第9話<4>
途中、自販機で伏見先輩の飲みものを買ってから、僕らはレストハウスを目指す。
「ひとつ聞いていいですか?」
「はい、藤間君」
生徒に解答させる先生のような伏見先輩。
「先輩はよくこういうところに遊びにこられるんですか?」
「うん、くるよ。それがどうかした? ……あ、車椅子で楽しめるのかな、なんて思ってる?」
「あ、いえ……」
と、一瞬口ごもったが――結局、
「……まぁ、正直そういう疑問はありますね」
僕は率直にそれを口にした。
「素直でよろしい。藤間君の疑問ももっともと思う。でも、こんな足でも案外楽しめるもんだよ。特にここはそういう事情に理解があって、たいていのアトラクションは乗せてくれるしね。さすがにジェットコースターとかはダメだけど」
「それは羨ましいですね」
「ん?」
伏見先輩はハンドリムを回す手を止め、惰性で前に進みながら僕を見上げた。
これは少し配慮の足りない発言だったかもしれない。先輩は乗りたくても乗れないというのに。そう思った矢先、涼のフォローが入った。
「この子ったらその手の乗りものが怖いのよ」
そこはひかえめに苦手と言ってくれ。
「へぇ、それは勿体ない。じゃあ、君にはあたしの代わりにジェットコースターを楽しむ権利をあげよう。涼さん、後でつれてってあげて」
「ええ、そうするわ」
涼はくすくすと笑いながら応じる。
「何を勝手に決めてるんですか。もうすでに二回つき合わされてるんですよ」
「ならもう一回いってくるといいよ。二回が三回になったって、たいして変わらないって」
「……」
勝手にしてくれ。
「そんなわけで、一緒にきた友達は今、あたしが乗れない系のやつを一気に回ってる最中」
伏見先輩が言うには、友達とはもうずっとそういうスタイルらしい。できることには挑戦する。そのときに助けがほしいなら助けてもらう。自分にできないことがあっても、友達はそれをするのに遠慮はしないのだという。だから今も彼女の友達は、「すぐに戻ってくるから」と言って伏見先輩の乗れないアトラクションをまとめて回っているらしい。……だから今はひとりなのか。
そんな関係は、もしかしたら僕が想像するよりも高次にあるのかもしれない。
「できないことを数えて嘆くのは最初の一年で終わりにしたの。それにやろうと思えばけっこういろいろできるし、君にはできないことだってある」
「僕にできないこと、ですか?」
「うん、車椅子バスケ」
きっぱりと言う先輩。
「藤間くん、君は座ったままフリースローができる?」
そして、またハンドリムから手を離し、シュートのフォームを作った。
僕は想像してみる。フリースローラインからジャンプもせず、座った体勢のまま、シュート……ゴールまで届く気がしないな。
「あたしはできるよ。技と腕の力だけで撃つの。それに車椅子バスケってガンガンぶつかる激しいスポーツだから、コートの中で倒れるのもしょっちゅう。倒れたってフエは鳴らないし、誰も起こしてくれないから自分で起き上がるしかない」
何度か見たことがあるが、実際にやっている人の口からから聞くと、またちがうものがあるな。
程なくして、目の前にレストハウスが見えてきた。
レストハウスはグッズショップとつながった休憩所で、さっきちらっと見た感じ、中は喫茶店のような内装になっているようだった。
ただ、中に入ろうとすると、その手前に三段ほどの段差があった。
「先に行ってて」
伏見先輩は車椅子を滑らせ、僕たちから離れていく。その先にはスロープがあり、彼女はそれを苦もなく上がり切ってしまった。レストハウスの入り口に着いたのは、僕たちよりも早いくらいだ。
手を貸したほうがいいのかと考える間もなかった。
本当にやれることはぜんぶ自分でやってしまう人らしい。
レストハウスは、隅に自販機が幾つか設置してあるだけで商業機能はなく、テーブルとイスが並ぶだけの本当に休憩のための施設のようだ。家族連れや友達同士でテーブルを囲む姿がけっこうある。朝から遊び通していると、休憩がほしくなるのがこれくらいの時間なのかもしれない。
伏見先輩は自らの手でイスを一脚どけると、そこに車椅子を滑り込ませた。僕と涼はその正面に並んで座る。
「で、どうなっちゃってるわけ?」
落ち着いたところで彼女は、さっそくアバウトな質問で切り込んできた。
「ことここに至った理由という意味なら簡単ですよ。いわゆる自爆テロに巻き込まれたからというよりほかは……痛っ」
言い終わらぬうちに、がすっ、と脇腹に肘打ちが突き刺さった。
「痛いだろ」
「藤間くん、もの覚えがいいのは悪いことじゃないけど、それは忘れましょうね」
涼は笑いながら怒るという器用な技を披露してくれた。勝手に見せておいて忘れろとは、どこまでも一方的だ。
「え。なに? どういうこと?」
「残念ながら忘れろとの上からのお達しですので」
「そうね、最初の質問に答えるなら――」
と、僕の横で涼は少しばかり勿体つけてから。
「こうやってつき合いはじめたのは最近だけど、」
「本当はずっと前からかしら」
ね?――と、最後は僕に投げかけてくる。
「あ、ああ、まぁ……」
僕は思わず曖昧な発音で返す。
それは伏見先輩を煙に巻くための嘘か冗談か。それとも……。
「って、ちょっと待て」
と、そこまで考えてから、はたと気づく。
「誰と誰がつき合ってるって? まさかと思うが、僕じゃないだろうな」
「あら、見解の相違ね。わたしはそのつもりよ?」
「最初にきっぱり断ったし、あれ以降主張を変えた覚えもないね」
そこは譲れないラインだ。勝手に決定事項にしないでもらいたい。
しかし、そこで向かいから笑い声が聞こえてきた。もちろん、伏見先輩だ。
「いやぁ、藤間くんには悪いけど、あたしの目にもそう見えるよ。こんなところにふたりっきりできておいて、今さらそれはきかないじゃないかな」
それにさぁ――と続ける。
「さっきは名前で呼び合ってたじゃん」
「……」
思わず項垂れそうになった。
やっぱり聞かれていたか。あれがきっかけで彼女はこちらに気がついたのだから、当然といえば当然か。隣からは涼も「聞かれてたみたいね」と囁いてくる。……だからなぜ笑っている。
「涼さんってさ、大人っぽいからあたしたちでも涼さん涼さんなのに、それを呼び捨てだなんてなかなかのツワモノだよね」
「それについては本日限定ですよ。普段はちゃんと『槙坂先輩』ですから」
敬意の有無については保証しないが。
「真さえよければ、わたしはずっとでもいいけど?」
「勘弁してくれ。僕の平和な学校生活が本気で崩壊する」
僕はヤケクソ気味にジュースを煽る。
そこでまた伏見先輩がけらけらと笑った。
「藤間くんって面白いよね。あたしには敬語で、涼さんにはそうじゃないんだ。普通は逆じゃない?」
「唯子も気づいた? 真ったら最初からこうなのよ」
「人は大なり小なり相手を見て態度を決める。だったらこれは当然の帰結だろう」
「ひどいことを言われた気がするわね」
わざとらしくため息を吐く涼。
「でも、いいんじゃない。きっとそこには藤間くんなりの『区別』があるんだろうしね」
横から涼が「そうなの?」と顔を覗きこんでくるが――知るか。僕は肘を突き、不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「それにしても、涼さんがねぇ……」
伏見先輩が改めて僕らを眺める。まぁ、今まで様々な噂や憶測が流れつつもその実体をつかませなかった(もとより実体などなかったのだが)、その槙坂涼がこうして実際に男と一緒に遊園地にいるのだ。逆の立場なら僕だって同じようにしただろう。
「意外だけど、これはこれでお似合いなんじゃないかな」
どんな感想が出てくるのかと思いきや、なぜか納得されてしまった。
しかも、よりによってお似合いときた。
「……」
くそ。これでまた顔を戻しにくくなったじゃないか。
――沈黙ができた。
僕がこんな態度だからだろうか。さすがに先輩ふたりを前にしてこれは不味いな――と思ったとき。
「ねぇ、唯子」
涼が口を開いた。
「悪いのだけど、今日のことは誰にも言わないでほしいの」
僕は反射的に彼女を見た。彼女も僕を見ていた。
「真もそのほうがいいでしょう?」
目の前で微笑まれ、不覚にもどきっとしてしまう。
「あ、ああ……」
それは兎も角。
当然それはそうなのだが、涼が自分から言い出すとは少々意外だった。てっきり話題の種をまくのが好きな彼女のことだから、自分から拡散させるくらいのことはやるのではないかと思っていた。
「そっか。せっかくいいネタをつかんだと思ったんだけどな。涼さんの頼みじゃ仕方ないか。でも、ほかの子たちと会ったら知らないからね。それはそっちで気をつけといてよ」
「ええ、そうするわ」
伏見先輩に見つかったときはどうなるかと思ったが、これでひとまずは安心のようだ。
「おっと、もうこんな時間」
その彼女が手首に巻かれた細い腕時計を見て声を上げる。
「あたしは先に出るから。じゃあね、ふたりとも。お互い楽しもう!」
そして、そう言うとまたハンドリムを操作して、滑らかな動きでレストハウスを出ていった。
楽しもう、か。
人目を気にしてる状況で楽しめるとも思えないのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます