1章4節4項(28枚目) 何でも屋の逃走劇①
「毎回思うんだけど、あそこまで酷く言わなくてもいいじゃないかと思うんだけど」
さっさと先へと進む、1人の中年男性の背中を追う1人の女性。年は15といったところか。大人になりかけの少女がその大柄な男性に話しかけた。
「ここ連日、まともに話を聞く気もなく、追い返したじゃない。一方的すぎて、ちょっと
聞こえるか怪しいくらいの音量で呟いた。ボソボソなのは他の意味も含まれているものの、
「仕方がないだろう。あれの
野太い声で男性は少女の言葉を切り捨てる。寄り添うつもりもなかった。
「特に今日は駄目だ。逃げるのに支障を来す」
特に今日は大事な日だから時間が惜しかった。相手にもしたくなかったようだ。
「大体、あいつらの態度が気に食わん。身の丈に合わん振る舞いはするもんじゃない」
根本的に嫌っている様子である。男性の下に訪れた者たちのことを。
「少し前までは金持ちの特権で
この者も他の町の人たちと同様、フランネ・フルスワットとビルガー・クルクを遠ざけていた。できるだけ関わりを持たないようにしていたようだ。
「巻き込まれないようにしてくれるのは助かるんだけど、商売柄として、それはどうなの」
女性も2人に対して、男性と同じ感情を抱いているようだが、徹底することはできなかった。同情を隠せなかった。まともに取り扱われない態度に
「何でも屋を営んでいるからと言って、何でも引き受けるわけじゃない。お互いの意見が一致しなければ、契約は結ばん。無理矢理組んでも、失敗するだけだ。お互いに損するだけだから、釣り合いが取れんなら、取引を拒むのは当たり前だ」
「でも
ただ
先ほどの言い回しは、さも親切心があるかのようにも受け取れる内容だったが、今の少女の返しから察して、相手を選んで接しているだけにすぎなかった。
これもまた、町の人たちと同様の態度だった。何でも屋を営む男性は
「俺たちの成果に対する報酬が見合うから引き受けているだけだ」
区別はしても、差別をしているつもりはないと答える。相手が誰であれ、損得の兼ね合いで受けていると口にする。
決して強気で断られることができない相手だから、仕事として受けているわけではないと表明する。
「仕事に対するスタンスは口出ししない。ただ疑問を口にしただけだからそこまで言い
少女は静かに、そして強く答える。
我が身
少なくとも少女は非難できない。
同じ行為に及んでいる自身を棚に上げ、説教できない。説得できるとは思えないから責め立てていない。
「サンドラ、俺は嘘を吐いていない。俺たちの目的に沿った意味での報酬とそれに対する成果が釣り合わないから、自称:
頑なに、男性は認めない。弱みを見せようとしない。
正直に答えているだけだから、そのつもりがないのは当然かもしれない。
どちらにしても己と他者の事情が
「確かに何でもは引き受けていなかった。町の誰からも
男性と一緒に何でも屋の仕事に従事する少女、サンドラ・プラーネもその事実が間違っていないことを認める。男性の言葉と行動に矛盾を抱えていないと。
「でも結局、仕事として引き受けた。
私たちの持ち味を活かせる形に落とし込んだ。無理なら無理なりに、折り合いをつけた。
しかし平等ではなかった。
判断まではそうであっても、そこから先は違った。本腰を入れての交渉に臨んだのは
「人聞きが悪い。気乗りしなかっただけだ。
それにあいつらにも歩み寄りはした。
「確かにそう」
「芳しくない俺を説得する機会は与えてやった。
しかしまともな案が出なかった。
あいつらが敵対視する奴らの拠点に火を放てばいいと言うのが唯一、最も勝算のある方法ではあったが、その作戦も論外だった。報酬を失う前提の作戦など、馬鹿げているし、その代わりになる報酬もまともじゃないから、断るのは当然だ」
頑なに、男性は否定する。心変わりする場面もありえたと口にする。
実際のところ、そのような可能性があり得たのか分からない。
しかしそれは証明できないことである。
「色仕掛けでは私たちの目的には届きませんから、クリントさんが性欲に負けず、断ってくれて助かりました」
「ガキには興味がないだけだ。一つ屋根の下、一緒に住まうお前の隣で寝ても、襲ったことはないだろう」
クリント・チュートはサンドラとよろしくやっているわけでもないにも関わらず、惜しむことでも全くないようだ。見捨てたところで動じていない様子である。
「その度は本当に助かりました。
「とにかく力関係上、無視しても問題ないほどだったから、
話がややこしくなる前に話を切った。ただでさえ、脱線しているから、これ以上、面倒になるのは避けたかった。
「今日、この日まで生き延びることを目標にしていたから、
とある事情のため、嫌々ながらも町を支配する
死に急ぐことになるフランネ・フルスワットとビルガー・クルクの依頼を断っていたのはそのためであろう。
「正直に言えば、
生き延びることを考えれば、横暴が振りかざされる者に近づくべきではない。
いくら優遇されるとしても、相手の気分次第で待遇が変わるのであれば、取り付くべきではない。
それは酷く至難である。相手の
やるべきではない。
だから何でも屋は慎重に動いていた。
目立ちたくなかったので1年前の反逆にも加わらなかった。
今日、この日に起こす逃亡を成功させるためにもひっそりとしていたかった。
しかし現実は理想通りにならなかった。
店を営んでいた、それも割りと融通が効く、仕事を限定しない商売を展開していたため、目を付けられた。金を稼ぎやすくするため、手広くしていたのが原因で舞い込んだ。
それ故に余計に頑張る羽目になった。目指すべき遠い地に
救いだったのは2つ。
1つは金銭的取引に応じてくれたこと。
町の住人たちも同様の被害を受けていたため、何でも屋に依頼を回せるだけの余裕はなかった。何でも屋の
しかし町を不当に牛耳る
真面目なものもあれば、依頼と称したおふざけや無茶難題もあった。手が届くのであれば、目一杯伸ばし、明らかに届かないのであれば、目一杯頭を地面に
もう1つはそれに関係すること、
しかしねちっこくやられなかった。
歯向かったとしても、その場限りの暴力で済んでいた。
どちらかと言えば、やる方がきつかった。
クリントは体格に恵まれ、頑丈だった。それにより
クリントも痛みはあったものの、大きな怪我を負うことはなかった。
だから標的にされるのはサンドラの方だった。
迷惑な鉢は彼女に回った。始めからクリントに狙いが定まることは
そしてサンドラになるとまた事情が変わってくる。
暴力より性欲を訴える。
失礼は承知だが、彼女は大人に向けて、成長しているとはいえ、まだまだ未発達である。
それでも女性であることには変わりない。
下品な笑みを浮かべて、彼女の体を
しかし犯されたことはない。
クリントに
大事にされている理由は2つある。
1つは商売上、欠かせない存在であるから。
もう1つはただ1人の身内を守るため。
だから彼は痛い目を引き受けるつもりで飛び込む。
始めから行動を起こさないのは相手がムキになるため。
クリントにとってサンドラは大切な存在であるため、壊れてしまわないようにしている。大切に扱い過ぎれば、過激な仕打ちが待ち受けている。苦しむ様を見たいがために仕掛けてくる危険性が出てくるので、ある程度の触れ合いまで目を
組織に抗える圧倒的な強さがあれば、話は違うものの、そこまでの強さはないため、彼女には我慢してもらっている。
サンドラもそのことを理解している。他の女性がもっと酷い目に
その思考自体、己の精神を
ちょっかいをかける
知られていないことではあるが、本気でサンドラで
酷く言えば、代わりを用意できるから本気にならない。
また彼女が失われれば、何でも屋の組織への貢献度が落ちるやもしれないと
それだけ彼らが役に立っているから重宝されている。その辺にいた
多少、
「そのせいで近所付き合いが悪くなった。私たちの夢のため、仕方がなかったけど、目を合わせると居た
この場合、
また何でも屋のように働きに応じた金銭も発生する場合もある。
だから
どうせ巻き上げた金を渡しているから、
その仕組みのせいで何でも屋は町の人たちに恨みを買われている。自分たちを苦しめる要因の一つに数えられるため、彼らから距離を取っている。
積極的に関わりにいかない。
これは別に彼らに限った話ではない。
しかし今では何でも屋以外、誰もいない。
構成員として組織に迎えられておらず、その外にいる者たちは彼ら以外、存在しない。首輪を
その何でも屋に危害を加えれば、間違いなく、
従って町の人たちは何でも屋を消せずにいる。排除する動きに走ってはいるが、友好関係を切っているだけだ。必要以上に関わり合いを持たないようにしている。
元より、他人に寄り添う努力が見えないぶっきらぼうな店主と仲良くすること自体、皆無に等しい。互いの了承が取れた依頼はきっちりとこなしてくれるものの、他人を突き放す言動を取り、近寄りがたい雰囲気をクリントは
ピリつく空気を和らげるサンドラが間を取り持たなければ、早々に何でも屋を廃業に追い込まれていただろう。彼女がいなければ、町の人たちも依頼を持ち込むことはしなかっただろう。ホコアドクの住人であり、両親を亡くした
外から移り住んできた、
嫌われる要因が多く、好意を持たれる要因が全くないと言ってもいい彼にとって、彼女は手放せない人材である。体を張るのは当然と言える。
しかしサンドラの存在を以ってしても、どうにもならなかった。
以前なら挨拶をすれば、返してくれたが、今では無視される有り様。それだけ今は嫌われている。
「気に病んでも仕方がない。
今回の討伐で
むしろ、これを契機に積極的に排除に動くとさえ、考えられる。
暴力組織の悪だくみに加担していた。
そのような証言が町のあちこちから挙がれば、調べるきっかけになる。誰もが口を揃えれば、無視するわけにはいかない。健全な統制に従事していることを証明するためにも動く。その実態は知れたものではないものの、統治機構への反感を減らし、そして支持者を増やすためにも腰を上げるに違いない。
今回の討伐で
どちらにしても何でも屋の2人が肩身狭い思いをすることには違いない。告発があろうがなかろうが何らかの形で制裁が下る。
私刑もしくは刑罰。
違いはそのくらいであり、元凶が取り締まられれば、強要させられていた不幸な者たちが犯した悪行が許されるわけでもない。情状酌量の余地があったとしても、完全にはなくならない。
被害を受けた者たちからすれば、一生、許されることではないだろう。どのような処罰が下ろうと、恨みとして、一生、その者に残るであろう。
生を
その辺の事情を理解しているからクリントはこの地を離れる決断に至り、行動している。日課で押し寄せてきたフランネとビルガーをあしらい、急いでいる。夢を諦めきれないため、逃げようとしている。稼ぎが悪くなれば、到達しないことは必至なので新天地で立て直すつもりでいる。
「
クリントが周囲に愛想よくしない理由はここにあった。ホコアドクに永住する気がなかったため、町の人たちと仲良くなる行動を取らなかった。積極的に嫌われようと行動していたわけでもないが、それと同じくらい、歩み寄らなかった。人に尽くすのは
商売上、お客様になり得る者たちを遠ざける真似をするのはいかがなものかと思うが、その辺は抜かりない。
穴は一緒に働くサンドラに埋めてもらっていた。何でも屋が町に溶け込むように動いてもらっていた。客足が滞らないようにしていた。自身の夢が
何度も言うが、彼女がいなければ、何でも屋は潰れていた。
そのくらいサンドラの功績は大きかった。
本当、クリント一人では早々に詰んでいたに違いないと確信が抱けるほどだ。
「しかし
動くのは分かり切っていたが、もう少し早いものかと思っていたが。おかげで余計に気を張る羽目になった」
自分たちの
この状況を黙認すれば、他の場所でも同じことが起きる。統治機構の意向を無視してもよい環境が成り立てば、
つまり
多少無理な言い分であっても、発展を名目に強行できていた
人々を守る立場から外れた存在が圧力をかける。逆らうものを力ずくで抑えつけるのはホコアドクを不当に占拠する
それでは反発されるだけである。
その地に暮らす人々の財産や思想や行動などを奪えば、恨みを買うだけである。代替されるような取引、それも利益と感じるものがなければ、敵を増やすだけである。
戦力的に太刀打ちできないから反発を受けていないだけであるが、覆すきっかけが生まれてしまうとそれは定かではなくなる。
敵対する数が膨大になり、手に負えないほどの勢力になれば、立場は逆になる。
圧制する存在がいなくなれば、選択の幅が広がる。立ちはだかる障害がなくなれば、行動も取りやすくなる。目論見が失敗する要素が減れば、起こしやすくなる。
多くの人々が不満を抱き、利益を阻害する邪魔な存在がのさばっている。
取り払えれば、状況を打開できると知り、かつ打倒できると思い込んでいれば、排除に動く。対立関係が際立ち、争いへと発展する。
それにより圧制する側が負けないとしても、それなりの損害を被る。負担の押しつけ先や巻き上げる財産、活動に従事してくれる者など、どこかしこに影響が出て、今までの流れを崩すことになる。立て直しに散財することになり、
しかし視点を変えれば、新しい利益を生み出す機会でもある。
余白ができたのであれば、そこを埋められる。
他の者に気づかれれば、競争になるため、手早く始めるに限る。利益を取りに行ったつもりがさらなる損失を生み出すことになるやもしれないから。
このように火種自体、そこら中にある。考えれば、切りがない。常に損得に頭を悩ませていると言っても過言ではない。領分を冒し、冒されまいと
安定した利益を確保するのであれば、余計な
少なくとも自ら生み出す真似はしない。
勢いづかせる足がかりを作らせず、行動を
だから筋書きを乱す存在はほっとけない。
許されている、もしくは真似できる印象を残さないためにも、早々に取り潰しにかかるのが賢明だ。確実に潰すことを考え、念入りに進めるのも大事だが、時間をかければ、それだけの労力が必要になるため、できるだけ早めに行動すべきである。色々な騒動を片付けたくなければ、
クリントはここまで深くは考えていないが、自分たちが吸い上げる利益を取り戻すためにも行動を起こすと考えていた。力をつけさせないためにも出鼻で
逃げ出す機会もその分、遠のくことになり、神経をすり減らすこととなった。無事今日を迎えられて良かったが、どこかで詰んでいたことを考えるとゾッとする。
しかし逃亡を成功させるにも、
普段の状態で逃げ出せば、
無視する、もしくは一定の領域でしか手出しできない。
少なくとも町の外に出さえすれば、解決すると見てもいい。
町の中に
そして討伐に来ているのだから、極端に離れた場所にいるとは考えにくい。
全て仮定の上でしかないが、
増員できない事情まで、何でも屋が知らなくとも推し量れることはできる。正確に把握できずとも、増員が
そこから考えれば、普段の行動が取れないと予想できる。立ちはだかる存在の強大さを加味すれば、どちらを優先すべきか、自明の理である。
町の出入口を目指し、その場所に近づいても
話は脱線したが、クリントたちが今日まで慎重に動き、この日に大胆に動くためにも
けれど乗り越えなければならない壁もある。
この場合は壁ではなく、門ではあるけど。そのような言葉遊びをしたいわけではないが、突破しなければならないものもある。
だからその点はどうにかしなければならない。
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