第23話 変化

 多摩川高校にて、今年度初の実力考査が行われて後日のことである。

 学年主任、一年一組の担任和歌月千夏は職員室で、とある用紙に目を通しながら、うーんと唸っていた。

 国英社数の全教科、全生徒の採点結果が出たのだ。生徒たちには来週、結果を知らせる予定である。

 その結果が、……正直かんばしくない。

 一年生の考査内容は、中学時代の復習と言ったレベルで留めている。というか時期的にそれくらいでしか内容が作れない。なので、ある程度真面目に勉強しているならそこまで酷い点数を取ることはない。そもそも入学試験をクリアしたからこの学校に入っている筈なのだから。

…その筈なのだが。

「はぁ~」

 と、千夏はため息を付く。

 彼女が見ていたのは、自分のクラスである一年一組40名の考査結果だ。

 ……何というか、可もなく不可もなく。

 殆どの生徒がほぼ平均点代。それはもうこの際、別に構わない。

 だが、一部が…。

 千夏は手元の、とある答案用紙を手に取った。それは自分の担当教科の社会のテスト用紙だ。

 地理、歴史、現代史をある程度混ぜた内容のもの。

 それを見て思わず眉根を寄せる千夏。あまりに酷い結果のため。

 この点数を取った者は、他の教科も似たようなものだった。

「……………また、あの子は」

 ボソッと呟き天井を仰ぐ。さてどうしたもんか、と思案する。

 この実力考査は、文科省の教育課程外の多摩校独自のテストのため、全国学力順位等には響かない。

 だからと言ってこの結果を放っておくことは出来ない。

 実際のところ、あの子らは学校側に目を付けられている部分があるのだ。

 学力でも変な目立ち方をされてしまっては困る。

 今回の考査は赤点や追試はないのだが、

「…………仕方ないか」

 千夏は、とあることを決め担当教科の教諭らに話を持っていくことにした。

 *****

 あれから幾日か過ぎた、とある日の多摩川高校の昼休み。生徒たちはそれぞれに各教室、校舎内で食事を取っている。そんな中で一年一組の教室。クラスメートたちから好奇の視線を集める食事グループがいた。

 それは蘇我直人、久住朋子、添田明人、阿蘇品のぞみの四人である。

 そして結局、直人の弁当は一体どうなったか言えば…

 まず朋子とのぞみが二人して直人の弁当を持参した日。

 その日、二人はぴーぴーぎゃーぎゃーと揉めに揉めた。また勝負!と互いに息巻かんばかりであった。

 しかし直人が、

 気持ちは有り難いが、弁当を食べられないのは小遣いを使い切った自分のせいであり、自業自得。

 本来なら、人に弁当を作って来てもらうとかはお門違い。二人に迷惑を掛けられない。

 …が、せっかく弁当を作ってきてもらったものを受け取らないワケにもいかない。

 今日は有り難く二人分の弁当を頂くが、明日からは自分で何とかするので。

 …と、掻い摘んでだが、こう説得するも、

「「そんなの気にしなくていい!! 私が作りたいから作ってるの!!」」

 と、互いに対抗心からか、二人して直人本人の意思を拒否。

 あーもう、と項垂れる直人だったが、このままだと毎日弁当二人前。おまけに料理対決の判定をしなければならなくなる惧れもあったため、

 小遣いのない今月中だけ、二人交互に作って来てもらう。という代替案を提案。

 それですったもんだがあったが、なんとか二人を渋々納得させていた。

 それからのぞみもなんだかんだで、直人と一緒に、一組で昼飯を食べるようになり、明人も直人が「針の筵になるから、お前も一緒に食え!」と強引に誘って、嫌々付き合わせていた。

 それから幾日が過ぎ、交互に弁当を作って今日は朋子の弁当の日であった。

「やっぱ調布東校って、多摩校より校則緩いっぽい」と明人。

 先日、他校にいった中学の同級生と話をする機会があったらしく、同じ中学の直人とのぞみに話している。

「そんなの有名だったでしょ? でも別に多摩川高校も、そんなに厳しくなくない?」とのぞみ。

「そうかぁ?」とのぞみに同意しかねる明人

「調布東の方が緩すぎる気もするけど。調布駅前とかで、普通に茶髪の奴と見るもん。スカートも階段で下から除けばパンツ見えるじゃねえのか? ってくらい短いし」と直人。

「…やっぱ男子って、女子のそういうところそんな風に見てるの?」と若干引き気味ののぞみ。

「ち、違ぇし!」

 当初は微妙な空気の中で食事を共にしていた四人だったが、元々朋子除く三人は同じ中学の同じクラス出身である。今は普通に他愛のない会話をするようになっていた。

 一方の朋子は一人別の中学出身であるため形見が狭い。それに彼女の生来の気質は引っ込み思案。今風ならコミュ障。主だった発言もせず、ずっともぐもぐと弁当を食べているだけであった。

 直人はそんな朋子を気にしており暗に話題を振ろうかとも考えていたが、しどろもどろにテンパる未来しか見えず、そのままにしていた。

 取り敢えず流れで、のぞみに皮肉を返しておく。

「まっ、はどっちかてと体制側だもんな」

 ごふっ

 と、のぞみは直人の皮肉に、気管支にお茶を喉に詰まらせる。

「大丈夫か?」と声を掛ける直人。

 のぞみは、結構咳き込んだ後、

「……へ、平気」と呟く。

 と、のぞみは喉を摩りながら、誤魔化すように「そうだ。久住さん」と尋ねる。

 それに朋子は慳貪に、

「なんですか?」と返事。

 何度か共に昼飯を食べているが、この二人には互い思うところがあるようでまだ溝があった。

 しかしのぞみは、それを意に介さず真面目な顔をして、

「剣道部に、入部。どう?」

 と勧誘。

「………いや、だからそれは」

 困ったように言葉を濁すのぞみ。

 実はあの日以来、朋子を何度か剣道部に勧誘していた。朋子はその度に困った顔をしている。

「何度も悪いけど剣道部に入るの真剣に考えてくれない?」

 のぞみは諦める様子はない。

「……いや、その…だから、運動は苦手ですし」

「今まではそう思い込んでただけ。ちゃんと稽古とかすれば出来ないことはないって。下手したら全国行けるかもしれないのよ」

 前のめり気味にグイグイ来るのぞみ。

「……そういうの、あまり興味が…」

 朋子はタジタジしている。

 と、直人は軽くため息を付き、

「のぞみ、だからあんま無理強いは良くないって」と軽く助け船。

 朋子は“勇者状態”になったからこそ、あそこまで動けたのだ。普段の彼女の状態では、剣道部の稽古に付き合えるわけがない。そもそも嫌々やったって長続きするわけがないと思うが。

「いやでも、自分で言うのなんだけど、私と張り合えたのよ? 絶対剣道の才能あるって」

 熱意を込めて言うのぞみ。しかし当の本人には白地あからさまにやる気がない。

「だから私自身に、そんな才能はないです」

 少し強く言う朋子。

「…言葉返すけど、そんなことないから。保障するし」

「あれは勇者の力だったんです」

「だから勇者とかじゃなくて」

「………あの時のは私じゃないんです」

 そう言って俯く朋子。なにか思うところがあるようであった。

 と明人がのそっと立ち上がる。

「んじゃ、ちょい便所」

 そう言うと、弁当を片付けとっとと教室を出て行った。

 のぞみもそれが潮時と思ったのか、

「……私も、戻るわね」

 そう言って弁当を片付けて「じゃあ明日、私の番だから」と言い残して、教室を出て行く。

 直人は、申し訳ないなぁと頬をポリポリと掻いてのぞみを見送ると、空になった弁当に、

「ご馳走様でした」と神妙に手を合わせる。それに朋子はぶっきらぼうに呟く。

「どういたしましてっ」

 そう言ってぷいっとそっぽを向く。

 直人はそんな彼女の反応に苦笑いし、

「…またよろしくな」と呟く。

「…………し、しょうがないですね」

 と返す朋子。その声色に、不機嫌な様子はなかった。

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