Turn94.勇者『車はみんなを乗せて』

「すっかり皆さん、お疲れのようですね……」

 ハンドルを握りながら、バックミラー越しに後部座席を見た精神科医がはにかむ。

 当事者の聖愛はおろか紫亜や伊達村、不知火まで気疲れしたらしく寝息を立てている。

 僕も安心したからか、眠気が強まってきていた。どうにも先程から瞼が重い。

「楽しいキャンプのはずだったんだけどね……。みんなには、嫌な思い出になっちゃったかもね」

「どうでしょうね……」

 精神科医がクスクスと笑う。

「まぁ、本当のところは分かりませんが……みんなの幸せそうな寝顔を見る限り、悪くはなかったんじゃないかと思いますがね」

 ふぅと息を付き、僕は背もたれに寄り掛かる。

 そんな僕の姿を横目に見て、精神科医は笑う。

「勇者様もお疲れのようですね。……ナビは不要ですから、勇者様もぐっすりとおやすみ下さい」

「ああ……そうさせて、もらうよ。……なんだか、眠気が酷くて……」

「眠気?」

 精神科医が首を傾げる。

「勇者様?」

 問い掛けるが、僕からの返答はない──。


 精神科医は何やら嫌な予感がしたようだ。

 車を路肩に向けると、慌てて急ブレーキを踏んだ。


「勇者様っ!?」

 声を上げながら僕の体を揺さぶった──。

 しかし僕は──力なく項垂れるばかりで、その問い掛けに答えることは出来なくなっていた。

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