第二章 そのおっさんは死んだ魚のような目をしていた 3

 シーナの瞳に映ったおっさんは昨日とは別人のようだったのだ。

 無精髭も綺麗に剃られていて、服もきちんと洗濯がされている綺麗なものを着ていたため、同一人物か自信がなかったが、体格と纏う雰囲気からそうだと判断した。

 しかし、これと言って関わる気がなかったので直ぐに仕掛けに視線を戻した。

 

 ホクホクな気分で鮎を回収し終わったシーナは家に帰るために腰を上げたが、その時になっておっさんがいたことを思い出したのだ。

 おっさんは、作業をするシーナをただ見るだけで何も言わなかったので、無視をしていたらすっかり忘れてしまったのだ。

 そして、いざ帰ろうとした時にまだいたためそこでおっさんの存在を思い出したのだ。

 

 シーナは半眼になり、呆れた調子でおっさんに話しかけた。

 

「おっさん?なにか用事?」


「おっ……おっさん……。俺はおっさんじゃない!って、そうじゃない。昨日の礼に来た」


 おっさん呼ばわりされたおっさんは、ノリツッコミしてから本題を告げた。

 お礼に興味が一切ないシーナは、片手をひらひらと振っておざなりに返事をした。

 

「はいはい。わざわざどうもです。じゃっ」


 早く帰って、お風呂に浸かりたいシーナはサクサクと帰ろうとしたが、おっさんがそれを阻んだ。

 

「じゃっ。じゃない。俺は礼に来たんだ。一応、空腹時に、食料をもらったしな。それで、食事に招待しようと思ってな」


 面倒なことになったと思いながらも、知らないおっさんの誘いに乗ってホイホイ付いていくわけがないということは表には出さないようにしながらも、素直に拒否した。


「えっ?嫌だけど」


 断られるとは思っていなかったのだろう、おっさんは慌てた様子で更に続けた。

 

「そうか、嫌か。えっ?嫌?イヤイヤ、甘くて美味いデザートも出すぞ?それに、いい肉もだ」


「別に、家でも美味しいものは作れるし。知らないおっさんの家に行くなんて嫌すぎるから」


 つい面倒になり、本音を言ってしまったが、明らかに不審なおっさんに付いていく謂れはないと俄然拒否した。

 

 断られたおっさんは少し悲しそうな表情をしてボソリと言った。

 

「おっさん……。俺は、そこまでおっさんなのか?」


 目に見えて落ち込むおっさんをフォローするかのように、シーナは付け加えていった。

 

「えっと、ごめんね?でも、おっさんの気持ちだけは受け取るよ?」


 シーナのフォローにならないフォローを受けたおっさんは、何を思ったか、その場を去ろうとするシーナの腕を掴んで何かを言おうと口を開いたが、目が合った瞬間にフリーズして動かなくなった。

 シーナは、身ぎれいになったおっさんの姿を見て改めてその男前な顔に驚いた。

 薄汚れていたときも、さぞや色男なのだろうとは思ったが、予想以上の顔面に面食らったのだ。

 

 汚れていたときは、くすんだ銀髪だと思っていたが、本来の色を取り戻したその髪は青銀で、少し長めの髪はさらさらとしていて、とても手触りが良さそうだと思った。

 それに、整った顔立ちになにか懐かしいものを一瞬感じた。

 しかし、それよりも驚いたように見開かれた、どんよりと濁ってくすんだ金色の目と、シーナの青い瞳が合った瞬間、何故か心臓が「どくんっ」と大きく音を立てたことにシーナは困惑した。

 

 どのくらい見つめ合ってたのだろうか、周囲は日が暮れ始めていたため気温が下がりシーナが小さくくしゃみをしたことで二人は現実に戻ってきた。

 

 おっさんが、気まずそうに「すまない」と小さく言ったが、それよりもシーナには魚の鮮度の方が気になった。

 

「はっ!!採れたての鮎が!!」


 そう言って、急いで駆け出そうとした。

 しかし、腕はおっさんに掴まれたままだった。

 ため息を吐き、手を離してくれるように言うとおっさんは、何かを逡巡するような表情をさせたあとに、真剣な表情で言った。

 

「名前」


「えっ?」


「君の名前は?」


「言う必要はないと思う。私とおっさんは、たまたまここであっただけの関係。名前なんて教える意味ないよ」


「俺は知りたい。君の名前は?」


「おっさんはロリコンな人なの?」


「おっさんでも、ロリコンでもない」


「おっさんの年は?」


「…………」


「ふーん。そうだなぁ、32歳位?」


「30だ」


「30歳なんだ。私の倍はあるんだね。ふふふ。ロリコンじゃん」


 シーナはそう言ってから、体捌きで掴まれていた腕を外してから笑いながら走り出した。

 そして、ある程度距離が空いてから立ち止まっておっさんを振り返った。

 

「あはははは!!ロリコンのおっさん!私はシーナだよ!!じゃぁね!!」


 シーナはそれだけを言って再び走り出した。

 その場には、シーナの名前を小さく呟くおっさんだけが残されたのだった。

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