第10話 生徒みたいです


「ふっ、ふふっ」


 うろこに覆われた滑らかな手を篠宮に握られて、その女性は笑った。


「あはは!珍しい人間だね、あたしのこと気味悪がらないなんて」


 篠宮の方も、女性の手を握って平手打ちも何もされずに微笑まれるのは珍しかったので、嬉しさで顔が緩んでしまう。


「だけど先生?生徒に手を出しちゃいけないでしょ。あたしは3-βの生徒兼指導係のレディ」


「えっ?生徒なの?」


「そうだ、だから離れろ」


 サクラの怖ーい声が聞こえて、反射的に篠宮はサッと一歩下がる。


「あはは、いやぁ、大人っぽいなぁ」


 そう言われたレディは口の端を上げて妖しく微笑んだ。


「ねぇ、鬼丸。あたしこの人のこと気に入ったよ」


「下らないことを言うな。βには余計な人間は入れない」


 鬼の方は篠宮への評価は変わらないようだ。篠宮も改めてを認識すると、我に返って慌ててサクラのそばに駆け寄る。


「残念。あんたがそう言うなら仕方ないね」


 ぬめるような動きで、レディは身を翻した。


「サクラさん、ここはどういう……?」


「あたりをよく見てみろ」


 促されて篠宮が周りを見ると——。


 鬼丸と呼ばれる『鬼』のそばに、レディと名乗る『蛇』っぽい女性。それから、その周りに二人の人影。


「い⁈」


 吐く息も荒く喉の奥から唸り声を漏らしているそれはどう見ても、


人狼ウェアウルフ……?」


 それも二体。


 サクラが静かに説明する。


「人狼——或いは狼男とも言えるか。白いのがシュトルム、黒い方がウォルフ」


「いいいい⁈」


 驚く篠宮とは対照的に、彼女は旧校舎の壁に開いた穴を見ながら、事もなげに続けた。


「この教室の惨状を見るに……また、兄弟喧嘩か?」


 ちら、と視線を鬼丸に向ける。目が合った彼は苦々しげに言葉を吐いた。


「β《こちら》の事に口を出すな。もう、おさまったことだ」


 どうやらβと名乗る彼らはサクラに口出しされるのを好まないらしい。うとまれている事を気に留めた風もなく、サクラは業務連絡のように淡々と話を進める。


「ともかくコイツを授業に組み込んでくれ。鴫原校長からの頼みだぞ」


「……校長の頼みじゃ仕方ねぇな。明日までにシフトを組んでおく」


 鬼丸が仕方なさそうに受け入れると、サクラは目を伏せた。


「すまんな」


 詫びるサクラに出て行けと手で指し示すと、鬼丸は背を向けた。「行くぞ」と促された篠宮が元来た壁の穴から出る前に振り返ると、レディだけが妖艶な笑みを浮かべて目立たぬように手を振っていた。





「何なんですか、あの人達は?」


 旧校舎から離れるなり、篠宮は勢い込んでサクラに聞く。返ってきた答えは至極シンプルなものだった。


「亜人だ」




 つづく

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