1章4節4項(28枚目) 何でも屋の逃走劇①

「毎回思うんだけど、あそこまで酷く言わなくてもいいじゃないかと思うんだけど」

 さっさと先へと進む、1人の中年男性の背中を追う1人の女性。年は15といったところか。大人になりかけの少女がその大柄な男性に話しかけた。

「ここ連日、まともに話を聞く気もなく、追い返したじゃない。一方的すぎて、ちょっと可哀かわいそう」

 聞こえるか怪しいくらいの音量で呟いた。ボソボソなのは他の意味も含まれているものの、して変わりない。自信なさげなのはいつものことだから。

「仕方がないだろう。あれの戯言ざれごとに付き合っている時間などない。金を積まれてもごめんだ」

 野太い声で男性は少女の言葉を切り捨てる。寄り添うつもりもなかった。

「特に今日は駄目だ。逃げるのに支障を来す」

 特に今日は大事な日だから時間が惜しかった。相手にもしたくなかったようだ。

「大体、あいつらの態度が気に食わん。身の丈に合わん振る舞いはするもんじゃない」

 根本的に嫌っている様子である。男性の下に訪れた者たちのことを。

「少し前までは金持ちの特権で傲慢ごうまんに振舞えたかもしれんが、今はそうじゃない。俺を魅了みりょうするものを融通できんのなら、付きまとうなという話だ。反抗活動に巻き込むんじゃない」

 この者も他の町の人たちと同様、フランネ・フルスワットとビルガー・クルクを遠ざけていた。できるだけ関わりを持たないようにしていたようだ。

「巻き込まれないようにしてくれるのは助かるんだけど、商売柄として、それはどうなの」

 女性も2人に対して、男性と同じ感情を抱いているようだが、徹底することはできなかった。同情を隠せなかった。まともに取り扱われない態度に不憫ふびんさを感じて。

「何でも屋を営んでいるからと言って、何でも引き受けるわけじゃない。お互いの意見が一致しなければ、契約は結ばん。無理矢理組んでも、失敗するだけだ。お互いに損するだけだから、釣り合いが取れんなら、取引を拒むのは当たり前だ」

「でも仮面暴徒ブレイカーからゴリ押しされる依頼は引き受けているじゃない」

 ただおののいていただけだった。押し切れる相手ではないから受けているだけだった。

 先ほどの言い回しは、さも親切心があるかのようにも受け取れる内容だったが、今の少女の返しから察して、相手を選んで接しているだけにすぎなかった。

 これもまた、町の人たちと同様の態度だった。何でも屋を営む男性は仮面暴徒ブレイカーからの理不尽を振る舞われないように行動していた。

「俺たちの成果に対する報酬が見合うから引き受けているだけだ」

 区別はしても、差別をしているつもりはないと答える。相手が誰であれ、損得の兼ね合いで受けていると口にする。

 決して強気で断られることができない相手だから、仕事として受けているわけではないと表明する。

「仕事に対するスタンスは口出ししない。ただ疑問を口にしただけだからそこまで言いつくろわなくていい。他の人たちも前ではいざ知らず、一緒に請け負う私の前で嘘吐かなくてもいい」

 少女は静かに、そして強く答える。

 我が身可愛かわいさに尻尾を振ることは構わないと。

 少なくとも少女は非難できない。

 同じ行為に及んでいる自身を棚に上げ、説教できない。説得できるとは思えないから責め立てていない。

「サンドラ、俺は嘘を吐いていない。俺たちの目的に沿った意味での報酬とそれに対する成果が釣り合わないから、自称:仮面暴徒ブレイカーの抵抗勢力の呼びかけに応えないだけだ」

 頑なに、男性は認めない。弱みを見せようとしない。

 正直に答えているだけだから、そのつもりがないのは当然かもしれない。

 どちらにしても己と他者の事情がみ合わないから引き受けない。その点だけは確かだと言える。

「確かに何でもは引き受けていなかった。町の誰からもおそれられている仮面暴徒ブレイカーであっても、引き受けられないことは拒否していた」

 男性と一緒に何でも屋の仕事に従事する少女、サンドラ・プラーネもその事実が間違っていないことを認める。男性の言葉と行動に矛盾を抱えていないと。

「でも結局、仕事として引き受けた。

 私たちの持ち味を活かせる形に落とし込んだ。無理なら無理なりに、折り合いをつけた。

 仮面暴徒ブレイカーには行い、今日断った人たちには行わなかっただけ」

 しかし平等ではなかった。

 判断まではそうであっても、そこから先は違った。本腰を入れての交渉に臨んだのは仮面暴徒ブレイカーだけだった。

「人聞きが悪い。気乗りしなかっただけだ。

 それにあいつらにも歩み寄りはした。仮面暴徒ブレイカーを片付ける算段が現実的に破綻はたんしていなければ、依頼を受けると申し出た。その場にお前もいたから知っているだろう」

「確かにそう」

「芳しくない俺を説得する機会は与えてやった。

 しかしまともな案が出なかった。

 あいつらが敵対視する奴らの拠点に火を放てばいいと言うのが唯一、最も勝算のある方法ではあったが、その作戦も論外だった。報酬を失う前提の作戦など、馬鹿げているし、その代わりになる報酬もまともじゃないから、断るのは当然だ」

 頑なに、男性は否定する。心変わりする場面もありえたと口にする。

 実際のところ、そのような可能性があり得たのか分からない。

 しかしそれは証明できないことである。

「色仕掛けでは私たちの目的には届きませんから、クリントさんが性欲に負けず、断ってくれて助かりました」

「ガキには興味がないだけだ。一つ屋根の下、一緒に住まうお前の隣で寝ても、襲ったことはないだろう」

 よどむことなく、即答する男性。歩く速度を緩めることなく、後ろを振り返らず、先に進む様は一向に変わらない。

 クリント・チュートはサンドラとよろしくやっているわけでもないにも関わらず、惜しむことでも全くないようだ。見捨てたところで動じていない様子である。

「その度は本当に助かりました。仮面暴徒ブレイカーに寝込みに襲われないかと思うと離れられないし、かと言って、近くの人から襲われるのもまた」

「とにかく力関係上、無視しても問題ないほどだったから、ないがしろにしただけだ。脅かされても実害が出ないから関わらなかっただけだ」

 話がややこしくなる前に話を切った。ただでさえ、脱線しているから、これ以上、面倒になるのは避けたかった。

「今日、この日まで生き延びることを目標にしていたから、仮面暴徒ブレイカーの依頼を仕方なく、引き受けていた」

 とある事情のため、嫌々ながらも町を支配する仮面暴徒ブレイカーからの依頼を受けていたとのこと。決して怯えていたから従っていたわけではないとのこと。仕掛けを発動する前にこの世から立ち去らないように行動していたようだ。

 死に急ぐことになるフランネ・フルスワットとビルガー・クルクの依頼を断っていたのはそのためであろう。

「正直に言えば、仮面暴徒ブレイカーとも関わりたくはなかったが、あっちから足を運んで来る以上、無下にはできない。潰されるのはごめんだから、できる範囲で力を貸していただけだ」

 生き延びることを考えれば、横暴が振りかざされる者に近づくべきではない。

 いくら優遇されるとしても、相手の気分次第で待遇が変わるのであれば、取り付くべきではない。魅力みりょくに覚えても、基準が曖昧あいまいである以上、関わるべきではない。

 それは酷く至難である。相手の機微きびを読み取り、それに沿った行動を取ることができるのであれば、まだしも。それも永劫えいごう、成功させるだけの力量と自信がなければ、非常に厳しいであろう。

 やるべきではない。こびを売った者の末路を知っていれば、走るべき行為ではないことくらい、理解できる。

 だから何でも屋は慎重に動いていた。

 目立ちたくなかったので1年前の反逆にも加わらなかった。仮面暴徒ブレイカーに目をつけられたくないから抵抗しなかった。自ら売り込まなかった。

 今日、この日に起こす逃亡を成功させるためにもひっそりとしていたかった。

 しかし現実は理想通りにならなかった。

 店を営んでいた、それも割りと融通が効く、仕事を限定しない商売を展開していたため、目を付けられた。金を稼ぎやすくするため、手広くしていたのが原因で舞い込んだ。

 それ故に余計に頑張る羽目になった。目指すべき遠い地に辿たどり着けずに終わるのは嫌だったので創意工夫を凝らして勤しんだ。

 救いだったのは2つ。

 1つは金銭的取引に応じてくれたこと。仮面暴徒ブレイカーに蓄財が奪われ、これからの生活と夢のための財産がなくなり、途方に暮れていた。

 町の住人たちも同様の被害を受けていたため、何でも屋に依頼を回せるだけの余裕はなかった。何でも屋のふところは温かくならなかった。

 しかし町を不当に牛耳る仮面暴徒ブレイカーのおこぼれで生計が持ち直した。

 真面目なものもあれば、依頼と称したおふざけや無茶難題もあった。手が届くのであれば、目一杯伸ばし、明らかに届かないのであれば、目一杯頭を地面にり付けた。代案を立て、そちらにうなずいてもらえるよう、誘導にはげんでいた。

 もう1つはそれに関係すること、いじめられなかったことである。できないことを拒否しても、潰しに来なかったのが幸運だった。毎回やられることではなかったが、それでも定期的にやられていた。

 しかしねちっこくやられなかった。

 歯向かったとしても、その場限りの暴力で済んでいた。

 どちらかと言えば、やる方がきつかった。

 クリントは体格に恵まれ、頑丈だった。それにより衝撃しょうげきが返り、相手は手足をしびれさせていた。仮面暴徒ブレイカーからしてみれば、やり損である。

 クリントも痛みはあったものの、大きな怪我を負うことはなかった。仮面の適合者バイパーにやられたわけではなかったので割と平気だった。

 だから標的にされるのはサンドラの方だった。

 迷惑な鉢は彼女に回った。始めからクリントに狙いが定まることは滅多めったにない。

 そしてサンドラになるとまた事情が変わってくる。

 暴力より性欲を訴える。

 失礼は承知だが、彼女は大人に向けて、成長しているとはいえ、まだまだ未発達である。

 それでも女性であることには変わりない。

 下品な笑みを浮かべて、彼女の体をいじくって、楽しんでいる。それなりの柔らかさを味わっている。

 しかし犯されたことはない。

 クリントにかばわれ、大事に至っていない。一線を越えそうになると彼が割り込むから、荒ぶることなく、済んでいる。

 大事にされている理由は2つある。

 1つは商売上、欠かせない存在であるから。

 もう1つはただ1人の身内を守るため。

 だから彼は痛い目を引き受けるつもりで飛び込む。

 始めから行動を起こさないのは相手がムキになるため。がらせれば、余計に手を伸ばそうとする。さして興味もないのに意固地になり、攻め立てる未来もありえる。

 クリントにとってサンドラは大切な存在であるため、壊れてしまわないようにしている。大切に扱い過ぎれば、過激な仕打ちが待ち受けている。苦しむ様を見たいがために仕掛けてくる危険性が出てくるので、ある程度の触れ合いまで目をつぶっている。

 組織に抗える圧倒的な強さがあれば、話は違うものの、そこまでの強さはないため、彼女には我慢してもらっている。

 サンドラもそのことを理解している。他の女性がもっと酷い目にっていることを知っている。あわれのない姿で尊厳そんげんを奪われる噂を耳にしているため、我慢できている。好きでもない男性に触れるのに気持ち悪くとも、その者たちと比べれば、自分は恵まれていると思っている。

 その思考自体、己の精神を腐敗ふはいへと導く、非常にいびつなものではあるものの、そのように考えなければ、止まることのない連鎖れんさに見舞われるだけである。歯止めが効かぬ悲観に襲われるだけだから踏み止まるためにも必要である。

 ちょっかいをかける仮面暴徒ブレイカーもそれ以上、行わない。じゃれ合いで事を済ましている。クリントが止めに入った時点で手を止めている。横入りした彼に1発かますだけで許している。気分を害することであっても徹底的に叩きのめさない。他の町の人たちと同じように本気にならない。首輪が外されなくとも贔屓ひいきにされている。

 知られていないことではあるが、本気でサンドラでもてあそびたいと仮面暴徒ブレイカーは思っていないから、サンドラは見逃されている。はべらせる相手を見繕みつくろえるので手出しされていない。

 酷く言えば、代わりを用意できるから本気にならない。がれ込むほどではないため、茶化ちゃかす程度にしている。

 また彼女が失われれば、何でも屋の組織への貢献度が落ちるやもしれないと仮面暴徒ブレイカー危惧きぐしているため、やり過ぎないように配慮はいりょしている。

 それだけ彼らが役に立っているから重宝されている。その辺にいたこびをへつらう者たちとは違い、成果を確実に上げるから消されずに済んだ。損害を与える方向にかじを切らない慎重な行動を買われ、処分するなと、下っ端は上役から命令を受けている。

 多少、楯突たてついても彼らが潰されないのはそのためだ。傷害に発展させる出来事を自ら引き起こしているわけではないから、ほどよいところで許されている。

「そのせいで近所付き合いが悪くなった。私たちの夢のため、仕方がなかったけど、目を合わせると居たたまれなかった」

 贔屓ひいきにされるということは優遇されることである。

 この場合、仮面暴徒ブレイカーから振るわれる理不尽を受ける優先度が下がり、被害にいにくくなることである。

 また何でも屋のように働きに応じた金銭も発生する場合もある。

 仮面暴徒ブレイカーからすれば、役に立つ人材を失いたくはない。有能な存在は囲っておきたい。繋ぎ止めておきたい。

 だから無料ダダ働きにせず、対価を払っている。

 どうせ巻き上げた金を渡しているから、仮面暴徒ブレイカーふところは痛くもない。また巻き上げればいいと思っているから、惜しむことなく、支払える。

 その仕組みのせいで何でも屋は町の人たちに恨みを買われている。自分たちを苦しめる要因の一つに数えられるため、彼らから距離を取っている。仮面暴徒ブレイカーのお気に入りである者たちから遠のいている。

 積極的に関わりにいかない。仮面暴徒ブレイカーに対する抵抗活動を繰り広げる者たちを除けば。

 これは別に彼らに限った話ではない。仮面暴徒ブレイカーから特別扱いを受けている者たちは皆そうされている。

 しかし今では何でも屋以外、誰もいない。

 構成員として組織に迎えられておらず、その外にいる者たちは彼ら以外、存在しない。首輪をめられ、仮面暴徒ブレイカーの紋章が掲げられた上着を羽織らず、協力体制を築いているのは2人しかいない。不興を買ってしまったため、役立たずの烙印らくいんを押されたためなど、理由は様々だが、仮面暴徒ブレイカーから目をかけられているのは片手で足りる人数である。

 その何でも屋に危害を加えれば、間違いなく、仮面暴徒ブレイカーから罰を受ける。彼らがいなくなれば、仮面暴徒ブレイカーはそこから手にしていた利益が失われる。そのことを踏まえれば、いじめの標的にされやすくなり、より傷つけられるのは目に見えている。

 従って町の人たちは何でも屋を消せずにいる。排除する動きに走ってはいるが、友好関係を切っているだけだ。必要以上に関わり合いを持たないようにしている。

 元より、他人に寄り添う努力が見えないぶっきらぼうな店主と仲良くすること自体、皆無に等しい。互いの了承が取れた依頼はきっちりとこなしてくれるものの、他人を突き放す言動を取り、近寄りがたい雰囲気をクリントはかもし出している。

 ピリつく空気を和らげるサンドラが間を取り持たなければ、早々に何でも屋を廃業に追い込まれていただろう。彼女がいなければ、町の人たちも依頼を持ち込むことはしなかっただろう。ホコアドクの住人であり、両親を亡くしたあわれで可哀かわいそうな少女がいなければ、店に足を運ぶ選択肢も生まれなかっただろう。

 外から移り住んできた、いかつい中年男性と接点を持つ者はいなかっただろう。普段接する態度からして、心地いい境地に至れるとは思えない。間違って関係を結んだとしても、その点を察すれば、付き合いが長く続くことはないと言える。サンドラの遠縁でもなければ、ありえなかったことだろう。

 嫌われる要因が多く、好意を持たれる要因が全くないと言ってもいい彼にとって、彼女は手放せない人材である。体を張るのは当然と言える。

 しかしサンドラの存在を以ってしても、どうにもならなかった。

 仮面暴徒ブレイカーと友好関係を築いてなお、町の人たちが今までの関係を続ける事態はありえなかった。一役担うことにはならなかった。

 以前なら挨拶をすれば、返してくれたが、今では無視される有り様。それだけ今は嫌われている。

「気に病んでも仕方がない。仮面暴徒ブレイカーに協力する以上、避けられなかった」

 今回の討伐で仮面暴徒ブレイカーが片付けられたとしても、何でも屋との関係を取り戻す者は現れないだろう。

 むしろ、これを契機に積極的に排除に動くとさえ、考えられる。仮面暴徒ブレイカーの一味であると統治機構である仮面装属ノーブルに突き出す者が現れても不思議ではない。ホコアドクに対する裏切り者として。

 暴力組織の悪だくみに加担していた。

 そのような証言が町のあちこちから挙がれば、調べるきっかけになる。誰もが口を揃えれば、無視するわけにはいかない。健全な統制に従事していることを証明するためにも動く。その実態は知れたものではないものの、統治機構への反感を減らし、そして支持者を増やすためにも腰を上げるに違いない。

 今回の討伐で仮面暴徒ブレイカーの構成員を捕縛できていれば、その者に問い詰めることになるだろう。そうなれば、逃れている者に捕えられた苦しみを味わわせるため、彼らは証言するだろう。道連れにする意味を込めて。

 どちらにしても何でも屋の2人が肩身狭い思いをすることには違いない。告発があろうがなかろうが何らかの形で制裁が下る。

 私刑もしくは刑罰。

 違いはそのくらいであり、元凶が取り締まられれば、強要させられていた不幸な者たちが犯した悪行が許されるわけでもない。情状酌量の余地があったとしても、完全にはなくならない。

 被害を受けた者たちからすれば、一生、許されることではないだろう。どのような処罰が下ろうと、恨みとして、一生、その者に残るであろう。

 生を謳歌おうかする姿を見せれば、襲われるに違いない。法の逸脱いつだつにより、迷惑をかけられたのだから、そのような行動に移っても不思議ではない。感情的になっても可笑おかしくはない。自分は不幸へととされ、相手は幸せをつかんだのであれば、尚更なおさらである。

 その辺の事情を理解しているからクリントはこの地を離れる決断に至り、行動している。日課で押し寄せてきたフランネとビルガーをあしらい、急いでいる。夢を諦めきれないため、逃げようとしている。稼ぎが悪くなれば、到達しないことは必至なので新天地で立て直すつもりでいる。

仮面暴徒ブレイカーが現れようがこの町から離れていた。遅かれ早かれ、俺たちが目指すべき場所に旅立っていた」

 クリントが周囲に愛想よくしない理由はここにあった。ホコアドクに永住する気がなかったため、町の人たちと仲良くなる行動を取らなかった。積極的に嫌われようと行動していたわけでもないが、それと同じくらい、歩み寄らなかった。人に尽くすのは虫唾むしずが走るため、必要以上に関わらないでいた。

 商売上、お客様になり得る者たちを遠ざける真似をするのはいかがなものかと思うが、その辺は抜かりない。

 穴は一緒に働くサンドラに埋めてもらっていた。何でも屋が町に溶け込むように動いてもらっていた。客足が滞らないようにしていた。自身の夢が頓挫とんざしないため、彼と抱く共通の夢を果たすためにも、気を回していた。

 何度も言うが、彼女がいなければ、何でも屋は潰れていた。仮面暴徒ブレイカーが町を支配しようが関係なく、終わっていた。

 そのくらいサンドラの功績は大きかった。

 本当、クリント一人では早々に詰んでいたに違いないと確信が抱けるほどだ。

「しかし仮面装属ノーブルが来るのは遅すぎだ。

 動くのは分かり切っていたが、もう少し早いものかと思っていたが。おかげで余計に気を張る羽目になった」

 自分たちの統治領域フィールドで好き勝手にしているのだから早々に取り締まりに来るものだとクリントは思っていた。

 この状況を黙認すれば、他の場所でも同じことが起きる。統治機構の意向を無視してもよい環境が成り立てば、仮面装属ノーブル権威けんいが失われる。

 つまり仮面装属ノーブルは好き勝手にできなくなる。

 多少無理な言い分であっても、発展を名目に強行できていた旨味うまみが消えてしまう。

 人々を守る立場から外れた存在が圧力をかける。逆らうものを力ずくで抑えつけるのはホコアドクを不当に占拠する仮面暴徒ブレイカーと何ら変わりない。

 それでは反発されるだけである。

 その地に暮らす人々の財産や思想や行動などを奪えば、恨みを買うだけである。代替されるような取引、それも利益と感じるものがなければ、敵を増やすだけである。

 戦力的に太刀打ちできないから反発を受けていないだけであるが、覆すきっかけが生まれてしまうとそれは定かではなくなる。

 敵対する数が膨大になり、手に負えないほどの勢力になれば、立場は逆になる。

 圧制する存在がいなくなれば、選択の幅が広がる。立ちはだかる障害がなくなれば、行動も取りやすくなる。目論見が失敗する要素が減れば、起こしやすくなる。

 多くの人々が不満を抱き、利益を阻害する邪魔な存在がのさばっている。

 取り払えれば、状況を打開できると知り、かつ打倒できると思い込んでいれば、排除に動く。対立関係が際立ち、争いへと発展する。

 それにより圧制する側が負けないとしても、それなりの損害を被る。負担の押しつけ先や巻き上げる財産、活動に従事してくれる者など、どこかしこに影響が出て、今までの流れを崩すことになる。立て直しに散財することになり、贅沢ぜいたくができなくなる。今までの配分が滞る。

 しかし視点を変えれば、新しい利益を生み出す機会でもある。

 余白ができたのであれば、そこを埋められる。管轄かんかつが明確になっていないのであれば、自分のものだと主張すればいい。のうのうと過ごさなければ、今までの水準を取り戻すこともでき、上手くいけば、取り分を増やすこともできる。

 つかみに行く際の危険性はもちろんあるが、それに見合うだけの価値があると判断すれば、大したことではない。折り合いがつけられないのであれば、配られるもので我慢することだ。

 他の者に気づかれれば、競争になるため、手早く始めるに限る。利益を取りに行ったつもりがさらなる損失を生み出すことになるやもしれないから。

 このように火種自体、そこら中にある。考えれば、切りがない。常に損得に頭を悩ませていると言っても過言ではない。領分を冒し、冒されまいとしのぎを削り、疲弊ひへいしている。安らぎを犠牲にして成り立たせているようなものだ。

 安定した利益を確保するのであれば、余計ないさかいを起こさないに限る。その辺を鑑みれば、立場を覆す手立てを潰すに限る。競合を減らすに限る。

 少なくとも自ら生み出す真似はしない。

 勢いづかせる足がかりを作らせず、行動を億劫おっくうに感じさせるように仕向ける。道程を想像できないようにして、目的を果たす難易度を上げる。反発せずとも恵みがあることを示せれば、歯向かってこない。手放す真似は愚かしいと教えてやれば、大人しいままでいる。

 だから筋書きを乱す存在はほっとけない。

 許されている、もしくは真似できる印象を残さないためにも、早々に取り潰しにかかるのが賢明だ。確実に潰すことを考え、念入りに進めるのも大事だが、時間をかければ、それだけの労力が必要になるため、できるだけ早めに行動すべきである。色々な騒動を片付けたくなければ、尚更なおさらである。

 クリントはここまで深くは考えていないが、自分たちが吸い上げる利益を取り戻すためにも行動を起こすと考えていた。力をつけさせないためにも出鼻でくじいてくるものだと予想していたが、そのようなことはなかった。半年も経てば、大きな動きを見せるだろうと高をくくっていたが、実際は1年と少し過ぎた頃だった。

 逃げ出す機会もその分、遠のくことになり、神経をすり減らすこととなった。無事今日を迎えられて良かったが、どこかで詰んでいたことを考えるとゾッとする。

 しかし逃亡を成功させるにも、仮面装属ノーブルの到着を待つ必要があった。

 壊滅かいめつする危険性、それも成し遂げることが大いに可能な厄介な存在がいなければ、決行に移せなかった。十分に注意をきつける存在が現れなければ、成功させるのは難しいとクリントは思っていた。

 普段の状態で逃げ出せば、執拗しつように追いかけ回されるが、このときばかりは違う。襲撃に備えなければならないため、そこまでの対応はできないと予測できる。

 無視する、もしくは一定の領域でしか手出しできない。

 少なくとも町の外に出さえすれば、解決すると見てもいい。

 町の中に仮面装属ノーブルが乗り込んでいない様子をうかがえば、外にいると推測できる。いつも訪れる2人組を追い返す際に聞いた情報と実際に目にする状況から察して、その可能性ではないとクリントは判断した。

 そして討伐に来ているのだから、極端に離れた場所にいるとは考えにくい。

 仮面暴徒ブレイカーの怪しい動きを見過ごしたくなければ、目の届く場所にいると考えていい。取り逃がさないことを考えれば、近くにいると思っていい。

 全て仮定の上でしかないが、仮面装属ノーブルがこの町の近くにいるのといないのでは状況が全然違う。外れている可能性も大いにありえるが、普段と比べて、けるに値する。

 仮面装属ノーブルが町の近くにいる前提とし、その場所に近づくほど、手出しされにくくなると判断していい。無闇に戦力を減らせないことを考えれば、尚更なおさらである。

 増員できない事情まで、何でも屋が知らなくとも推し量れることはできる。正確に把握できずとも、増員が仮面装属ノーブルほど、大規模にできるものではないことに気づける。仮面装属ノーブルが抱える総力が仮面暴徒ブレイカーと比べて、桁外れであることを念頭に入れておけば、誰でも分かる。

 そこから考えれば、普段の行動が取れないと予想できる。立ちはだかる存在の強大さを加味すれば、どちらを優先すべきか、自明の理である。

 自滅じめつを望んでいるのであれば、なくもない可能性ではあるものの、そのような気構えだとすれば、今頃、構成員を束ねて、仮面装属ノーブルに突貫していることに違いない。

 町の出入口を目指し、その場所に近づいても喧噪けんそう慌ただしい状況ではない。そのことを肌で十分に感じ取っているから、自滅じめつに向かって行動していないと分かる。仮面暴徒ブレイカーに見つからないように路地裏を進んでいるとはいえ、そのくらい、何でも屋は把握できている。

 話は脱線したが、クリントたちが今日まで慎重に動き、この日に大胆に動くためにも仮面装属ノーブルの存在が不可欠だった。さらなる日数、果ては年月を待つことになっても逃亡を成功させるには外すことは決してできなかった。

 けれど乗り越えなければならない壁もある。

 この場合は壁ではなく、門ではあるけど。そのような言葉遊びをしたいわけではないが、突破しなければならないものもある。

 仮面装属ノーブルに視線が移っているとしても、仮面暴徒ブレイカーが門にこびりついていることには変わりない。警戒を向ける相手の優先度があっても、門を潜ろうとすれば、捕まえられる。みすみす逃がしてはくれないだろう。今までのことを考えれば、余計に。

 だからその点はどうにかしなければならない。

 が非でも抜けなければならない。それを達成できなければ、何でも屋が目指す先など、夢のまた夢である。

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