Turn101.勇者犬『嫌味な村長』

──うっ!

 突如、激しい頭痛に襲われて、僕は顔を顰めた。

「……あら、どうしたの?」

 マローネが、抱いた僕の表情の変化に気が付いたようだ。心配そうに顔を覗き込んできた。

──でも当然、犬である僕がマローネにその理由を話せるわけもない。

 マローネの瞳を見返していると、彼女はずっと僕の頭を撫でてくれた。

「ほら、大人しくしていてお利口さんね。村に着いたわよ」

 マローネは両手で僕の体を掲げ上げた。そうして、村の全貌を見せた。

「ここが私の家がある、ペンチャ村よ。ようこそ、ワンちゃん。歓迎するわよ」


 そこは、盆地の傾斜に家屋が点在する小さな村であった。

──これが、異世界の村か。

 僕は初めて目にした異世界の村に、感動したものだ。僕の居た世界とは、建物の構造や様式も違う。

 好奇の目で、ペンチャ村の中を見回した。


「おお、お帰り。マローネ」

 マローネの姿を見付けた、老夫婦が農作業の手を止めて顔を上げる。

 そして、マローネが抱き抱えた僕の姿を見るなり、険しい顔付きになった。

「なんじゃい、その動物は……。見慣れぬ毛色じゃが、まさかモンスターじゃ……」

「違うわよ! ただのワンちゃんよ」

 老人が怯えた表情になったので、慌ててマローネはブンブンと首を左右に振るう。

「他所からモンスターなんて連れて来たら、白龍様のお怒りをくらってしまうでしょう? 村の外でモンスターに襲われていたところをこの子に助けてもらったから、お礼をしようと連れて来たのよ」

「ほぅ……。助けにねぇ……」

 老人は興味深そうな顔になり、僕の全身を見回した。単なる柴犬であったが、この世界では珍しい犬種であるらしい──。

「その分、白龍様への捧げ物を減らすような真似はしないでくれよ? 昔は、白龍様のお供え物を滞らせたことで、村に盗賊団が押し入ったこともあるんじゃからな」

「分かっているわよ。白龍様のお供え物を減らすような真似はしないわよ!」

 フム、と老人は頷いて納得したように頷いた。

──しかし、どうやらもう一つ、心配の種があるようであった。

「それに、勝手に村に動物を連れ込んで……ゴードン村長に何を言われるか分かったものではないぞ」

 老人の口から『ゴードン村長』という名が出ると、マローネはあからさまに嫌な表情になる。

「あんな偏屈の村長のことなんて、知らないわよ」


「……誰が、偏屈ですかな?」

 背後から声がしたので振り返る。

 頭に冠を乗せた、顎髭を蓄えた男がお供を二人ばかり連れて立っていた。

「村長さん……」

 マローネは苦い顔になり舌を出す。

「これはこれは、ゴードン村長。どうされましたかな? こんなところをお歩きになられて……」

 老人は、マローネを隠すように慌てて前に立ち、訝しげなゴードンに揉み手をしながら尋ねた。

「庶民が汗水垂らして働く姿を拝みながら、風に浸るのも良いかと思いましてねー」

 ゴードンの厭味ったらしい言い様に、マローネは腹を立てたようである。ムスッとした表情でゴードンを睨んでいた。


 マローネはゴードンのことを快く思っていないらしい。あからさまに不機嫌な態度を取り続けている。

──そんな不思議そうな僕の視線に気が付いたようで、マローネはヒソヒソ声で呟いた。

「あれが、この村の村長のゴードンよ……。元々、大きな国の王子様らしいのだけど、好き放題にやって城から追い出されたらしいわ。王位を継ぐはずだったのに、飛ばされてこの村の村長さんよ。それなのに『こんな小さな村でおさまる器じゃない!』って、自分を大きく見せようとしているんですもの。生まれ育った村をそんな風に言われるだなんて、感じが悪いと思わない?」

「何か、おっしゃいましたかな? マローネさん」

 ゴードンがマローネのヒソヒソ話に気が付いたらしく顔を向けてくる。

「いえ、何も!」とマローネは慌てて笑顔を浮かべて取り繕った。


「ふーむ」と唸ったゴードンは、それよりも気になるものをマローネの手の中に見付けたようである。

「それは、何じゃな?」

 僕のことを指差しながら顔を引き攣らせる。

「命の恩人のワンちゃんです」

「それは、ずいぶんと変わった犬種のですねー。そのケダモノをどうするつもりですかな?」

「けだもの……」

 ピクリと、マローネが眉を動かす。

「関係ないでしょう? お家に連れて行くんです!」

 プイッとマローネはそっぽを向く。

 ゴードンはスッと、マローネの前に手を出した。

 その意図が分からず、マローネは首を傾げる。た

「な、なんですか?」

「そのケダモノを村に入れるのは、許可できんな。小汚いし、不愉快だ。こちらで処理しておくから寄越しなさい」

「駄目よそんなのっ!」

 マローネはゴードンを睨み付けた。

 ゴードンの方も、素直にマローネが僕を差し出すとは思っていなかったようだ。

「……なら、それなりの誠意という奴を見せてもらわないと……」

 チョイチョイと、ゴードンが指を動かす。

「……なに? どういうことよ?」

「許可を欲しいのだろう? ならば、相応の誠意を見せろと言っておるのだ。まさか、タダで許可が貰えるなどと思ってないでしょうね?」

──どうやら金銭をせしめるつもりらしい。

 マローネが怒りに顔を歪ませていると、代わりに動いたのは老人であった。

「ゴードン村長の寛大さには感謝致します。こちらをお納め下さい」

 老人は金貨の詰まった麻袋を、そっとゴードンの手に握らせた。ゴードンはその重みを確認すると、ふむふむと頷いて機嫌を良くした。

「よろしいよろしい。だがね、村の中で問題は起こすでないぞ」

「そんなつもりは、毛頭ないわ!」

「ありがとう御座います、ゴードン様」

 不服そうなマローネを隠すように、老人が前に立って頭を下げる。どうあっても穏便に済ませようとする老人が大人っぽいのか──あるいは、それ程にゴードンが厄介な相手ということなのだろう。

 老人からの待遇に気をよくしたゴードンは満足したらしく、お供を連れてさらに村の中を歩いて行った。


「やれやれ……」

 ゴードンの姿が見えなくなったところで、老人は袖口で額の汗を拭った。

「若いのは結構じゃが、もう少し世渡りを学んだ方が良いぞ……」

「なんだか、ごめんなさいね。素直に表情に出しちゃうものですから。ご迷惑かけちゃったみたいね」

 マローネは金貨を取り出すと、迷惑料も込めて老人がゴードンに支払った金額を差し出した。

 ところが、老人は首を振るう。

「構わんよ。それより、その子にそのお金で何か買ってあげるといい。せっかく許可がおりたのだから、命の恩人様に恩返ししてあげておくれ」

「ありがとう。この借りは今度返すわね!」

 人の良いこの老人に、マローネはお礼を言った。

「いいさ。いつかお宝でも発掘したら、それでまとめて払ってもらうので良いから」

「そんな日が来ると良いけど……」

「まぁ、気長に待っておるさ。それじゃあ、わしらはそろそろ仕事に戻るとするかのぅ」

 老夫婦は目配せをすると頷いた。そう言えば、畑仕事の途中であったが、まさかゴードンに時間を取られるとは思わず長くなってしまった。

「ごめんなさいね、ありがとう」

 畑仕事に戻る老夫婦に再びお礼を言うと、マローネも通りを歩き出した。

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