第72話 妖精円環。
「はぁー携行食クッソ飽きたわ。いやオレぁまだ向こうで食えるぶんマシだけどよ、こっちでもガッツリ肉が食いてぇ」
「お肉…………、お肉、食べたい」
「……いや、気持ちは分かるけどよ」
「この場所で、ちゃんと食べれるだけ幸せなのですわ」
「でもよぉ、そろそろなんか、普通の飯食いてぇなぁ」
この奇妙な世界に来てからもう、何日経ったか分からねぇ。地球基準ならまだ十日だが、こっちと向こうで時間違うみてぇだしな。
一つ確かなのは、ここがクソダンジョンだったってこったな。
「……なぁペペナ、暇ならアレ見せてくれよ」
「おん? お前も好きだなぁ筋肉よう、オレの親友コレクションがそんなに見てぇのか」
「いやまぁ、普通に見応えある演劇だしよ。ここに居るやつら、全員それ楽しみにギリギリ生きてる感あるだろ」
「うんうん、そうですね。今日の上映はまだですか妖精様」
「……あれ凄かったよなぁ。親友さんが一人で何千人も斬り倒していくやつ」
「いやどれだよ。見たの全部、だいたい親友さんが一人で戦ってるやつだったじゃん」
「それな」
ここは恐らく、キッチリ千二百階層の節目。ゲーム的に言やぁボス部屋前のちょっとした空間。
そこでオレが使った妖精専用のアイテム、『
いや参ったぜ。ここソロ殺しダンジョンかよ。ボスの属性によって色が変わるボス部屋の扉が二色だったの見た時は肝が冷えたぜ。
「やべーなぁ。ののんが来なきゃ、詰んじまうなぁ」
「……その時は、俺らを見捨ててくれや。遺言だけでも外に届けてくれりゃぁ御の字だ」
「最悪はそうするがよ、でもなぁ……」
そんな事して、オレがののんに嫌われたらどうすんだよ。
「えっと、ペペナさん。やっぱり、この扉の向こうに居る魔物って、なんとか倒せないのかな?」
「おう。何回も言うが倒せはするぞ。ただお前らが死ぬ」
そう。それが問題なんだよなぁ。
ボス部屋の扉が黒と白の二色。ダンジョンの千二百階層で出て来る黒と白の扉に居るボスって言やぁ、あのクソボスだもんなぁ。
クソみたいな性質を持った有名なソロ殺し。絶対にソロを詰ませるクソボス。ヘイト一位の攻撃完全無効化の鬼特性を持った
こいつの何がクソって、今の状況だとオレはコイツらを生贄にしねぇと倒せねぇっと事なんだよな。
聖影竜タロリータ、通称ロリータとかロリコンとかお巡りさんこの竜ですとか呼ばれた嫌われ者は、ヘイトを一番稼いでるプレイヤーの攻撃を完全に無効化しやがる。
つまり、オレがロリータを一人で倒そうと攻撃すると、二回目からオレの攻撃が通じなくなんだよ。
流石のオレも、千二百階層の準レイド級モンスターを一撃じゃ殺せねぇし、最悪オレがコイツらに使い捨て攻撃アイテムを持たせて、ヘイト蓄積を促すタンク用のバフをコイツらに積んで、自殺特攻させてタゲを入れ替えてから攻撃しねぇと攻撃が通らねぇ。
しかも攻撃一回につき一人死にやがる。コイツら十人ちょいしか居ねぇから、十回程の攻撃で準レイド級モンスターをソロで殺しきる羽目になる訳で…………。
まぁ控えめに言ってクソだよな。どうすんだよ畜生。
早く来てくれののーん!
「大先生を迎えに行くってぇのはどうだ?」
「どの階層に居るのかも分からねぇあいつを、お前ら連れて探すのか? 言っとくが千三百より下に居たら、お前らどっちみち死ぬぞ?」
幸い、あいつがここより下に居んのは確定してる。
本来、戦闘が苦手な妖精には豊富なお遊び用の専用スキルと専用アイテムが存在する。
その中の一つ、『
妖精の幸運ってぇのは、『
少しわかり難いが、要は知りてぇ三択以上の質問に使うと、必ず正解を教えてくれるスキルって訳だな。
オレはそれで『ののんは此処より下の階層に居る』『ののんは同じ階層に居る』『ののんは此処より上の階層に居る』の三択でスキルを使い、下の階層に居んのが分かった。
ちなみに択の中に正解が無かったらスキルは起動しねぇ。例えば『○○は私に恋してる』『○○は私を愛してる』『○○は私が嫌い』でスキルを使ったら、正解が『○○は私に興味が無い』だった時にスキルが発動しねぇんだ。不発じゃねぇ、発動そのものが出来ねぇ。
あと、『○○に告白して成功するか』なんて占いの場合、相手がプレイヤーだったら基本的に不発する。その場合は必ず現実も込みの事情になるからな、ゲームの中で完結しねぇ占いは基本無理だ。
ただ一応その時は、発動自体はしててプレイログを参照するらしく、件の相手がハッキリと『○○と付き合いてぇ』みたいな事を言ってた場合は発動に成功するらしい。
まぁ要するに、オレはここで待ってりゃあいつに再会出来るって訳だ。
「…………あー暇だ。お望み通り、上映会と行くかぁ。……劇場版ののん・THE・ムービーをよ」
オレは妖精の翅に内包されたアイテムポーチシステムから課金アイテムを取り出し、操作し始めた。
こいつはゲームでスクショや動画を保存しておけるアイテムで、青い宝石が嵌った分厚い円盤みてぇな見た目をした魔道具だ。
中心に嵌った青い宝石に動画やスクショが保存出来て、平たく言やぁこの宝石がメモリーカードな訳よ。アイテム名はメモリークリスタルと水晶再生機。
オレはここ数日、つっても何日経ったか分からねぇが、とにかくここんところ、これに保存されたオレのコレクションをコイツら見せては暇を潰してる。
「今日は、どんなやつなんだ?」
「そうだなぁ、今日はあいつが一人で時空竜ぶっ殺してる動画でも見るかぁ?」
「また知らない魔物が出てきたぞ。なんだよ時空竜って」
「モンスターにしか使えねぇ『時空属性』ってクソ魔法ブッ放してくるクソモンスターだよ。端的に言やぁ攻撃完全無効の防御魔法とか、防御完全無視の即死魔法とか使って来やがる」
「……………………は?」
「え、こわっ」
「ペペナちゃん、あなたとんでもないこと言ってる自覚ある?」
「いや悪ぃのは時空竜と、そいつを用意した
コイツらに最初見せたののんの動画は、もう大好評だった。
運営のクソどもが書いたシナリオを捻り潰しながら戦ったあいつと、シナリオに擦り潰されながら折れなかった姫公が紡いだ、公式イベントPV。
あまりにも出来が良すぎるってんで、映画化までしそうになった伝説のPVだ。運営もバックログ漁りまくって完璧に編集した力作PVらしいからな。
まず姫公の生い立ちから始まり、清く正しく成長していく様と、その過程で織り込まれる貴族の闇。そして善政を敷こうと奮闘する姫公が政争の果てに無惨な姿になって行く過程。
国民NPCもプレイヤーも、運営の情報と設定に踊らされて姫公に石を投げ、それでも折れなかった姫公に、とうとう
まぁ王族相手に王子様が現れるってぇ表現はちょいと可笑しいがよ?
ののんは元々、ジワルドの文献や設定資料を探して読むのが割りと好きな質で、それでいて到達者しか関われねぇような重要NPCや秘蔵の資料も読める立場に居た。
そしてジワルドでただ一人、姫公の真実を知って立ち上がった。
そっからはもう、涙無しには見れねぇ感動巨編よ。
オレも久々に見たが不覚にもギャン泣きしちまったし、初めて見たコイツらも、最後にはひでぇ顔してやがった。
そしたらコイツら、オレのコレクションを言い値で買うから譲ってくれと言い始めやがって、そん時ゃ笑顔で「殺すぞ☆」ってフェアリースマイルで黙らせたぜ。
生憎と、こいつぁ複製出来ねぇからよ。プレイヤーが自分で撮影したデータならコピー出来んだが、運営から買ったデータはコピーロックかかってんだよな。
まぁスゲェ売れたみてぇだし、貴重な資金源だと思えば当たり前だよな。
戦いの最後、全部ぶっ殺して姫公を守りきったののんが、腕も斬り飛ばされて顔も潰れて、脚も腹もぐしゃぐしゃに潰れた凄惨な状態のあいつが、姫公に優しく笑って「……ねぇウーちゃん、わたしたち、友達になろ?」って言いながら、ゆっくりと
あれはやべぇよ。マジで映画だったからな。消えて行くあいつに抱き着いて泣き叫ぶ姫公に、さしものオレも胸が締め付けられたぜ。
イベント中は、リスポン制限がかかってて復活に時間がかかったから、ののんは絶対に死ぬ訳には行かなかったんだよな。
死んだら最後、リスポン制限が明けるまで誰も姫公を守れねぇから、天地がひっくり返っても姫公は死ぬ。
だから何がなんでも生き残って姫公を守ろうとしたあいつの生き様と、守り切ってから笑顔で消えてくあいつの死に様は、もう言葉もねぇぜ。
なにやら、ののんが嫌いだったらしいクソガキ、ゼクトとか言う奴もコレをみたら、もう手のひら返したようにあいつを聖女と呼びやがる。
作中にもちゃんと聖女は居たんだがよ。
本当なら運営にジワルドのマスコットとして売り出されるはずだったロリ巨乳聖女は、このイベント後に人気がアホみてぇに下落して、代わりに最底辺だった姫公の人気が急上昇。
まぁでもロリ巨乳のぽやぽやしたかわい子ちゃんなんて、ほっといても人気回復してたがよ。
「よっし、ほれ再生すんぞー」
「よしお前ら黙れ。ベガ君が映ってるから微塵も喋るな。ベガ君の勇姿と大先生の戦いは襟を正して見やがれ」
「おめーが一番うるせぇよ筋肉」
オレがアイテムを起動して空中に画面が出ると、サムネイルを見た筋肉が突然はしゃぐ。
こいつ、なぜかベガの事が好き過ぎる。
サムネイルにあった、ののんが騎乗して時空竜と空中戦をするシーンが映った瞬間、筋肉のテンションが急上昇しやがる。
「ほぁ、やっぱベガと組んでる時のあいつは空中戦やべぇな。オレぁ召喚スキル取ってねぇし、やっぱ配下が居るやつの幅にゃあ手が届かねぇ」
「…………え、まって今何したのこの竜」
「転移だな。さっき魔法スカしたように見えただろ? あれが布石でよ、外した魔法が当たった場所に転移座標撃ち込んでんだよ」
「えぇ……、この巨体でこんな、えぇ……」
「一番やべぇのはソレに完全対応してるののんな」
何回見直してもやっぱつぇーわ。
オレも時空竜ソロは出来るが、流石に瀕死にはなるんだよな。ののんみてぇにほぼ無傷は無理だ。
やっぱ召喚獣の存在はデケェよなぁ。
「うわぁ、かっこいい……!」
「なにいまのっ」
「あー、今のはレアだぞ。ののんでも狙って使えねぇ超絶技だぜ。偶然が重ならねぇと使えねぇ銀世界の二重発動、
ちなみに、動画は日本語なんだが、何故かアイテムに追加されてた『グリア語』なる言語とか、知らない言葉の自幕を追加してるから言葉は通じてる。多分見覚えがねぇ言語設定はこっちの言葉なんだろ。グリア語を選んだのは、普通にコイツらに聞いたから。
そんでオレも数日前に気が付いたが、今オレが喋ってる言語も日本語じゃねぇんだよな。これがグリア語らしい。知らねぇ間に知らねぇ言葉喋ってて、気付いた時はビビったぜ。へへっ。
やべぇよな異世界。色々おもしれぇし、出来ればずっと此処に居てぇぜ。
「………………はぁ、ベガ君尊い」
「筋肉お前ほんとベガの事好きな。まぁあいつはスゲェ奴だけどよ」
「やっぱそうなのかっ!?」
「食い付きがスゲェ……。あいつってな、天馬と一角馬の子供で、ホントならどっちかとして産まれてくるところを、どっちの良いとこも取って生まれてきた突然変異種なんだよ。精霊馬つってな、故郷にも二十頭居ないんだぜ。ベガはその頂点だ」
小数点いくつだよってレベルの鬼引きしねぇと生まれねぇからな、精霊馬。
ペガサスとユニコーンの良い所取り。ユニコーンの癒しの力と攻撃性、ペガサスの機動力と空中機動。そのどちらをも完璧に備えた完璧な馬がベガなんだ。
ジワルドで初めて生まれた精霊馬はベガじゃねぇけど、原初の精霊馬をあっという間に追い越して頂点に立ったスゲェ奴なんだぜ、あいつは。
まぁ頂点に立った理由が、原初の精霊馬とその持ち主にののんが煽られて、ののんは気にしてなかったがあいつの事が好き過ぎるベガがブチ切れてメチャクチャ特訓したって話しなんだよな。
あいつの召喚獣、全員ののんが好き過ぎるからなぁ。普通のサモナーじゃ考えられねぇ好感度なんだよな。なんかシークレットスキルでも持ってんじゃねぇかって噂されてたな。
「ここはよ、多分召喚獣が呼び出せねぇダンジョンだから、外のあいつらメチャクチャ心配してると思うぞ」
「はぁ主を思うベガ君尊い……」
「…………なんかコイツ、ベガの事だけ故郷のオタクみてぇになるの面白すぎな」
ヤンキーみてぇなノリの癖に、ベガの話しになると急にオタクになるのくそウケる。
「あ、そういやコイツの素材おもしれぇんだぜ。若返りの薬の一つになんだよ。時遡の霊薬つったか?」
「…………え、あっ!?」
「ん? どうしたミナ公?」
突然ミナ公が声をあげ、筋肉とハル公もなにやら気まずそうな顔をしてやがる。
なんだ?
「どうしたよ?」
「いえ、あの、なんでもありませんわ……」
「おいミナ公、オレに嘘は通じねぇって言ったよな?」
オレの種族特性が反応しやがる。いや種族特性なんてなくてもコレは流石に分かるけどな?
「……俺から話すぜ」
「ん、なんか分からねぇが聞かせろぃ」
…………ふむふむ、なるとほど。カクカクしかじかなんだな?
「お前の親父ばっっっかじゃねぇの?」
「……言葉もねぇ」
時遡の霊薬をパチッただと? マジで莫迦じゃねぇの?
「おまっ、マジで莫迦じゃねぇの? あの薬、オレたちレベルでもそう簡単には手に入らねぇんだぞ?」
「面目ねぇ……。だが、大先生が故郷には珍しくても知られた薬だからっつってて」
「いや、そりゃ知られては居たぜ? 手に入れようと思えば手に入ったぜ? だがののんは、それが楽に手に入るなんて言ったかよ?」
オレは調剤系スキルも錬金術も取ってねぇから詳しいレシピは覚えてねぇが、あの薬は確か換金用の癖に素材がクソ重いんだぞ?
ぶっちゃけ、換金用とは名ばかりで、重要NPCの好感度を稼ぐためのアイテムだ。金が欲しかったら使った素材そのまま売った方がずっと高ぇしな。
覚えてる限りだと、神竜と時空竜と、あと数種の竜と混沌系のクソレイドボスのレアドロップが必要だったはずだ。それも【薬師神】オブラートくれぇレベルが高ぇ生産系プレイヤーが、全力出さねぇと作れねぇし。
「………………よく殺されなかったな、お前たちの親父」
「やっぱ、そのくらいの事か……?」
「あたぼうよ莫迦野郎。いま見ただろ? この動画に出て来るくらいのバケモノを何種類もぶっ殺して集めた素材を使って、オレたちレベルの凄腕薬師プレイヤーが全力で仕上げるような超希少薬だぞ? レベル二桁が当たり前のこの世界じゃ、国を売っても手に入らねぇんだぞ?」
やっぱコイツら助けない方がいいか?
いくらジワルド最強のプレイヤーだったののんでも、時遡の霊薬は虎の子だぞ? そんなアイテムを横からかっさらった奴のガキとか、助ける意味無くね?
「……でも、ののんが時遡の霊薬を渡したっていうお前の師匠は気になんな。そんなに期待出来る奴だったのか?」
「あー、どうだろな。あまりにも格が違い過ぎて俺には判断出来ねぇよ」
あいつの事だ、どうせステータスは意識して手加減したんだろうが、あいつ技術には絶対妥協しねぇぞ。そんなののんが認めた双剣士か、気になんなぁ。
「まっ、それもこれも、あいつが合流すりゃいくらでも聞けるだろ。……次は何見てぇ? 戦いばっかでそっちのメスガキは飽きたか? なら次はののんが歌って踊る希少なライブ映像でも見るか」
「……ライブ?」
「見りゃわかる」
あいつが好きなジワルドアイドルとコラボした時のめっちゃレアな動画だぜ。この動画、わざわざプレイヤーメイクの癖に大元がコピーガード付けて売ってるからな。メチャクチャ高いんだぞコレ。
まぁその代わり代金に見合う内容なんだがよ。
あいつ、牛乳のことめっちゃ好きなのに、牛乳もあいつのファンなの知らねぇから擦れ違いがスゲェ面白ぇんだよな。
しかも二人して照れまくるから可愛いのなんのって。この動画持ってなきゃ【屍山血河】のファンは名乗れねぇとまで言われるファンアイテムだぜ。
「……わぁあっ、かわいい!」
「なにこの衣装、ふりふりしてて素敵……!」
「聞き慣れない歌い方だけど、可愛いねこれ。ねぇねぇペペナちゃん、この歌の字幕? はないの?」
「あー、悪ぃな。これ
いや、バックに日本語で歌詞は出てんだけどな? コイツら読めねぇもんな。
まぁでも、歌ってやつぁ万国に通じる共通言語っつうし、フィーリングで楽しめんだろ。見てるだけで可愛いしな。
「ののんが歌ってる動画はマジでこれしかねぇからな。超希少だぜ」
はぁワチャワチャしてるオレの親友マジ可愛いかよ。
今日はコレ見たらログアウトしようかね。
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