を言っているが、この調子なら任せてまず問題なさそうだ。
魔王幹部クラス以外、今のこの子達を止めれる者はいないだろう。
「よし、いくぞ!」
「「「おおーっ!」」」
かくして、俺らは街の中央から街の最北端に位置する王城へ続く道を塞ぐ城門の前に向かうのだった。
───
となる一つの研究室。
そこには、一人の少女と一匹の魔獣が特殊な鎖につながれていた。
その首には、不思議な文字が掛かれた首輪も嵌められている。
「ふふふ、アイツらが来る前にやってしまわないとね。大丈夫、すぐに終わるから。これを飲めばすぐにね…」
薬を持っているのは、魔王軍宰相のヘラである。
彼女は、魔王軍幹部である前に古くから存在する魔女の一族の総帥でもある。
その一族の集大成とも言えるこの薬が完成していたのは、もはや運命とも言えるだろう。
どこか恍惚な表情を浮かべながら、その薬を少女の口に流し込んでいく。
その少女、リンはまだ魔法により気を失ったままだった。
流された液体を抵抗することも出来ずに、コクコクと飲み込んでいく。
飲み込んだあと、意識が無いままリンは苦悶の表情で絶叫した。
「がああああっ、ぐああああ!?あああああああああっっっ!」
すると変化が劇的に現れる。
真っ白い肌がどんどんどす黒い色に変化し、目の光彩が紅く染まる。
まるで中身が溶けて作り替わる様に、皮膚の下からボコボコと突き上げるように波打ち出した。
そのうち、背中が裂けてそこから黒い羽根が生える。
歯がすべて抜け落ちたかと思ったら、次の瞬間には新しい牙のような歯が生えた。
華奢だった体も一回り大きくなり、引き締められた筋肉が作り上げられる。
さらに、髪の色がすべて銀色に変わった。
そこに、もう以前のリンを象るものは存在しなかった。
「フフフ、成功ね」
ヘラは、リンの顎を掴むとそのまま持ち上げた。
リンは意識がまだ混濁しているからか、うまく喋れずガアアアアアアと叫ぶしか出来ない。
「この秘薬はね『
並みの人間では飲んだだけで死んでしまう劇薬なのだけど、さすがあの男の娘ね。良いカラダをしているじゃない。
ふふふ、まぁどんなに強靭な人間でも、精神が保てずに廃人になってしまうのが欠点なのだけどね…。ふふふ、あははははっ!あいつこの娘を見たらなんと思うかしらね?」
手を離すとリンはそのまま床に伏す。
起き上がる力も今は残っていない。
悪魔と化したリンから目を外すと、早くも意識を覚醒しようとしているクロに目をやる。
「あら、忌々しいアイツと一緒で、お前も悪魔寄りなのかしら?随分と効き目が切れるのが早いわね。まあ、その鎖をしているから逃げれないのだけどね。さあ、お前にはコッチよ。そーら」
そういうと、違う薬をクロに飲ませるヘラ。
クロも体に力を入れる事が出来ずに、抵抗する事すら出来ない。
流し込まれたものをそのまま飲み込んでしまう。
クロもまた変化していった。
但し、その変化はより一層ひどいものだった。
クロの
そうとしか言えない現象が起こり、毛皮以外が全て溶けて蛹の様な状態になる。
その蛹の様なものが膨れ上がり、毛皮を被せたボールのようなものが出来上がった。
なかで蠢くナニカが、中から這い出てこようと藻掻く様に暴れる。
そして、クロの毛皮だったものを破り、中から黒い巨大な狼が出てくる。
「ふふ、成功したわね。そうね…お前は星獣フェンリルと名付けましょう。さぁ、この城にやってくるアイツらを、その娘と共に打ち滅ぼすのよ!」
ヘラが使ったのは、『星獣の秘薬』。
これも彼女の作り出したとっておきの秘薬だ。
魔獣を強制的に進化させて、新たな魔獣を生み出すものだ。
強さは元の魔獣に依存するが、その強さは格段に上がる。
その代償として元の精神が破壊されて正気を保てなくなるのだが、ヘラにとってはどうでも良い事だった。
「これで一人でも倒してくれれば良いのだけど…。あとはタラスクとあの男に任せるしかないわね」
ヘラはそう言うと、魔法陣を描いてリンとクロを強制転移させるのだった。
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