第89話 マジで済まねぇ。
「マジで済まねぇぇぇえええっ……!」
真っ黒い炎が飛び交う大広間に、黒い凶刃を踊らせる妖精が大声で謝罪する。
ぺぺくん、やらかしたねぇ。
「《ビートアップ》、一意刀心、羅針眼、羽々斬構え--」
あたしたちがボス部屋に入ってから既に五時間。今も暴れる死神は健在だった。
「《火よ》《炎よ》《無に帰す業火よ》《我が名は轟く砲火なり》《嗚呼燃えろ》《夢現のヒクイドリ》《汝が翼は焼け落ちた》《なれば嗤え》《トテムの絶砲》《火と硫黄は此処に在る》《万象灰燼》《爆ぜ散る炎よ》《汝が対価は我が怒り》《許すな》《注ぐな》《違えるな》《堕ちた聖火が
もう全員、作戦もクソもなく全力全開でスキルを回す。
黒い襤褸を身に纏って、巨大な漆黒の大鎌を振るうのは黒い霧。
いや、黒い霧にしか見えない小さな虫の集合体が、このボスの正体なんだ。
「冬桜華撃流絶招、雪華桜蘭神楽舞ッ……!」
あたしたちはボス部屋に入ってすぐ、既に打ち合わせも終わっていたからそのまま戦闘に入った。
そうして最初の一時間は調子よく戦えていたんだけど、ぺぺくんがちょっとした失敗をした結果、その後の四時間ずっと、あたしたちは苦戦する羽目になった。
「瞬刃無双、《カースブレッシング》、波涛石火、疾風怒濤風見鶏ぃいッ……!」
ぺぺくんは自分の失敗で生まれた損失を取り戻す為に、信じられない精度と効率でスキルを回している。
あれが本気になった、本物の到達者なんだと見せ付けるような戦いに、あたしは目が覚めるような思いが湧き上がる。
でもぺぺくん、やらかしは消えないからね。
「ホントにすまねぇぇえええッッッ……!?」
ぺぺくんはやらかした。自分でゆったのに、カスダメ出しちゃった。
死神の攻撃を捌く時に、間違って鎌で死神の端っこを切っちゃった。
それでもぺぺくんは到達者。十五個以上のバフ魔法と六十個近いパッシブスキルをフル回転させてたぺぺくんの攻撃だ。カス当たりでも詰むような事にはなってない。
でもお陰で、ダメージ上限はごっそり減って、あたしたちがどれだけ威力を上げた攻撃を当てても、笑えるくらいにダメージが出ないようになった。
「せめて、せめて贄の分散は全力でやるから許せぇぇっ!?」
死神のデバフ、『贄』。
それは受けている獲物に対するダメージを倍加しつつ、攻撃にHP吸収を付加する死神の基本攻撃の一つ。
要するに、贄に選ばれると死神からの攻撃で受けるダメージが倍になって、死神は贄に攻撃すると回復出来るようになる。
その代わり、死神は贄からの攻撃だけはその身で受ける。それをどうにか攻略するのが、死神との戦い。
だけど、カスダメ出しちゃったぺぺくんのせいで、贄に選ばれた人だけがペチペチ叩いても倒せない。
なのでぺぺくんは作戦を変更して、全員にダメージ倍加の状態を受け入れて、死神が誰を攻撃しても回復する危険を織り込んでとある魔法を発動した。
それは、《カースオブライフ》って言う名前の、本当は敵に使うためのデバフ。
効果は自分が受けたデバフと同じデバフ効果を対象に与えるっていうもので、ぺぺくんは自分が贄になった時にその魔法を使ってあたしたちにもデバフを与えた。
それによって凄い危険を犯す代わりに、あたしたち全員で死神を殴れるようになった。
相変わらずダメージ上限が辛くてどれだけ頑張ってもペチペチ攻撃になるんだけどね。
それからぺぺくんは、あたしたちが攻撃を受けて死神が回復しないように、必死であたしたちに向かう攻撃を弾きながら最大効率で戦ってる。
…………いや、ホントに凄いよぺぺくん。本気になるとこんなに強いんだね?
あたしたちへの攻撃を全部完璧に捌きながら、あたしたちよりダメージ稼いでるからね。あれが本物の到達者なのかぁ……。
「くっそラチがあかねぇ! 少し詠唱入るからお前ら死ぬ気で避けてろよぉっ!?」
「なにするのぉっ!」
「ネームドスキル使うんだよぉ!」
ネームドスキル。
ジワルドでは、ノンちゃんやぺぺくん、ノンちゃんのお師匠様とか、本物の強者だけに許されたただ一つの力。
あたしたちを守ってた時のノンちゃんも使ってた、他の誰にも使えない唯一無二の暴力。
「
ぺぺくんが詠唱に入った。
欠片を使わない、最初から全てが決まっている至高の呪文。
口が塞がったぺぺくんはその間魔法が使えなくて、武術系スキルの技も威力が落ちる。
武術の技って無言でも使えはするけど、声に出さないと威力が落ちるんだ。
「血濡れの豊穣願いし
死神が持ってるダメージ上限を作る能力は、あくまで数値的なダメージを抑えるだけの力であり、その攻撃を弾くなら高威力の技の方が適してる。
つまり、今ぺぺくんは強い攻撃が使えないので、あたしたちの守りが薄くなる。
あたしとレーニャさんはその間、攻撃を止めて必死で広間を走り抜け、死神が振るう大鎌から吹き出す黒い炎を死ぬ気で避ける。
「なれば鏡よ、今こそ
あたしの防御ステータスは割りと優秀で、さらにノンちゃんから借りた可愛い課金装備と、昔貰った全能一割増のクリスタルブローチのお陰で、死神の攻撃は食らっても即死は無い。
でも食らったらペチペチ減らした死神のHPが回復すると思うと、その攻撃は命の危険とは違う迫力が宿る。めっちゃ怖いよこれ。
レーニャさんは純魔構成のステータスなので、ぺぺくんと似たような成長の仕方をしてる。つまり防御が紙なので、攻撃されると即死の危険がある。しかも死神は回復する。死ぬ気で避けてねレーニャさん。
「--顕現しろ、【
そしてぺぺくんが詠唱を完了させ、その名前に秘められた力を解放した。
「「さぁ、今からオレ様の時間だぜクソッタレが」」
チラッと見ると、……え? なんかぺぺくんが二人居るんだけど。
全く同じ姿。全く同じ武器を持った二人のぺぺくんが、鎌を死神に向けて宣言したあと、二人のぺぺくんが完全に別々の動きをしながら死神を殴り始めた。
「
「
「
「鎌術絶招!
「双鎌術絶招ッッ!
「奥義、
「逆巻落しッ……!」「初伝
「大紅蓮鳳凰華!」「《キュリアレイス》!」
「双鎌術鏡構え、瞬刃無双ッ!」「瞬刃無双!」「絶歌龍殺刃!」
凄まじい。そう、凄まじいとしか言えない、夥しい暴力。
二人に増えたぺぺくんは、二人に増えたからこそ防御に割く手間が減って、その分手数を増やして行く。
「
気が付くと、あたしとレーニャさんはもう、ボスから離れて壁際の隅っこに居た。
……あの、えっと、もうあの人だけで良くないですか? あたしたち要りませんよね?
思わず敬語になっちゃうんだけど。何あれ?
え、最初からやってよ。
なに、この、…………なに? いやホントに何コレ。
なんで二人いるの?
「「いやお前らサボってんじゃねぇぇええええっ……!」」
もはやぺぺくんの暴力に対応出来ない死神を眺めてると、二人のぺぺくんが同時に叫んだ。なんか変な聞こえ方するねこれ。
「いやもうぺぺくんだけで良くない?」
「……私たちって本当に弱いのね。あれに比べたらレベリング中も雑魚雑魚言われてたの納得するしか無いわよ」
「ビックリだよね。なんでぺぺくん最初からやらなかったの? 頑張ってたあたしたち莫迦みたいだよ」
「「リスクがあんだよボケェェエエエッッ!」」
死神が必死に鎌を振るい、それを二人のぺぺくんが鎌で斬って吹っ飛ばす。
腕ごと弾かれてあいた隙に、ぺぺくんが複数の流派の絶招を叩き込む。
すぐに死神も腕を引き戻してぺぺくんを叩き落とそうとするけど、すぐに引いたぺぺくんには掠りもしない。しかも引き際にも連射する魔法を撃って攻撃の手は止めない。
…………え、ホントにあたしたち要らないよね?
あたしなんかもう、ほら、恋刀を納刀しちゃったよ。
レーニャさんもぺぺくんから借りてる灰色の大鎌を肩に担いで見物に回ってる。
「「いやホントに戦えぇっ!? これもうすぐ効果切れるからァァッ!」」
「え、そんなにすぐ終わっちゃうの? ノンちゃんのネームドスキル結構長かったけど」
「「莫迦お前ネームドスキルは完全に個別の効果だから効果時間も全部違うんだよボケェ!」」
そうなのか。ノンちゃんのあの黒いネームドスキルを見てたから、このままボスが死ぬまで延々とこのままだと思ってた。
「じゃぁもう、あたしここから絶招撃ってるよ。もうヘイトこっち来ないでしょ」
「私もそうしようかしら」
「「お前ら莫迦かぁあっ!?」」
「ぺぺくんそのままタンクやってよ。戦犯なんだし」
「「それ言われると何も言えねぇぞクソがぁぁあっ!」」
五時間も延々と殴らされた鬱憤が溜まってたので、全部ぺぺくんに投げ付けた。
あたしは攻撃を再開するためにシュラッと恋刀を抜いた。大太刀をあたしの小さい体で抜くのは難しい。と言うかほぼ無理なので、鞘を投げ捨てるように抜いた後に捨てた鞘はポーチに仕舞う。
そして、羽々斬構えや羅針眼などの補助スキルを起動して、魔法でバフも積み直してから舞い始める。
「冬桜華撃流絶招、雪華桜蘭神楽舞…………」
凄く綺麗に、上手に舞えるようになった神楽舞で空間を斬る。
一つ、二つ、四つ、八つ、回を増すごとに斬撃の華が咲き乱れ、殺陣の雪が舞い落ちる。
その全てを意識して、舞いの全てを死神に向ける。
思いっきり舞う。とびっきり舞う。
いつかノンちゃんに見せるため、綺麗だねって言って欲しいから、所作の一つすらも真摯に振るう。
「「ああぁぁあもう切れ、効果切れるぅうっ!」」
-ポーン。
舞ってると、何か聞こえた。システムの音だ。なんだろう。何かスキルでも手に入れたのかな。
でも今は舞ってるから、後で見よう。
「しゃぁ良くやったシル公! 狂化入んぞっ!」
一人に戻ったぺぺくんが何か言う。でもごめん、後にして、今凄い真剣に舞ってるから。
「おいバカ避けろ! 狂化あとの狂乱は範囲攻撃だっつっただろうがぁっ!」
うるさいな。今は集中してるから後にして。
剣戟の雪と華が舞い散る。死神に積もって斬り裂いて行く。
死神から黒い炎が吹き出して冷たい雪と香る花を溶かそうとするけど、剣戟の雪と花は溶けたりしないし、燃えもしないよ。
焦った死神が炎と鎌を繰り出してきた。でもそんなの出しても当たらないよ。絶招は流派の境地。全ての術理を得て辿り着く至高なんだから。神楽を舞う今のあたしに、そんな攻撃は当たらない。
鈴忍冬と雪菖蒲、それに麗躑躅の術理も混ぜて舞いを歩く。ついでに霧伽羅金木犀も加えて、この舞台の全てをあたしが魅了する。
神速の踏み込みに雪のような歩法を混ぜて、幻惑魅了する麗らかな幻刀の動きさえも歩みとする。
ほら後ろだよ。違うよ前だよ。音は右に、雪が左に、華を命に。
「……シル公、おまっ」
「はぁ………、綺麗ね…………」
「これだから、天才ってやつぁよぉ……」
まだ舞える。もっと舞える。景色が飛んでく。意思が浮いてく。
なんか違う、もっと綺麗に。出来る気がする。越える気がする。
わかんない。ぺぺくんがヘイト稼いでくれたから、ゆっくりゆったり舞えたから。
なんかこれ、違くない? 雪華桜蘭神楽舞ってこんなに感じだっけ?
降り注ぐ雪の剣戟が、舞い散る桜吹雪が力を増してく。
もっと、なんか、先に行ける気がする。なんだろう、もっとこう、こうやって…………。
「もうこりゃ別のスキルだろ……」
「シルルちゃんこそ一人で良かったんじゃないのこれ?」
「アイテムは開発できるっつったがよ、スキルの開発は予想外だろ」
雪と桜の吹雪を重ねて、もっと重ねて、神楽も綺麗に、丁寧に。
ノンちゃんに褒めて欲しいから、綺麗だねって言って欲しくて。
-ポーン。
-ポーン。
また何か聞こえた。うるさいな。
何かスキルでも手に入れたのかな。…………ああそうか、分かっちゃった。
「
出来る気がして、そこに在る気がして、口ずさむ。
「…………は? え、まさかっ?」
「ペペナさんのさっきと、同じ? ……でも」
多分これが、手に入れた何かなんだと思う。
普通こう言うのって、もっと劇的で、素敵で、胸にクル時に起きる奇跡なのに。
なんでもない時に、なんとなく出来ちゃって、なんかごめんなさい。
「
でも良いや。劇的じゃなくても、アレを倒せば、ノンちゃんが助かるんだから。
一回で無理でも、次も無理でも、手に入るまで舞えば良い。
「これ、ノノンちゃんの事よね?」
「二重音声だと…………?」
なんだろう。あの死神を斬るたびに、ノンちゃんの笑顔が頭を埋める。
ああ好きだな。会いたいな。今すぐ帰って抱き締めたいな。
これを歌えば歌うほど、気持ちが溢れて止まらない。
「
ふふ、ノンちゃんがお姫様を助けた時みたいに、素敵な物語の最後みたいに、カッコ良く出来たら良かったのに。
死神くんもごめんね? 今からなんか、練習みたいに殺しちゃうけど。
「--
二重に聞こえる歌が恥ずかしいけど、どっちもあたしの気持ちだから。
あはっ、笑えるくらいに好き過ぎる。あたしノンちゃん大好き。
今からノンちゃんのためだけに恋刀を振るうと思えば、いくらでも力が湧いてくる。
見て欲しい。褒めて欲しい。笑って欲しい。
ああ、ノンちゃんに受け取って欲しい。
「冬桜華撃流、超越絶招--」
出来る気がする。舞える気がする。だから舞うよ、見ててねノンちゃん。
「--
ノンちゃんの為だけに舞う、あたしの気持ち。
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