第21話 頑張れ少年。



 孤児院で話し合いをした後日。

 巣窟へ出掛けていたビッカさんが帰って来る日を狙って孤児院組を黒猫荘へ招いた。待遇は宿泊客として。

 院長さんは孤児院にお手伝いさんから代理の人を選んで一日任せたらしく、黒猫荘へ泊まる事になんの問題もない。

 ネネちゃんはビッカさんに会える事をまだ内緒にしているので、こちらも問題無い。

 ただウルリオ君は、もう死にそうだ。なにせどう転んでも孤児院から出なければならない。

 彼は分かってないのだろう。自分という存在がどれだけ孤児院に負担を強いているか。

 補助金が減らされ、卒院した孤児の仕送りと寄付だけで何とかやりくりしている孤児院に、いつまでも就職浪人を置いておく余裕などある訳が無いのだ。


「笑う黒猫荘へようこそ。改めましておかみのノノンです」


 私は黒猫荘へ来た一行を玄関で迎え、内履きルールを説明して居間へ案内する。時刻は昼前だ。

 本来なら屋敷の案内があるのだが、先に雇用条件の確認をして、終わった頃にお昼を食べて、その後屋敷の案内をして一日過ごして貰い、明日のお昼に食事を出してからお帰り頂くタイムスケジュールだ。

 三人は予想外に立派な庭を歩いて屋敷まで来て、玄関から入った後も想像以上に立派な屋敷に圧倒されている。なかなかいい気分な私は性格が悪いのかも知れない。

 三人を居間に案内した私は、お茶を振舞って席に座る。

 出したのはダージリンとマカロンだ。


「さて、雇用条件なのですが、給金は月に銀貨一枚を考えています。住み込みで食事は三食出します。屋敷の施設は全て使い放題です」

「………待遇が良すぎませんかな?」

「三食ついて銀貨一枚………。ノノンさん、学園卒業したらネネもここで働きたいの」

「ふふ、ネネちゃんは大歓迎だよ。でも学園でやりたい事が見つかるかも知れないから、卒業してから考えようね」


 ホントならここで質問したりするのはウルリオ君の仕事なのだけど、彼は黒猫荘に圧倒されてて使い物にならない。

 本当に彼、使えるのかなぁ? 心配になってきた。留守番出来るのきみ?


「黒猫荘は、民宿と言う形態の宿でして、乱暴な言い方をすれば『私が住んでいる屋敷に、お金を払って住み込む』形の宿になります。なので、お客さんは家族に類する物として扱います。もちろんお客様でもあるので、無礼な振る舞いは厳禁です」

「ふむ、民宿とな………」

「いま、誰か他にいるの?」

「居るよー? ネネちゃん憧れのあの人が泊まってるよー?」

「……え? どう言う……?」


 もったいぶった私の言い分に、首を傾げるネネちゃん。

 ちょうどその時、巣窟から帰ってきたばかりだと言うのに、アルジェと稽古していたビッカさんが露天風呂で汗を流して居間に来た。浴衣姿である。


「んぉ? お客かー?」

「ビッカさん、稽古お疲れ様です」

「び、ビビビビビッカ様ぁ!?」


 突然、セクシーでラフな装いの『眼傷のビッカ』が居間に現れ、ネネちゃん大興奮。

 やったぜコレが見たかった!


「おう、俺を知ってんのか。お嬢の友達か?」

「そうですよ。先日仲良くなりまして」

「そうかそうか。俺は知っての通り、金等級のビッカだ。よろしくなお嬢ちゃん」

「は、はひぃ……」


 憧れの人に笑顔を向けられて、完全に恋する乙女になったネネちゃん可愛い。

 院長さんも金等級のシーカーは知っているのか、驚いた顔をしている。

 最近知ったのだが、金等級シーカーは庶民にとってちょっとした英雄で、アイドル的な存在らしい。なにせ愛好会とか有るもんね。


「んでお嬢、昼まだか?」

「もう少ししたらお昼にしましょうか。そうだ、ビッカさんに紹介しておきますね。私が学園に通う時、留守を預ける予定のウルリオさんです。こちらはウルリオさんが居る孤児院の院長、レアノア・ノットンナードさんです。この可愛い子は友達のネネちゃんです」

「おお、新しい従業員か。頑張れよ少年。院長さんも引率お疲れさん」

「……『眼傷のビッカ』殿に労われるとは、光栄だ。孤児院で子供たちに自慢出来る」

「ははは、なんなら遊びに行ってもいいぜ? 巣窟の到達階層を更新して来たから、ちょっと長めの休養を取るんでな」


 ニシシと笑うビッカさんがウルリオ君の肩を叩いて歓迎し、院長さんとも和やかに会話している。

 初めて会った時は尖った刃物みたいな雰囲気だったけど、最近のビッカさんは丸くなったと思う。

 ようやく正気に戻ったウルリオ君は、ガッチガチに緊張して噛み噛みの挨拶をビッカさんに返して笑われてる。


「おうおう、そんなに緊張すんなって。ここは食い物がうめぇし、庭は綺麗だし、いい所だぞ」

「は、はいぃ! が、頑張ります!」

「おう、頑張れよ。………お嬢、こいつ大丈夫か?」

「ダメかも知れませんね」


 ビッカさんは昼まで部屋でのんびりして居るから、昼餉はウィニー経由で教えてくれと言って去っていった。

 改めて雇用条件の確認をしたいが、ネネちゃんが興奮し過ぎて気絶しそうだし、ウルリオ君も大変な事になっている。

 院長さんが教えてくれたのだけど、ビッカさんは特に孤児からの人気が凄いらしい。

 なんでも、ビッカさんは孤児では無いのだけど、後ろ盾の無い農民から成り上がった叩き上げの金等級で、同じく後ろ盾の無い孤児からは本当に救国の英雄が如く尊敬されていると言う。

 そんな英雄ビッカに肩を叩かれ、頑張れと激励されたウルリオ君は、緊張で青くなり興奮で赤くなり、紫色の顔色だ。それ生きてる?

 ネネちゃんも憧れのイケメン英雄の笑顔を向けられ、確実に他では見れない私的な浴衣姿と言う、胸がちょっとはだけたセクシーシーンに興奮がおさまらず、いっそ泣きそうである。


「………放っといて構わない」

「そうですね。それで、試用期間なんですが--……」


 代わりにキッチリ院長さんと雇用条件を確認しあった後は、黒猫荘自慢のお食事が待っている。

 本日のメニューはジャガイモとベーコンのキッシュと、ナポリタンをご用意しましたぁー。

 ウィニーが呼んでくれたビッカさんも食堂に降りてきて、昼食が始まる。


「おおー美味そう。この赤いのはパスタって奴だよな」

「そうですよ。ナポリタンって言う食べ方です。トマトの酸味と甘みが特徴のパスタ料理です」

「ふむ、ノノンさん、こちらは?」

「それはキッシュと言う料理で、馬鈴薯と言う芋と燻製肉で作ったキッシュになります。小麦の包み焼きの類ですね」


 院長さんは、今は孤児院の院長で清貧な生活を送っているが、名前に姓がある事から昔は裕福だったのだろう。

 貴族は美食に目が無いと相場が決まっているが、院長さんも目が光っている。


「ふぁぁ、ノノンさんが作ったの?」

「うん。毎日朝昼晩の三食全部、私が作ってるよ」

「そうだぞお嬢ちゃん。お嬢の料理はうんめぇーぞ?」


 ビッカさんに話し掛けられたネネちゃんは、真っ赤になった固まり、でも嬉しそうにしている。

 ちなみにまだ食べ始めてない。


「それじゃぁ、冷めてしまうので頂きましょうか」

「おう。『いただきます』ってなぁ」

「む、今のは、食前の祈りですかな?」

「そうですね。私の故郷でやっていた、その類の挨拶です。料理を作った人や、料理に使われた命へ感謝を込めて、頂きます、と」

「…………なるほど」


 聞いた院長さんも、真似して頂きますで食べ始めた。

 それを見たネネちゃんとウルリオ君も、頂きますと言って後に続いた。

 ビッカさんも私がコソッとやっていた頂きますの挨拶を、いつしか真似するようになっていた。

 別に強要するつもりは無かったのだけど、おかげで黒猫荘のしきたりになりそうだ。


「ん、美味い………」

「おいひぃの……」

「んぐっ。………え、これ毎日食べれるんですか?」

「少なくとも試用期間の間は、そうですね。それ以降はウルリオさんの頑張り次第です」


 院長さん達孤児院組は、まずキッシュから手を付けた。パスタは食べ方が分からなかったみたいだ。

 ビッカさんはパスタを四ツ歯串、フォークでくるくる食べるやり方を既に知っているので、ナポリタンからもぐもぐ食べている。

 ナポリタンを食べるビッカさんを見て食べ方を覚えた皆もナポリタンへ手を出し、昼食は恙無く進んで行った。


「あ、あにょ、ビッカ様は、お休みの日はなにをしているのです?」

「ん? 俺の休養日か? 黒猫荘に来てからは、専らアルジェ先生に稽古付けてもらってっかな」

「……あ、アルジェ先生、なのです?」


 そこでビッカさんは私を見る。

 従魔について喋っても良いのか、と目線で問うているのだろう。

 一見さんなら隠す選択も大いに有りだけど、院長さんとネネちゃんはともかくウルリオ君は従魔のお世話も仕事の内になる。

 私はビッカさんへ頷くと、了解した彼が黒猫荘の真骨頂の一つについてネネちゃんへ教える。


「お嬢はな、今は失われた秘術とか言われてる召喚術が使えてな、屋敷の裏庭にお嬢の従魔がいんだよ。その内の一体がアルジェっつぅ銀の熊なんだが、これまた武術の達人、いや達熊たつゆう? なんだよ」

「………しょぅ、かんじつ?」

「なんと………、ノノンさん、本当かね?」

「事実かどうかは、食後に裏庭へご案内しますね。ウルリオさんの仕事にもなりますから」

「ふぇっ!?」


 ウルリオ君の性根を叩き直すのは、従魔のみんなに任せてみようかな?

 ロッサとリフ辺りなら、大型獣の迫力のままに甘えまくるから、きっと彼の精神も強くなるだろう。

 食べ終わると、早速裏庭へ。

 ジワルドでは季節に合わせて四季の花が咲き乱れる自慢の庭園なのだけど、ここへリオルートでは春と秋しか無いので、四季折々の花を楽しむのは難しくなっている。

 だがそれでも、一区画毎にコンセプトを別にした花の楽園は、見るものを圧倒しつつ感動の坩堝に叩き落とすくらいは簡単だ。


「これまた、見事な……」

「………綺麗なの」

「すごい………」


 三者三様に景色を楽しむ孤児院メンバーは、黒猫荘から裏庭へ出てすぐの場所でもう止まってしまう。


「この裏庭で、私の従魔達が好きに過ごしています。召喚しても良いんですけど、距離が近いので呼びますね」


 私は従魔との繋がりを意識して口笛を吹く。

 ピュイッと音を鳴らすと、一番最初に来るのはいつだって私の相棒、群狼のポチだ。

 真っ黒く体の大きい狼の登場に、さしもの三人も驚き固まる。

 次にやって来たのは麗鸞のツァルと、獅子鷲のリフだ。速さを競って居るらしく、中々の迫力と速度でオーバーラン気味に私の元へ辿り着いた。

 その次は精霊馬のベガが威風堂々と飛んで来て、その後を追うように爆殺牛のホルンがのっそのっそとのんびり走ってくる。


「おぉ、ぉぉぉぉおおおおおう!?」

「ま、魔物………」


 最後は、アルジェを小脇に抱えたリジルを初めとした三竜が飛んで来て、花を潰さないように着陸する。見事である。

 グラムは翼が無いのだけど、背中と四肢にブースターとかバーニア的な魔力噴出機能がついているので、少し飛べる。

 そしてグラムの背中にロッサがしがみついて居て、闘技場でじゃれていたんだなと分かる。

 ウィニーは最初から私にもビッカさんにもくっ付いているので、これで私の従魔達は出揃った。


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