第28話 クルミルムちゃん☆



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 この私、ケルガラ王国が誇る超絶美少女、第一王女たるクルムミルちゃんが城に帰ると、とても面白い話しを聞いた。

 なんと朴念仁まっしぐらだった末の弟が初恋をしたと言う。

 すぐさま王族の力を総動員して相手を調べ上げると、変な事が分かった。

 弟が恋した女の子はノノンと言う名前で、八歳の子供。

 聞く話によると半獣らしいのだが、調べさせた情報では技人であると書いてある。

 それだけじゃなく、どれだけ来歴を調べても一切の情報が出て来ない。

 数ヶ月前に神殿から突然現れる前の事が、何一つ分からないのである。

 当の神殿から得られた情報では、神台が突然光ったと思うと、いつの間にか黒い髪の子供が神台に横たわっており、少しすると何事も無かったように起き上がり、自分の体を隅々まで確認した後誰にも話し掛ける事無く神殿から出て行こうとしたらしい。

 呼び止めた神官が話しを聞くと、当人は見慣れない魔物に魔法を使われて、気が付くと神殿に居たと口にしている


「おやおやおやー?」


 こんな話し、いったい誰が信じるのだろうか?

 神殿の神台に突然現れた? 来歴不明? こんな怪しい人物が、私の可愛い可愛い弟ハルちゃんに近付くなんて言語道断。

 しかしながら、人を見る目において王家の殆どが一定の信用を置く私の妹、可愛い可愛い才媛ミナちゃんもノノンを絶賛しているのだ。

 ならば、私のやることは単純にして明快。


「見極めるっきゃないでしょ☆」


 そうしてやって来ました、件の女の子、ノノンなる娘の住む場所へ!

 ひゃーでっかい。個人で所有するにはデカすぎる敷地面積の立派な屋敷が目の前にあった。

 侯爵が王都に構えてる屋敷よりデカいんじゃ無いだろうか?


「うーむ。貧民窟を買い上げたって資料にはあったけど、そこに屋敷を建てるようなお金の流れは確認出来なかったんだけど? むむむー、あーやーしーいーなー?」

「………………………何が怪しいのでしょうか?」

「--ふぁっ!?」


 開きっぱなしの門の前で屋敷を眺めていた私は、後ろから聞こえた鈴を鳴らした様な声に振り返った。

 見慣れない黒い衣装に、陽に晒されて光が浮いてる綺麗な黒髪。ピコピコと動く獣の耳とウニウニしている尻尾。

 聞いた話と調べた情報に合致する。この子がノノンか!


「え嘘可愛いずるい」

「……ふぇ?」


 背後に居たノノンちゃんを見た瞬間、私が感じた気持ちはひたすら「可愛い」だった。

 可愛いの化身。愛らしさの権化。私でさえこんなに抱きしめたくなるのだ。弟なんてイチコロだっただろう。


「………………えーと、私はここ、黒猫荘のおかみ、ノノンと申します。よろしければお嬢様のお名前を頂戴しても?」


 あまりの可愛さに戦慄する私に、少なくない不審を感じただろうノノンちゃんが、軽い自己紹介と共に柔らかい誰何をした。


「あ、あー、えっとね。私の名前はクルミルムって言うの。よろしくね!」

「………申し訳ありませんが、ご要件をお聞きするまでは宜しく出来ないと思います。お金の流れがどうこうと仰ってましたが、どう言ったご要件でしょうか?」


 可愛い女の子のジト目を頂いてしまった。

 いやー、調べでは宿屋をやってるとの事だったから、しれっと客として接触するはずだったのに、不穏な独り言を聞かれて大失態である。

 そりゃ自分の宿の金の流れとか洗ってる見知らぬ人物、警戒するに決まってるよね☆


「えーっとね、その、少し前に貧民窟の土地が一斉に買われたって聞いてね? それで来てみれば、どんな貴族の屋敷より大きな土地に立派な建物が建ってるじゃない? それで気になっちゃって」


 苦しい言い訳を口にしながら、どれだけ挽回出来るかを考える。

 ケルガラの名は出していない。この子とは初対面で、クルミルムの名前は王族としてあまり有名ではないし、少し前に突然現れたノノンちゃんは私の名前を知らないはず。ならば今の私は、ただ怪しい美少女に過ぎない。

 金の流れを調べた事さえそれらしい言い訳を準備出来れば、いくらでも誤魔化せる。

 与える情報を制限すれば、無難な所に着地でき--………。


「………なるほど。王族の方ですか」

「--ふぁっ!?」


 何故バレた!?


「まず一つ。私が買ったのは貧民窟で、建てたのは超高級宿屋です。商売敵になる商家なんて殆ど居ないのに、それでもお金の流れなんか洗うのは土地に対して最終的な権利を持っている立場の人だと推測出来ます」


 ケルガラ王国のあらゆる土地は、誰がどれだけの金銭を支払って手に入れたとしても、最終的な権利は国王にある。

 土地の所有権とは、国王が所有する土地を永続的に借りる権利であって、真にその土地の所有者になる事は無い。

 物流に大きな影響を与える商売でも無く、同じ宿屋であろうとも客層が被らず、買った土地は買い手が居なかった貧民窟。

 そんな土地に纏わる金銭の流れを追う人物とは誰か? この八歳の女の子はそれを一瞬で勘案してみせたと言うのか。


「二つ。貴族の屋敷の敷地の広さなんて、一般人は知りません。想像で喋る事も出来ますが、貴方様は『どんな貴族の屋敷より』と言いましたね。まるで全ての貴族屋敷の敷地の広さを把握してるような発言です」


 やばくない?

 私の発言が迂闊だったのは認めるけど、一瞬でここまで丸裸に出来るものなの?

 見極めるつもりが、見極められてない?


「そして三つ。先日お会いした王族の方にどことなく似ていますし、いらっしゃった時期もその方から『話しを聞いて、王家の力で調べ上げた』後と考えれば、ちょうど良い日ですね?」


 χ


「と言う訳でハルちゃん。ノノンちゃんに会ってきました」

「はぁぁぁぁあっ!?」


 完膚なきまでにバレてしまった私は、弟の恋心以外は素直に全て白状したあと、開き直って本人に根掘り葉掘り聞けるだけ聞いてきたし、時間が許す限り黒猫荘を堪能して来たのだった。


「いやー、ノノンちゃん可愛いわね! 頭良いし思考の早くてキレも良い。それで可愛いし、お料理すっごい上手で美味しい、しかも可愛いしね!」


 そして本人を確かめに行った結果、結論としては弟には頑張って口説き落として欲しいと思った。

 私がノノンちゃんの話しを城で聞いたのは、二人が出会った試験日の翌日で、巣窟探索から帰った私が諜報員を総動員して丸一日休み、次の日に黒猫荘へと突撃した訳だけど、公務をまる二日ほっぽり出しで黒猫荘に宿泊した。

 探索者に憧れる私にとっては英雄に違いない金等級が三人も居て、お風呂は広くて綺麗で何時でも入れて気持ち良く、お茶やお菓子の質も城と遜色無い程で、料理はあくまで個人が個人に提供する家庭のものだったが、味だけを評価するなら宮廷料理にも負けてない。

 そんな超高級宿屋が提供するお世話のほぼ全てをこなしているノノンちゃん。

 可愛い上に何でも出来て、可愛い。最高かな?


「あ、ハルちゃんに朗報よ。ノノンちゃんは半獣じゃないんだって」

「………はっ、え?」

「ミナちゃんが模擬戦の相手したって言う半獣の子居るじゃない? あの子の事が大好きだから、魔法で半獣に成りすまして、同じ立場で助けてあげたいんだってさ。いい子よねぇー」

「え、あの、姉上? それは本当ですかっ?」


 王族が平民と結ばれるだけでも一大事なのに、その相手が半獣であるなら道程は険しいなんて表現じゃ足りないが、本当は半獣じゃないとなれば、弟にとっては朗報に違いないだろう。

 いやでも見慣れてしまうと、あの可愛い耳と尻尾が無いと物足りない気もする。

 耳と尻尾を魔法で付けたり消したりする様子も見せてもらったので技人なのは間違い無いが、魔法で付けたらしい紛い物の耳と尻尾に触れて見ても、本物と同じモノだと感じるだけで、偽物だとは思えなかった。

 あんな変身が出来る魔法があるだなんて、下手したら要人の暗殺がやりたい放題では無いだろうか?


「平民にしては教養があるし、剣術だけじゃなく魔法も堪能………。まだまだ他にも秘密がありそうね」


 これはハルちゃんに頑張ってもらって、是非この超絶美少女クルミルムちゃんの超絶可愛い義妹になってもらわねばならない。

 八歳の齢であれだけ完成された人格と能力まで有しているのだから、成長して相応の歳に国の要職に就いてもらえれば、この国はもっと豊かになるだろう。


「の、ノノンさんが半獣じゃない…………?」

「あ、ちなみにだけど、半獣じゃないと言っても半獣の友達を溺愛って言える程大事にしてるから、あの子を娶るならその辺気にしないと嫌われるわよ?」


 そう、それはもう大事にしている。

 白い半獣の子の名前はシルルちゃんと言うらしいが、ノノンちゃんは友達なんて枠から軽くはみ出るくらいにシルルちゃんを可愛がっている。

 もしハルちゃんの取り巻きの一人でも、学園でシルルちゃんを侮辱するような事があれば、その瞬間からハルちゃんはノノンちゃんの中で「知人」から「他人」に落ちるだろう。いやそれで済めばまだ良い。「敵対者」まで落ちればもう復帰は不可能だろう。


「……--って事、分かった?」

「きっ、肝に命じておきます。確かに側近候補の一人でも彼女の友人に無礼を働けば、嫌われるのは自明ですね」

「その辺、ミナちゃんは取り巻きも作らず過ごしてるから平気そうだけど、ノノンちゃんと話した感じ、ノノンちゃんとミナちゃんが仲良しになっても、だからと言ってハルちゃんの汚名が返上される感じじゃ無かったわよ。親兄弟でも個人個人で見て評価する子よ」

「…………なるほど。僕の側近候補がやらかした場合、ミナを通じて取り成してもらう事は難しいと。……ノノンさんが学園に通い始める前に、側近候補と友人達にはその辺の態度を徹底させておくべきですね」

「そうするべきね。単純な話し、私だってミナちゃんやハルちゃんをどこの誰とも知れない馬の骨に馬鹿にされたら、全力で潰したくなるもの。ノノンちゃんもきっと同じよ。金等級のシーカーにも伝手があるみたいだし、相手が貴族でも本当に潰せるかもね」

「っ!? き、金等級ですか?」

「そ。ノノンちゃんが経営してる宿にはね、あの平民の英雄で、同業からは宿無しなんて馬鹿にされてるけど叩き上げの実力派金等級、『眼傷のビッカ』と、あらゆる魔法を使いこなす稀代の魔法使い『万魔の麗人レーニャ』。さらに、透拳なる武術で獅子熊を一人で殴り殺したと言われる『豪腕壊拳のザムラ』まで居たのよ。それでみーんなから可愛がられてて、あの子がお願いすればちょっとした貴族に相応の報復だってやりそうだったわ」


 私たちは王族で、王侯貴族とは権力者である。

 では権力とは何かと問われれば、私は「武力」であると答える。

 国が国として、領地が領地として成り立つには、必ず武力が必要になる。

 軍が無ければ他国に侵略されても抵抗出来ず国は滅ぶし、国内で犯罪が起きればそれを取り締まるにも兵力が必要だ。

 もしそれが無ければ誰も王侯貴族の言うことなど聞かないし、国内の秩序など無いに等しい。

 極論だが、平民が貴族を恐れて謙るのは、不敬だと思われ処罰されるのが怖いからであり、個人が抵抗しようとも問題にもならない武力を有しているからだ。

 例えば平民が、どこかの貴族に無礼を働き打首になるとして、処罰する立場に武力が無ければ平民は抵抗なり反抗なりして自らを守れば良いし、最悪逃げてしまえば良い。

 抵抗も反抗も逃亡も許されない程の力を、軍や騎士などの武力を権力者が持っているから、持たざる者は恐れ敬い謙る。

 それこそが権力の大前提であり、武力が無い権力は権力に非ず。なぜなら権力を持たぬ者の暴力から身を守れないからだ。

 そんな権力者が一番恐れる事は何か。それは自分が持つ武力を上回る暴力である。

 金等級のシーカーと言えば、深度が最低でも三十、上位のシーカーなら深度五十の者だって居るかもしれない。まさに権力者が恐れる暴力の化身である。

 さすがに一人ではたがが知れているが、それが三人も集まれば話しはだいぶ変わる。

 本来数と連携と戦術で戦う軍人は、大して深度は求められない。最も深くて二十くらいだろうか。それも一人か二人が居ればいい方だし、そのくらいとなれば指揮官の護衛に置かれる程の手練扱いで、普通ならば深度十も有れば優秀と言える。

 そして、個の質ではなく郡の質を求める軍等と比べると、個の質を高めまくって特化した存在である金等級シーカーと呼ばれる存在は相当相性が悪いと言える。

 巣窟や魔境で魔物と切った張ったを繰り返し、巣窟産の業物を装備した金等級シーカーは、一騎当千なんて言葉じゃ生温い程の戦力である。

 仮に件の三人を貴族が討伐しようと軍を差し向ければ、まず万魔の麗人が広範囲を魔法で焼き払い、陣形がグズグズになった所を眼傷と豪腕壊拳が吶喊して、陣の深くに切り込んであっという間に首級をあげるだろう。

 街中で討伐しようと思えば、それこそ市街地戦で大規模に展開出来ない軍との戦闘など、個の質で勝る金等級シーカーの独壇場と言える。


「…………姉上。一つ、聞きたいことがあります」

「ん、なぁに?」


 少し脅し過ぎたのか、ハルちゃんが神妙な顔つきで口を開いた。

 金等級を三人抱え込み、高級宿を経営出来る程に資金があるとすれば、ノノンちゃんは権力者にとって相応に危険で、また魅力的な人物に他ならない。

 ハルちゃんも列記とした王族。ともすれば、恋心に踊らされず、ノノンちゃんが有する危険性にもしっかりと目を向け--……。


「ノノンさんの手料理は、その、美味しかったのでしょうか?」


 私はピシリと固まった。

 そう言えばハルちゃん、初恋だったね。


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