第三章 2

 今追いかけている子は「磯山遥」という幼馴染でね。昔、上級生に苛められたことがあるんだ。冬の川に突き落とされて、意識が全然戻らなかった。その事実を知った時、ぼくは怒りに震えた。ぼくはその感情に呑まれてしまった。探し出して、喧嘩を吹っかけた。最初のうちは奇襲したから優位だったけど、相手は三人でしかも上級生だ。次第に一方的に殴られる形になった。その時ぼくの中で怒りがどす黒い感情に変わって噴き出してきたんだ。あいつらを殺す。何が何でも、絶対に殺す! って。そしてぼくは決してしてはいけないことをしてしまった。感情のままに”声„を使ったんだ。


“お前たちなんて、死んでしまえばいい„


 翌朝彼らが自殺したというニュースが放送されていた。それから少し経った後の報道で、いじめっ子のリーダーは、自宅の包丁で自分の心臓を刺して死に、背の高い取り巻きは首を吊って、太った取り巻きは自宅のあるマンションの最上階から飛び降りたことを知った。ぼくはあの三人の命を奪ってしまった……殺人者だ。今思うとなんてことしてしまったんだろうと悔やんでも悔やみきれない。でもその当時のぼくはあろうことか、ざまあみろ、すっきりした、という最低な感情を抱いていたんだ。ぼくは正しいことをした。クズを駆逐して平穏を取り戻した、と信じて疑わなかった。


 遥が目覚めたと聞いて、すぐに病院に行った。その時は正直絶望した。遥は事件の記憶を失っていたのだから。ぼくは喜んでもらえると思って、遥の身に起きたことと、三人が死んだことを教えた。もう苛められることはないよ。安心して学校生活を送ることができるようになったんだよ、って。そうしたら遥は大粒の涙を流して号泣したんだ。ぼくにはなぜ遥が泣くのかわからなかった。良いことをしたのに、なぜ泣くんだろうと疑問に思った。だから聞いた。なぜ泣くの、って。


「人が死んだら悲しいに決まってるよ。私が苛められていたことが原因で死んでしまったのなら、私がちゃんと立ち向かっていれば死ななかったかもしれない。こんなに悲しい気持ちにならなかったのかもしれない」


 この言葉を聞いたとき、ぼくの胸に巣食っていたどす黒い感情がすっと引いていった。と同時に気付いたんだ。ぼくは遥を助けるといういかにももっともな理由をでっちあげて、実際はただ自分の感情を発散したいがために、三人を殺したんだって。誰のためでもない、ただの自己満足だった。


 それに気付いたから、ぼくは声を失った。君に話しかけるちょっと前まで、ぼくは何も話せなかったんだよ。あんな取り返しのつかない事をしてしまったのに、まさか“声„が戻ってくるなんて思わなかった。でも戻ってきたからには、今度はぼくの自己満足じゃなくて、本当の意味で遥を助けたい。助けなきゃならないんだ。


 縛ってしまった上にこんな話まで、長々とごめんよ。何も言わず黙って聞いてくれて、ありがとう。って、君は猫だからしゃべれないか。ははは……。

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