凹凸と凹凹⑧
二人はそれぞれの敵へ突貫していく。
「うけけけけッ!! なんだよ朱羽、八つ当たりか?」
「うっさい。あんたの声、
「うちの狒々愧がご無礼を」
「ちゃんと
全く噛み合わず連携もクソもない
二対二では分が悪い。
—ならば、各個撃破するしかない。
蒼羅が選んだのは依智。
依智が扱うのは大小二刀。いくら手数の多い二刀流といえど、拳の間合い―超至近距離にまで近付かれては満足に振るえないはずだ。
しかし、
蒼羅と依智が互いへ距離を詰める。
拳の間合いへ入るより速く、二条の銀光が
首を
「……かッ、は」
依智は
睨みひとつ、銀の輪環を描いて逆手に握った大小二刀を―地面へ突き立てた。
それを見た蒼羅は思わず、
「……なんだよ、それ」
「どうせ朱羽のことだから、まともな新人教育なんてされてないんでしょう?」
冷めた瞳と身体から放出される冷たい殺気はそのままに、構えた依智はゆっくりと腰を落としていく。
その体勢に、蒼羅は見覚えがあった。
―制式軍隊格闘術の構え。
「良い機会だから、私が手取り足取り教えてあげる」
「……お手柔らかに頼むよ、先輩」
・・・・・・
―朱羽が選んだのは狒々愧。
狒々愧の得物は長棍だ。
その動きはどうしたって大振りになる。振るえばその後に大きな隙が生まれる。
小太刀の届く距離まで近付けば、ただの物干し竿と変わらない。
とはいえ、攻撃範囲において圧倒的に不利であることは事実。長棍の間合いを維持されてしまえば、朱羽は手も足も出せない―
はずだった。
突き出す一撃を横薙ぎで弾き、勢いのままくるりと回転しながら懐に入り込む朱羽。
振り向きざまの
「くッそ……なんで通らねぇ」
壁に叩き付けられた狒々愧は棍を杖代わりにして体勢を立て直す。
その姿を
「長物は前に相手したことあるし、あんたの攻撃は単調だし―楽勝だっての」
言葉を
「へぇ。……だったら、“これ”はどうだ?」
しかし狒々愧は不敵に笑い返すと、棍を持つ腕を
なにかが外れる音とともに棍は三節に分かれ、その接合部からはじゃらりと鎖が伸びた。
腕をしならせ、得物を強く引き戻す狒々愧。
朱羽はその動きに吊られて前へたたらを踏んだ。
膝を突いた朱羽が睨む先、狒々愧は端の二節を持つと、限りなく抽象化された稲妻を描くように構える。
―三節棍。これが狒々愧の
・・・・・・
突き出される腕を受け止める依智。
力任せにそれを引っ張ると、前のめりに姿勢を崩した蒼羅の頭を脇に抱え込んだ。
「ぐッ……く……ぁあああッ!!」
首に巻き付く腕。
依智の足を
「……ッく」
踏ん張る左脚を軸に、後退の中で自然に下がった右脚で放つ回し蹴り。円弧を描く
すぐさま脚を引き、切り返して前へ蹴り込む。
抱え込むように蹴り足を取った依智は、そのまま前へ踏み込んだ。軸足の
より一瞬早く、伸ばされた腕が依智の軍服の
「お……らぁッ!!」
蒼羅は相手を引き込むようにもろとも倒れながら、
蒼羅が脚を思い切り跳ね上げた反動でバネのように起き上がるのと、寝返りを打った依智が立ち上がるため片膝を突いたのは同時。
休む暇を与えず距離を詰め、蒼羅の拳が振り抜かれる。半身になりながら立ち上がり、横へ回る依智。
膝裏を蹴り付けられ、蒼羅は片膝を突く。背後から腕が回されたと思ったときには、再び首を締め上げられていた。
曲げた右腕で喉を挟み込みながら、腕組みのように交差させた左手で後頭部を掴んで押す。
獲物の喉笛に喰らい付こうとする獣の
篭手を掴んで抵抗していた蒼羅は、勢い良くお
……が、身体に力が入り切らない今の状態では、依智を背負うようにただ持ち上げただけに終わった。
依智はその反動を利用して、首を締め上げたままの蒼羅もろとも地面に寝転がると、さらに両脚に左右の脚を絡めて完全な
「……
・・・・・・
空間を
金属音に顔を
次いで左手を離して端の一節のみを握り、振り払うような横薙ぎ。後退する朱羽への追撃は、彼女の額を掠めて皮を削ぎ取った。
朱羽は端正な顔の半面が紅に染まるのも構わず、小太刀の間合いへ一息に詰めた。
横薙ぎの直後、がら空きの胴、右手の引き戻しは間に合わない、左へ、掬い上げるように放つ、
――取った。
確信と共に放った一閃は狒々愧の脇腹を打ち据えず、硬質の音によって
「うけけ、惜しい惜しい」
意地悪く
刀の峰と噛み合っているのは、背中側から伸びた中央の一節。
外側へ振り抜いた勢いそのままに背中へ回し、身体に巻き付けて防御したのだ。
朱羽は舌を打って後退。額からの流血を
半身になりつつ地面と垂直に構えた小太刀を顔の横に。そこから手首を返し刃を上に、切っ先を敵に向ける―霞の構え。
駆ける狒々愧へひとつ踏み込み、繰り出すのは無数の突き。
狙うは肩、肘、
樹に
切っ先の
一見して闇雲で滅茶苦茶なそれは、
次々と放たれる銀の光条はしかし、狒々愧の前で旋風となって
突きの攻勢。弾きの守勢。
絶え間なく
「ッ!?」
単調な動きの連続に加え、刺突を弾くそれ一点のみに集中していた狒々愧は、急な攻撃軌道の変化に対応できない。
いくら相手の動きを聴き取れようが、思い込みで選択肢を
左肩を狙う銀の光条が、一層強い煌きを空に
―今度こそ取った!!
不意に、狒々愧の身体が
銀光の終着点は肩口からズレて、喉笛に狙いを澄まし――
「っ!!」
切っ先は喉から皮一枚残してぴたりと止まる。
柄を握る手、腕から肩までを
「……?」
狒々愧は怪訝な目を朱羽の顔へ向ける。
それを眼前の花顔と握る小太刀へと往復させた後、嘲りの色を乗せた嘆息と共に華奢な身体を蹴り飛ばした。
「う、ぐぅ……ッ」
蹴られるまま下がった朱羽は呻き、小太刀を地面に突き立て踏み留まる。
「なんだよお前、人を殺せなくなったのか? ……第三席の『
三節棍を手持ち無沙汰に振り回しながら、
そんな言葉は朱羽の耳に届いておらず、過去に起因する頭を
今の朱羽の思考は、己の内から湧き上がるある感覚に支配されていたからだ。
刀を握り込むほどに。互いの得物を打ち合うほどに。
手に肉を裂く感触が伝わり、
鼻を鉄錆びの臭いが突き、
口の中には血の味が広がる。
呼応するように、記憶の沼の底に埋もれていた光景が、様々な感情と感覚の汚泥にまみれて引き上げられていく。
―知らない。あたしはそんなもの、覚えてない。
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