Turn193.元賢者『動き出す時間』

「はぁ……はぁ……」

 呼吸を荒げたニュウは地面に両膝をつく。

 もうどれ程の時間、動き続けているだろうか。

 そもそもニュウは武闘派ではないので、体力は既に限界を超えていた。

 地面に倒れたニュウは寝返りを打ち、青天井を見上げた。

──だが、だいぶ敵の数は減らせたはずである。

 それでも時間が動き出してしまえば、太刀打ちできる数ではない。この間に、すべての敵を殲滅しなければ窮地であることには変わりないのだ。

──もうひと踏ん張りだ。

 自分を奮い立たせ、ニュウは無理矢理に体を起こした。


 立ち上がったニュウであるが──予想にしていなかった不測の事態が起こる。

「あぁあぁっ!」

 突如、ニュウの左腕があり得ない方向へと曲がり始めた。通常なら曲がるはずのない方向に、自然と腕が曲がり始めたのである。

 ニュウは痛みに顔を歪め、悲鳴を上げたものである。

──ここへきて、ニュウが纏っていた闇のオーラが暴走を始め、制御が出来なくなってきたのだ。ニュウの命を蝕む負の力──それが、反旗を翻し始めたのである。

「まだ……もう少しなのよ……!」

 今度は、口から血が吹き出た。力を使い過ぎて、体には相当な負荷がかかっているようだ。内臓のいくつかも蝕まれてしまったらしい。

──それでも、こんなところで手を休めるわけにはいかない。もうひと踏ん張りなのだ。

「せめて……これが終わるまで、もう少し待ってちょうだい!」

 ニュウは鏡の中に手を入れ、さらなる強力な武器を求めた。

──が、何の手応えは感じられなかった。

「え? どういうこと……?」


 鏡の中で手を動かすが、何一つアイテムを掴むことができなかった。

「そんな……。どうして……?」

 困惑しているニュウの視界の隅で、何かがピクリと動いた。

 ニュウはハッとなり、周囲を見回した──。

 アンデッドモンスターたちがスローモーションのように動き始めていた。

 静止していた時間が、いよいよ動き出したのである。

──不味いわ。

 ニュウは焦り、鏡の中で必死に手を動かした。

 このまま時が動き出せば、また不死身の軍勢が猛威を振るうことであろう。そうなっては、今度こそ太刀打ちできない。

「お願いよ……誰か、助けて……。勇者様……!」

 ニュウは心の中で祈りながら、鏡の中をまさぐるのであった。

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