第122話 『舞姫』と「ござる」。



「ござるぅぅッッ…………!?」


 ……え、なに、ござる? それ悲鳴なの……?

 それとも鳴き声?


「いや違うよあたし、謝らないとっ!」


 場所はレイフログ。あたしの愛しいお嫁さんがゼッゼを食べたいってゆってたから、あたしはキノックス姉妹と一緒に魚を釣りに来た。

 私もアルちゃんもクルちゃんも、第一回の釣り大会で入賞してる。だから自分の釣具は賞品として貰ってる。

 だからこそこの三人でレイフログに来てるのだけど、たった今問題が発生した。いや、あたしが問題を発生させた。


 あ、ちなみにポチくんも来てる。ファストトラベル出来ないから、信じられない猛ダッシュでヘリオルートからレイフログまで来た。

 今は釣り場で見知らぬ人に魚をたかってる。


 それで問題の方だけど、私がたった今釣り上げたゼッゼが海面をすっぽ抜けて空を飛び、見知らぬ人の顔面に直撃したのだ。

 何やら、ノンちゃんに作ってもらった、あたしの装備と似た服を着てる男女と、それを取り囲む八人くらいの男が居て、その内の一人、あたしと似た服を着た男の人の顔面に魚が飛んで行った。

 いやぁ、良く飛んだなぁ。拓けた場所を超えて裏路地寸前まで飛んだじゃん。

 アレだね、平たい魚だから滑空しちゃったんだね。ぺぺくん風に言うと「くそウケる」だよ。


「何事でござるぅうッ!?」

「お兄ちゃんっ--!?」


 ごめんなさい。笑ってる場合じゃなかったね。でも待って、あたし今一人で動けないの。


「アルちゃんかクルちゃん、どっちか着いてきて貰ってもいい?」

「アルペ行くぅ〜」

「クルも行くぅ〜?」

「一人で大丈夫。クルちゃんはお魚釣っててね」

「あ〜い!」


 あたしは恋無離こいなりと契約してる代償で、結婚してる相手や恋人、えっちぃことした相手と、えっちぃこと相手、この四つの内誰かが傍に居ないと生きていけない。

 恋濡こいぬ恋舐魔こいなばとは違って、傍に居るだけで暴走もしないし、大人しい代償では有るんだけど、絶対に一人になれないって点では融通の効かない代償でもある。

 なので、虎視眈々とノンちゃんの恋人の座を狙って、ついにはハーレム入りを果たしてえっちぃことをした仲であるキノックス姉妹のどっちかが、あたしの傍に居ないとダメなんだ。

 本当に、一メートル離れるだけで泣きたくなるし、二メートル離れたら本当に泣き出す。ギャン泣きってやつだ。


「ごめんなさぁ〜い!」

「なさぁ〜い!」

「ござっ!?」


 やっぱりそれ鳴き声なの?

 とにかく、あたしはアルちゃんを抱っこしてから「ござる」さん達の所に来た。釣具そのままに出来ないから少し手間取ったんだ。

 あたしはポーチにポイッで済むけど、アルちゃんもクルちゃんもプレイヤー化してないのでポーチが使えない。ゲストポーチはポーチほど便利じゃないし、性能も反応も即応性に欠ける。

 そうやって後片付けをしてから被害者の人の所まで来たので、飛んで行ったゼッゼは行方不明になってた。ちくしょう。

 でも犯人って多分、何故か既に現場入りしてるポチくんだよね? ねぇ? あたしのゼッゼ食べたでしょ? ねぇあたしの顔見てよポチくん。ノンちゃんご主人様に言っちゃうぞ?

 まぁ良いや。数揃わなかったら買えばいい。釣り大会からこっち、釣具が充実し始めたレイフログではゼッゼも市場に出始めたからね。

 それよりも魚を顔にぶつけた人に謝らないと。あたし、ノンちゃんのお嫁さんだからね。あたしがちゃんとしないと、ノンちゃんが「あ、アイツって人の顔面に魚叩き付けて謝りもしないクソ女の嫁なんだぜ」とか言われちゃう。それは悲しい。言った奴は殺す。でもその前に多分あたしがノンちゃんに怒られる。それは悲しい。


「えと、ござるさん、ごめんなさい。飛んで行った魚は、あたしが釣った魚です」

「アルペじゃないよぉ〜?」

「アルちゃん、分かってるからちょっと静かにしてて?」

「あ〜い」


 あたしが謝ると、「ござるさんッ!? オイラの事でござるかッ!?」「うん、お兄ちゃんはゴザルさんだよ」「ござるぅッ!?」ってやり取りが……。

 あ、女の人はござるさんの妹さんなのかな。


「えと、お邪魔でしたか? お取り込み中にお魚を投げ込んでごめんなさいでした……」

「いやいや、故意で無いなら気にしなくて良いでござるよ。それに、取り込み中と言っても、向こうから絡んで来てる厄介事にござるから、重ねて気にする必要は無いでござるよ」

「アンだとテメェごるぁッ……!?」

「っスっぞオラァっ……!」


 ござるさんが「厄介事」と口にすると、二人を囲んで居た八人が騒ぎ始めた。なんだ、絡まれてたのか。

 なら…………、いや待て待てあたし。八人の方は見た目からしてもう完全にチンピラだけど、もしかしたら二人の方が加害者の可能性もある。

 こう言う時に力を振るうのは、結果の全てに責任を持つ場合だってノンちゃんも言ってた。今あたしがチンピラをブッ飛ばして、チンピラの方が法的に正しかったら困る。

 あたしだけなら良いけど、それでノンちゃんやタユ先生にも迷惑がかかるなら嫌だ。それに、ここで問題を起こしたらもう、レイフログにお魚を買いに来れないかも知れない。


「えと、どんな揉め事なんですか?」


 それも困る。凄く困る。

 あたしってさ、黒猫亭でノンちゃんから任されてるお仕事がレイフログからの仕入れなんだよね。

 黒猫亭で生み出せない食材として、レイフログでリワルドの魚を買ってくるの。黒猫亭では地球産の鮮魚しか出てこないんだって。だから買い付けて仕入れる必要がある。

 他にもダンジョンの案内とかも有るけどさ、料理も洗濯も掃除も出来ないあたしが唯一出来る、宿屋の仕事っぽい仕事ってコレだけなんだよ。あたし、宿屋の一人娘だった癖に、宿屋の娘が持つべき才能が皆無だったんだ。

 お母さん、ごめんね? でも、宿屋の化身みたいなノンちゃんをお嫁さんに貰ったから、それで良いよね? ノンちゃんって本当になんでも出来るし、将来は夕暮れ兎亭と黒猫亭が合併って言うの? してさ、お母さんとお父さんに楽させてあげられたら良いなぁ。


「あンだテメェ! 関係ねぇガキゃあ引っ込んでろッ!」

「ガキがシャシャってんじゃねぇぞぉアァァンンッッ!?」

「うわ、絵に描いたようなチンピラだ……」

「ンだとテメェッッ!?」


 あ、思わず口に出しちゃってた。いやだって凄いチンピラだよ? ヘリオルートでは見た事無いくらいチンピラだよ?

 うーん、港町って海の男が多いから、荒くれ者が集まりやすいのかなぁ? でも、イーシャのおじさんは顔が凄い怖いけど優しいし……。あ、でもイーシャのおじさんに絡んでたアマベクっておじさんはガラ悪かったなぁ。


「どうもこうも無いでござるよ。妹のサユがそこで薬を売っていたら、その御仁らに絡まれたでござる。諸場代しょばだいがどうのこうのと、コッチはちゃんと商業組合に許可を取ってござるよ。絡まれる筋合いなんかオイラ達にはこれっぽっちも無いでござろうよ」


 あ、じゃぁアッチが悪者なんだね。良かったぁ。


「じゃぁもう、コイツらブッ飛ばして良い?」


 あたしの事知らないみたいだし、良く考えたらレイフログであたしを知らないって絶対に余所者じゃん。

 だってあたし、レイフログダンジョンで有名になったんだよ? レイフログからすぐそこのダンジョンで一年ちょっとも画面に映ってたんだよ? レイフログ住民なら本当に誰でも知ってる『舞姫』だよ?

 そんな余所者が、諸場代がどうとかおかしいもん。絶対におかしい。


「はぁぁぁぁん? ちみっこい嬢ちゃんが俺らをどうするってぇ?」

「ぶはははははッッ! おい聞いたかよっ!? このおチビちゃんが俺らをブッ飛ばしてくれるってよぉ!」


 きたならしい笑い声があたしの耳に障る。ウザイなぁ。

 あたしはもう、コレなら大丈夫でしょって思ったから、ポーチから武器を出した。

 初恋刀【銀恋桃花兎丸淑雅ぎんこいももはなうさぎまるよしまさ】と、恋刀【想葬恋華絹淑そうそうれんげきぬよし】を帯に装備して、いつでも抜けるようにする。アルちゃんに抱き着かれながら。アルちゃんぷにぷにしてて気持ち良い。

 初恋刀は打刀なので帯に挿して、恋刀は大太刀なので専用の剣帯で吊るして佩刀。大太刀って普通は腰に佩く物じゃ無いんだけどね。あたし身長が小さいし、余計にね。

 あたしの身長と腕の長さだと、普通は佩いた大太刀なんか抜刀出来ないけど、システムメニューが使えると設定の項目で色々と弄って、大きな武器でも途中で鞘から物理判定が消えて中途半端な場所で横に抜けるようになる。

 でもそうすると、鞘走りって物が減るから抜刀術的に良くないらしいんだけど、あたし抜刀術まだ習ってないし、今は良いよね。て言うか抜刀術は打刀でやれば良いし。


「なっ、なんだぁっ!?」

「てめっ、得物なんかどっから……!」

「今すぐどっか行くなら、見逃してあげる。言っとくけど、あたし超強いよ? 瞬きしたら、目が開くまで生きていられたら良いね?」


 あたしはシュラッと初恋刀を抜いた。この子は打刀の中でも特に短い寸法なので、とても扱いやすい。それに魔力を込めると刃が伸びて大太刀くらいになるし、本当に素敵な武器。

 恋刀から進化したこの子だけど、元になった恋刀はノンちゃんの物だったし、バーラさんが複製してノンちゃんに返した。だけどノンちゃんが「ルルちゃんの方が似合うから、あげる」ってくれたの。えへへへへ嬉しなぁ。ノンちゃん大好きだなぁ……。


「えへ♡ 相変わらず綺麗な刃。ねぇ、これに斬られてみたくない?」


 チンピラの皆さんは、最初はそれでもヤル気だったみたいだけど、あたしがそう言ってニコって笑ったらゾッとした顔で逃げ出した。

 …………え、なにその反応。あたし傷付くよ? まるで人斬りが大好きな快楽殺人者に出会ったみたいな反応とか、いくらなんでも失礼だと思う。

 あたしは不満に思いながらも、薄桃色の刃を納刀した。


「ああ、もっと見たかったでござる……!」

「お兄ちゃんッ!」


 すると、あたしと似たような事を思ったらしい彼、ござるさんが思わず口を開いていた。妹さんが「何言ってるの!」ってペシペシ叩くけど、あたし嬉しいから大丈夫だよ。

 この刃は、ノンちゃんに対するあたしの想いその物だから。

 あたしが抱く銀色の恋が詰まった桃花だから、もっと見たかったって、綺麗だったって褒められたなら、あたし嬉しいよ


「えと、えへへ……♡ じゃぁ、あの、もっと見る? あの、お魚をぶつけちゃったお詫びに……」

「良いでござるかッ!?」

「お兄ちゃんってばッ!」

「えへへ……♪︎ 良いよ。あのね、あたしの自慢の刀だから、褒められたら嬉しいんだ。だから、見せてあげるね」


 まだ名前も知らないござるさんに、初恋刀と恋刀を腰から外して渡してあげた。


「大太刀の銘は【想葬恋華絹淑そうそうれんげきぬよし】。打刀は【銀恋桃花兎丸淑雅ぎんこいももはなうさぎまるよしまさ】。長いから蓮華と兎丸で良いよ」

「ほぁぁぁあっ、素晴らしき業物にござるっ! 師範が持っていた得物にも劣らぬ、まっこと美しき名刀! かぁッ、眼福にござる!」

「…………ほ、本当に綺麗だね。吸い込まれそうっ」


 それぞれの刀を鞘から少しだけ鯉口を切り、すらっと半ばまで抜いて検分する二人。

 恋刀は薄紅色、初恋刀は薄桃色の鎬地しのぎじに白銀色の刃金はのかねがとっても綺麗なんだ。

 薄紅色の刃はノンちゃんの鍛冶のお嬢様が、血に濡れて戦うノンちゃんを表しながらノンちゃんと打った刀で、初恋刀はその刃にあたしの恋心を詰めて、薄桃色に進化した。


「ほぁぁ……。いくばくか、女人に寄った刃にござるが、それでもこの名刀で双閃を放ったなら、さぞかし気分が良いのでござろうなぁ……」

「サユも、こんなに綺麗な刀なら、ちょっと欲しいかも……」

「…………む? え、ござるさん、双閃使えるの?」


 そうせんって、双閃だよね?

 あれ? 千刃無刀流ってリワルドにもあるの? それとも、この人ってジワルドから来たお客さん?


「やや? 兎殿は双閃をご存知にござるか?」

「え、うん。あたしも千刃無刀流は少し使えるから。……千刃無刀流の双閃だよね?」

「なんとぉッ!? まさか同じ流派にござるかッ!?」

「あーっと、ちょっと違う。あたし、修めてる流派は別にあって、今はもっと腕を上げるために他の流派も勉強中なの。普段は冬桜華撃流って戦舞いくさまいの流派だよ」

「ふぇっ、と、冬桜華撃流って、あの綺麗に舞う、素敵な流派だよね……?」


 うにゅ? 冬桜華撃流も通じるの? もしかして本当にジワルドから来た人? じゃぁノンちゃんのお客さん?


「ち、ちなみに、兎殿は千刃無刀流をどこまで……?」

「えと……、無刀流はまだ、初伝を三つだけ……」

「んぐぅぅッ! オイラはまだ双閃しか使えないでござるぅ!」


 あ、やっぱり違うかも。

 ジワルドからのお客さんなら、少なくともプレイヤーではあるはずだから、システムの設定を弄ってアシスト入れれば、初伝くらいなら誰でも使えるはず。

 さすがに絶招まで行くとアシスト有っても練習大変みたいだけど、それでも秘伝くらいまでならちょっと頑張るだけで使えるってノンちゃんが言ってた。あたしは絶対アシストなんて使わないけど。

 だから、初伝一つしか使えないって言うこの人は、あたしみたいに意地になってアシスト外してる変な人じゃなかったら、ジワルドのお客さんじゃないと思う。

 だとすると、やっぱりリワルドにも千刃無刀流あったのかな? 通じた冬桜華撃流も。もしそうならちょっと気になるなぁ。探してみようかなぁ。


「サユ、見るでござるよ! 召した着物も優雅に可憐で、あの訳分からん術理さえオイラよりも良く修めてる武人にござる! これこそがオイラの理想にござるよ!」

「あの、お兄ちゃん? さすがに年齢がね……? サユ、引いちゃうよ?」

「分かってござるよ! さすがに! でも、こんな御仁も居るのでござるよ! 既に他の流派も修めてるにも関わらず、他の流派の術理も学んで腕を磨き続けようとする、見上げた武人としての矜恃! そして美しい衣を身にまとって、可憐な花である事も忘れない!」

「えと、確かにそうだよね。『修めてる』って言うからには、一番難しい技も使えるって事だよね…………?」


 え、なに。凄いべた褒めされたんだけど。アルちゃんも何故か自慢げなんだけど。凄い照れる。

 あれ、これあたしの事だよね? 可憐な花って…………。

 うひぃっ、恥ずかしいっ! なんでこんなに褒められるのっ?


「い、一応は、冬桜華撃流の絶招まで使えるよ……?」

「ほぁ、すごい……」


 本当は、超越絶招まで使えるけど、あれは流派の技って言うより、あたし専用の技って感じだし。


「ちなみに、どこかで見せてもらうことは出来ないでござる?」

「あ、それは無理。ごめんなさい。えと、あたしの舞いはね、その全部、所作の一つに至るまで、何もかもが、あたしの旦那様の為に舞う物だから」

「……!? え、あの、結婚してるの……?」

「うん。あたし、これでも人妻なんだよ?」


 ……えへへ、なんか良いよね。人妻って響き。あたしがノンちゃんの所有物って気がして嬉しい。

 あたし、ノンちゃんの人妻なんだよ。えへへへ♡


「ほぁぁっ、しゅごい……。戦えて、女の子としての幸せも……」

「まさに女傑にござる。見たかサユよ? これがオイラの理想でござるよ。もし兎殿がもう少し、八年ほど成長してたなら、オイラは人妻だと知った辺りで悔し涙を流して地面をぶん殴ってたでござる」

「それちょっと面白そうだから見てみたかったなぁ」


 でも、良く分かった。ござるさんは、戦える女の人が好きなんだね。でも『ロリコン』って奴じゃないから、あたしに恋する事は無いんだ。


「本当にごめんね? 旦那様が居なくても、旦那様の為に刀を振るう場面ならいくらでも舞えるんだけど……」

「いやいや! 信念の宿った刃は強くござる! なれば、その信念を謝る事など不要にござるよ!」

「……えへへ、ござるさんは良い人だね。ところで、ござるさんは千刃無刀流を誰に習ったの? あたしの知る限りだと、普通は学べない流派だと思うんだけど」

「む? そうなのでござるか? ……いや、そう言えば師範もなにか言っていた気がするでござる」

「もうお兄ちゃん! 様は向こうの流派だって言ってたでしょ!」


 ………………ん? んんんんッ!? 待って!?

 ちょ、ちょっと待って妹の人! 今なんて言ったのッ!?


「そうでござったな。殿もそんな事を言ってたでござるし」

「なんで忘れてるのお兄ちゃん! 特にくんの言葉を忘れるなんてダメだよ! サユ達は、本当なら絶対に学べない絶技を教わってるんだからね! お兄ちゃんは感謝が足りない! 全然足りないよ!」


 待って待って待って、情報で殴って来るの止めてっ!?

 って、千刃無刀流が使える様って、もしかしてノンちゃんのお師匠様じゃないのッ!?


「あの、えと、ござるさんは、その人の弟子なの?」

「む、いやぁ、それが違うんでござるよ。師範は、『生涯拙者が弟子と呼ぶのはただ一人』と言って、オイラに師匠とは呼ばせてくれないでござる」


 そ、それもう、確定だよね?


「もっ、もしかして、【剣閃領域】って聞いた事は…………?」

「ぬっ!? 兎殿は、師範をご存知にござるかっ!?」

「うわ、うそでしょ……。うわわっ、ほんと? え、じゃぁそっちの、妹の人がゆってる薬師の人って、【薬師神】のオブラートって人じゃない……?」

「えぇえっ……!? お、オブくんも知ってるの?」


 うわぁぁぁあッッ!? ぜ、絶対にノンちゃんのお師匠様だぁ!

 あたっ、あたし知ってるよ! ノンちゃんがいっつも嬉しそうに話すもん!


 刀術師匠、【剣閃領域】ものむぐり様。

 製薬と暗殺技の師匠、【薬師神】オブラート様。

 剣術全般の師匠、【絶対勇者】で『変顔』の勇者様。

 槍など長物全般の師匠【レイジングブリューナク】寿ことぶき様。

 杖術の師匠、【杖仙一如】トムヤムクン様。

 弓術の師匠、【ゴーストアロー】長耳やっぽい様。

 格闘術を教えた『拳法家』蘭々様、『喧嘩上等』ヤックル様、『ミリオンスロー』早乙女ララ様、【延々鏖殺】深夜のオヤツ様。

 他にも鍛冶の師匠、『変態紳士』ぺったんこ様。

 縫製服飾の師匠、『織り姫』シオリ様。

 木工大工の師匠、てやんでぃ様。

 釣りの師匠、『超釣キチ』ヨッちゃん様。

 野営の全てをノンちゃんに叩き込んだフルガジェット様。

 農耕の神と呼ばれた師匠、『畑神はたがみ』大根一丁目様。


 他にも沢山、沢山聞かせてくれる。

 特に大好きな、ものむぐり様とオブラート様、トムヤムクン様とぺったんこ様とヨッちゃん様、この五人の事は週一くらいで誰かしらのお話しが聞けるんだよ。

 そんなお師匠様の中で、まさかそのお二人がリワルドに来てるのっ? そん、そんなの!


 ノンちゃんに教えなきゃ!


 いや待てあたし。本当にそのまま教えて良いの? この人達は本人じゃないんだよ?

 まだ会えるかも分からないのに、教えちゃって良いの? ガッカリされない?

 …………うん。この人達を連れて帰って、この人達の口から喋ってもらおう。そうすればノンちゃんがガッカリしても、それはこの人達のせいであって、あたしのせいじゃない。

 しかも、それならそれで、ガッカリした可愛いノンちゃんが見れてお得だ。さらに落ち込んだノンちゃんを慰める立場も美味しい。

 その日の夜はきっと盛り上がる。あたしが盛り上げる。ノンちゃんを優しい言葉で溺れさせて、ノンちゃんのお股とあたしのお股をいっぱい擦ろう。うん、そうしよう。

 あたし頭いいなぁ〜。お師匠様に会えたらあたしの手柄にもなってノンちゃんに褒められるし、ダメだったら可愛いノンちゃんが食べられる。あたしってば天才ね!


 よし、シルルの完璧なパーフェクト陰謀術数さんすう教室が始まるよ!


 ◇


「あ、じゃあそもそも、二人はノンちゃんに会いに来たんだね?」

「そうにごさる。いやぁまさか、兎殿がお弟子殿のお嫁様だとは、オイラ達も運が良いでござるなぁ」

「そうだねお兄ちゃん。えと、シルルちゃんで、良いのかな?」

「うん。ルルちゃんって呼び方以外なら、なんでも良いよ。あたしもサユちゃんって呼ぶね?」


 あたしは今、レイフログの喫茶店に入って五人でお茶をしてる。

 道すがらゼッゼとか色々、お魚は買ってあるので大丈夫。アルちゃんとクルちゃんはお話しに加わらないで、あたしに抱き着いてスリスリしてる。可愛い。うんメッチャ可愛いよね。この二人狡くない? こんなの確かにノンちゃんだって「うひゃぁあ可愛いぃぃ♡」とか言って大興奮するよ。あたしも興奮したし。

 はぁモチモチのぽっぺでスリスリされるの気持ち良い。幸せになれるモチモチ感。

 あ、ちなみにポチくんは来てない。未だにレイフログ行脚してて、お魚を貰っている。

 でもごめんねポチくん。多分すぐに呼ぶから。


「それじゃぁ、せっかくだから案内するね。ノンちゃんのポチくんが居れば、お昼前の今から出れば夕方にはヘリオルートに行けるし」


 ゴザルさんとサユちゃんは、プレイヤーじゃないからね。ファストトラベルが使えないから、ポチくんにお願いして超特急だ。


「む? ここから王都はそれほどに近いのでござるか?」

「んーん。最短で野営沢山する道でも、十日くらいかかるよ。でもポチくん早いから」

「……それは早過ぎないでござるか?」


 早いよ。当たり前じゃん。だってポチくん、んだよ?

 モンスターとプレイヤーはステータスの基盤が違う。プレイヤーはステータス一つ辺りに配分される成長値の限界が決まってるけど、モンスターにはそれが無い。

 あたしのAGIって成長値が限界の【SSS◆】で千百。

 それが千四百レベルだから、AGI百五十四万なんだ。

 この百五十四万って言うのは、どのステータスでもプレイヤーが出せる最高値。これ以上はたったの一でも伸びない。これ以上上げたかったら魔法やスキル問わずにバフを積む必要がある。

 でも、モンスターはこの限界値が存在しないので、不必要な部分を削ればいくらでも長所を伸ばせる。極論、最終ステータスが二百万でも三百万でも伸ばせるんだ。

 それに、成長値合計限界も五千五百じゃなくて、モンスターの種類によっては八千とか一万とかある。だからボスモンスターとかは強いんだ。同じステータス合計値ならノンちゃんが負ける訳ない。

 だからこそ、それでもモンスターに勝つ為、プレイヤーは多彩なスキルや魔法を使う。ステータスの差を詰める為にバフも沢山積む。そうしてやっと、ステータスで勝るモンスターを薙ぎ払うんだ。そのためにプレイヤーはスキルを磨く。

 あたしがダンジョン事変で苦労した一番の原因だね。スキル無しじゃマトモに戦えなかった。

 ポチくんも、AGIが二百万を超えてる。削ってる部分はINTと、意外な事にSTRもらしい。筋力で殴るのでは無く、速度を攻撃に乗せて戦うらしい。うん、あたしの戦い方の先に居るのがポチくんなんだ。

 ぶっちゃけると、あたしのステータスは冬桜華撃流とあんまり相性が良くない。基本が舞いだからね。戦うのに速さは居るけど、重視はしない。

 だから今のあたしは、ノンちゃんから新しく千刃無刀流を学んでる。こっちはAGI特化と相性が良いし、冬桜華撃流に組み込めば戦いの幅も広がる。

 相性が良くないって言っても、愛着もあるからね。出来ればこのまま進化させていく形で、冬桜華撃流をずっと使いたい。


「さて、じゃぁ行こっか。ここのお支払いは任せてね」

「いやいや、さすがに幼子から金子きんすをせしめる性根は持っておらんでござるよ!」

「良いの良いの。ノンちゃんのお客様なら、お嫁さんのあたしがお持て成ししなきゃだよ。あたし、お料理とかあんまり得意じゃ無いから、こういうの気を付けないと良妻ってゆうのに成れ無いんだ」

「ふぇぇ……、こころざしが立派だよぉ……」


 サユちゃんが褒めてくれた。立派かなぁ? 素敵なノンちゃんの、素敵なお嫁さんで居たいなら、これくらい当然な気がするけど……。

 でも褒められたのは嬉しいな。あたしサユちゃん好き。


「さぁ行こ? 早くノンちゃんに、お師匠様たちのこと、教えてあげて?」


 あたしは、珍しく後払い形式な喫茶店の給仕さんに金貨を渡して「お釣り要らない」と伝えた。

 感激して震える給仕さんを尻目に、ゴザルさんとサユちゃんを連れて喫茶店の外に出ると、そのまま正門を目指す。ポチくんは耳が良いから、正門についてから呼べば良い。それでも来なければ口笛でも指笛でも使う。

 ポチくんはあたしと違って、ノンちゃんのお師匠様たちと面識があるはずだし、その件でノンちゃんにお客さんだと伝えれば二人を乗せてくれるはず。


 そう考えて、アルちゃんとクルちゃんの手を引いて、手を繋ぎながら歩き出したあたしは、突然行く手を遮られた。まぁ気配は感じてたから、正確には「突然」じゃぁ無いんだけどさ。


「おい嬢ちゃんよぉ、どこ行くんだよォ……」

「へへ、おめぇもう死んだからなぁ……?」

「んゆ? あ、さっきのチンピラさん。どしたの? 何か用? やっぱり斬られたくなったの?」


 現れたのは、さっきゴサルさんとサユちゃんに絡んでたチンピラさんたちだった。その数はさっきの数倍になってて、三十人くらいになってた。


「ふへへ、ちょいとツラ貸せやぁ……」


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