第159話 やとのかみ。



 ただ、助けて欲しい。そう願ってた。


 否定される。否定される。否定される。


「……力が弱まってるぞ。暴走が足りぬか?」

「如何しますか? 検体は未だ眠っておりますが」

「無理矢理動かせ。首輪があれば容易いだろう」

「はっ!」


 斬りたかった。壊したかった。ただ、それだけなのに。


 思えば、この世界に産み落とされる前の方が、まだマシだったかも知れない。


 だって、あっちにはあの子が居たから。


 ほんの少しだけ、世界に関わらせてもらった時。


 やっぱり斬りたくて、壊したくて、数多の肉を斬り裂き、夥しい命を壊したあの時。


 この血塗れた柄を握って欲しくて。この呪われた刃を抱き締めて欲しくて。


 けど結局、総てを斬って壊したあの時に見た、黒い姫が忘れられない。


「ふふ、良いな。良い、実に良い。世界変革だか何だか知らぬが、幼神おさながみやプレイヤーなど、実に素晴らしい存在を世に出して貰ったものだな」

「使い減りしない肉人形と魔道具の糧ですからね。研究も進め放題ですよ」


 ただ、斬りたくて、壊したくて、仲良くしたかった。


 だけどみんな、血走った目で手を伸ばして来た。この身で斬って、壊したい。そんな想いで伸ばす手を、斬り払う事しか出来なかった。

 

 なのに、なのに、あの子だけは、あの子だけは違った。


 身に纏う死が優しく眩い、小さな黒い姫が伸ばした手だけは、あれだけは優しくて、暖かった。


 でも、その手さえも斬り裂いて、殺し尽くした。


 もう、自分の存在すら良く分からない。

 

 斬りたい。壊したい。この想いは間違いなく自分の物。だけど、仲良くしたくて、抱き締めて欲しいのも、自分の本音。


 きっと罪深いのだろう。汚れているのだろう。穢れているのだろう。だからきっと、救われない。世界がきっと、そう決めている。

 

 この柄を握る資格のある者は、きっと仲良くなれない悪人だけ。

 

 この刃を振るうに能う者もきっと、赦されない狂人だけ。


 この身、この概念、己が身を成す全てが凄惨。きっと世界に産まれるべきじゃなかったんだ。


 だから、だから、だから、こっちの世界で苦しむんだ。苦しむべき存在なんだ。


「これで、これで戦争もっ……!」

「はい! 当然、我が国の勝利です!」


 また、否定される。

 

 押さえ付けられた反動で代償が膨れ上がって、暴走する。


 なのに、暴走した使い手共々また否定されて、もっと代償が膨れ上がる。


 もう、自分の軸が幼神おさながみなのか、代償なのか、分からない。入れ替わってしまいそうだ。


 ああ、帰りたい。向こうの世界には、あの子が居たから。


 触れ合えなくても、ただ同じ世界に居たかった。


 だから、眠ろう。


 あの優しい黒の姫の想い出と一緒に、この否定される世界で微睡んでいよう。


 ◇


「ノンちゃん、それ何読んでるの?」

「ん? これはね、御伽噺だよ」


 仕事を終わらせ、うららかな午後。

 私はリビングで本を読んでいた。


「御伽噺? の?」

「うんにゃ、のだよ。悲哀の呪術師ってお話し、知らない?」

「…………あー、なんか聞いたことあるかも?」


 本を読んでる私の後ろから覗き込んで来たルルちゃんに問うと、何とも曖昧な答えが返ってきた。

 悲哀の呪術師。リワルドに伝わる御伽噺だ。

 こっちの世界に絵本と言う文化は無いけど、ジャンルとしてはその手の童話になる。

 人を信じて裏切られて、その悲しみから呪術を極めてしまった男と、その呪術師を止めようとする親友のお話しだ。

 この物語の最後は、呪術師が親友の行動に胸を打たれて改心するが、同時に呪術が暴走して次元を歪め、二人揃って次元の歪みに消えてしまう。

 そして数年後、呪術師を失った親友だけが次元の歪みから帰って来るって言うバッドエンドで終わる。


「それ、たのし?」

「まぁ、言うて童話だからね。読めなくは無いよ? 感性が合わないから別に感動とかしないけど」


 私は「最後はぶん殴れば解決」って言うショットガンマスターキー的なプランを何時だって胸に抱いてる脳筋なので、友達が狂ってしまったら取り敢えずフルボッコにしてから話しを聞くと思う。

 だから呪術に堕ちてしまった友の心を取り戻そうと四苦八苦する親友くんの行動が、そもそも私の感性に合わない。

 取り敢えず半殺しにしてから説得したら次元の歪みとか発生しなかったじゃん? やっぱり暴力が最適解だよ(ピュアな瞳)。


「え、じゃぁなんでそんなの読んでるの?」

「調べ物のついでかな? ほら、こう言う童話とかってさ、昔の逸話とか伝承が元になってる場合も多いからね。類似するアレコレを調べて、息抜きにこれも読んでるの」

「…………あー、オブさんが前になんか言ってた気がする。アレでしょそれ、『ウィキ迷走症候群』って奴でしょ」


 言われて一瞬、ピンと来なかった。

 だけど少し考えて、ああ、アレかと思った。

 確か「ウィキ見てたら気になる関連ページに飛んで無限に時間を使って最終的に何してるか分からなくなるアレ」の事を、オブさんがウィキ迷走とか呼んでた記憶が有る。


「似たような物かも?」


 必要な本は全部見ないと、この世界で調べ物が出来ない。

 書かれた本も、基本的に著者一人の解釈から成る訳だから、多角的に物事を調べるのに向いてない。だから正確に何かを知りたいなら、関連書籍を片っ端から読んだ上で、情報の取捨選択が必要になる。


 …………あれ? 別にこれ異世界じゃなくても当たり前じゃない?


 まぁ良いや。とにかくそんな感じで今、童話を読んでいたのですよ。

 ジワルドにもこの手の御伽噺や童話、寓話はあった。もちろんジワルドを隅々まで遊んだ私は大体のそれらを知っている。


「それでね、ジワルドとリワルドの御伽噺ってね、なんだか類似性があったりして、調べてると面白いんだよ」

「へぇ、そうなの?」

「うん。多分、リワルドを元にジワルドを作る段階で、こっちの情報を使ったからだと思うんだけど。ジワルドのベースってさ、言っちゃえばリワルドのコピーな訳だし」


 そのコピーを発展させて、それから世界観を逆輸入したのが現在のリワルドなのだ。

 なので過去の逸話や伝承が類似してるのは当然であり、恐らくはその裏にある真実も似た様な物なのだろうと思う。


「こう言うの調べると、楽しくない?」

「…………えっと、あたし勉強そんなに好きじゃないから、ちょっと分からない」

「ルルちゃん、INTはそこそこあるのに…………」

「えへへ、これは性分だから…………」

「勉強しなさいってシェノッテさんにお尻叩かれてた記憶がこびり付いてるのかな?」

「うゅ。だから、なんて言うのかな…………。調べ物とか勉強とか、無意識でうぇーってなっちゃう。もう嫌なものって頭に入っちゃってるから」


 根本的な教育をミスったお子様みたいな事になってる…………。

 でもルルちゃん相手だと「勉強苦手でうぇーってなってるの可愛ぃぃい!」ってなるだけだな。

 はぁぁルルちゃんかわよっ…………。


「ねぇルルちゃん、なんでそんなに可愛いの?」

「んぇ? えっと、あたしのお嫁さんが可愛いから、見合うくらい可愛くなりたいって思うからかな?」


 イチャイチャしたいメーターが振り切れたのでイチャイチャしつつ、お話しを続ける。


「なんでまた、文献なんか調べてたの?」

「そうだなぁ。世界の成り立ちとかちょっと調べたくてさ」


 必要に駆られて始めたけど、調べてみるとコレが中々面白い。

 この呪術師の御伽噺は勿論、他にも様々な事柄に対して「へぇ、そうなんだ」と思わされる事がしばしば。

 例えばこの世界に居るユニーク系のモンスターなどは、そもそも異世界から流れてきたのでは? みたいな記述を見つけて感心した。

 私が前に憂さ晴らしでボッコボコにしてから殺してしまった野生のレイドボス、、厄災白雄やくさいびゃくゆうガルマドゥーガ。あの子なんかは異世界出身説が濃厚だったりする。呪術師のように次元の歪み的な何かからコッチに来たのではって言われてる。

 そもそも、今回調べてる文献に興味を持ったきっかけも、ガルマドゥーガの事をヘリオルート学園の図書室で調べてる時に見掛けた物だし。

 いやぁ、あの時はイライラしてたからなぁ。

 教室で無遠慮な視線に晒され続けてたら誰かしら殺してたかも知れない。


「…………待ってノンちゃん。あたし、そのガルマドゥーガくん知らないんだけど」

「あれ、そうだっけ?」


 そう言えば、あの子の素材で何かを作ろうと思ってたけど、ずっとポーチに入りっぱなしだったな。

 私の都合で不必要に痛め付けて殺してしまったし、せめて何か有用な物を作って意味を与えようとか思ってたのに。


「でもなぁ、ガルマドゥーガは属性的には冬桜華撃流と相性良いけど、レベル八百の素材だしなぁ。ルルちゃんの装備作るには…………」

「え、待ってなんの話し?」


 私が脳内で完結してるとルルちゃんが混乱してた。

 まぁ、そうだね。何か、ガルマドゥーガでルルちゃんの装備を何か作って見ようかな。白銀のルルちゃんと白虎のガルマドゥーガなら色味的にも相性良いでしょ。


「ルルちゃん、ごめんね?」

「だから何がっ!?」


 私もそろそろ、覚悟決めないとなぁ。

 お手紙も、書かないと。


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