Turn018.勇者『おかしな精神科医』

「いやぁ、良かった。随分と探してしまいましたよ勇者様」

「その勇者っていうのは……」

僕が突っ込むと、精神科医は「ああ」と頷いた。

「あちらの世界での記憶がないのですね。貴方様は、異世界では最強の勇者様だったのですよ」

「はぁ……」

突然、精神科医の口からファンタジーな話しが出て来て、僕は唖然としてしまう。


しかし、精神科医は自身が可笑しなことを口にしているとは思ってもいないようだ。さらに、饒舌に言葉を続けた。

「ところが、貴方様を脅威に思った魔王がこうして別の次元へと貴方様を飛ばしてしまったのですよ。魔王にとって『勇者』という存在は、唯一、自分を脅威に陥れる存在でありますからね。邪魔だったので先手を打ったのでありましょう」

「……そうなんですかぁ」

とても信じ難い内容だったので、俺は精神科医のお話を軽く聞き流すことにした。ファンタジーの物語やゲームの中でよく耳にするような内容だ。


ひょっとしたら、可笑しいのは僕だけではなく──この精神科医も同じなのかもしれない。

空想の世界での話を、勝手に現実のものと思い込んでいる。

精神科医は、どうやら僕が勇者だと信じて止まないようだ。

──いや。僕はただの普通の高校生だから……。

そう否定しようと思ったが、そこで思考が止まる。


これまでの僕の行動というのは、とても普通の人間が持ち合わせた思考とは思えない。

普通の高校生は、校舎の窓ガラスを割ったりグランドに向かって投擲したりはしないはずである。


「貴方様の行動は全て、魔王に抗うためのものなのですよ……」

まるで僕の内心を見透かしたかのように、精神科医がそんな言葉を呟いてきた。

「異世界の姫君様をお守りすることが出来るのは、やはり勇者様たる貴方様だけなのです!」

理解の出来ない可笑しな話を延々と続ける精神科医に、僕は段々と呆れてきてしまった。

早く家に帰って、やり掛けのゲームの続きでもしたいところである。

──それなのに、精神科医は僕の家とは違う方向に車を走らせていた。どうやら、目的地が決まっているわけではないらしい。

ただ闇雲に、車を走らせている様子だ。窓から見える住宅街のこの景色は、これで何度目になるだろう──。


「勇者様……」

僕がウンザリしていると、精神科医が口を開く。

「次は何処へ行けば……姫君様の為に何をすれば良いのか、お導き下さい」

「はぁ?」

僕は呆れてしまった。

何処かに連れて行かれるのかと思えば、僕が案内しろという──。だったら、どこにも行きたくない。すぐ様、家に帰りたいものである。

いい加減、付き合いきれない。


「あの……!」

車を停めて貰おうと、口を開いた時であった。


──助けて!

何処かから、そんな女の子の声が聞こえてきたような気がした。


途端に、僕の気が変わった。

あそこに──声のした方に、行かなければ!

なんだかそんな思いが、僕の中で強くなっていった。


「あっちにお願いします! 早く!」

「分かりました」

精神科医は僕の指示に素直に応えてくれた。

大きく頷くとハンドルを握り、エンジンを蒸してスピードを上げた。

僕は後部座席から左右に指を差しながら精神科医に指示を送り、目的の場所まで車を走らせて貰った。

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