第551話 救世主と”五王姫”
上帝天国、天王たる洪仁汎は初めに啓示を受け、力を授けられてから二つの幸運に見舞われた。
一つは、神の国を建国するために視察にと、自らが死にかけていたあばら家の周辺を含めた、「持たざる者たちの町」を巡った数日間で五人もの、自分好みの美女を見初め、虜としたことだ。神の子たる奇跡の力に加え、健康的な肉体を手に入れた仁汎には志と共に並々ならぬ肉欲が渦巻いていた。それを慰めてくれる女たちと仁汎は出会った。
一人目は顔を含めた全身に痛々しい火傷と傷のある女だった。生来美しかったであろうその顔に、身体は見るも無惨なものであった。この世の全てを恨んでいる、鬱々とした瞳を覗かせた少女は、襤褸切れを纏って彷徨っていた。家族は悪辣な者に騙されて離散し、自分は人買いの手に渡った。買った相手は女を切り刻み、火で焙っては興奮して果てる加虐趣味の大商人。そして、散々蹂躙された後に「飽きた」の一言で塵屑のように捨てられた。
少女の話を聞いた仁汎が返って自分の為すことを語ると、少女はこの世の壊れる様を己の眼で確かめたいとその身と心を委ねてきた。仁汎は赤き衣を授け、“赤姫”と呼び、その傷を愛でることにした。
二人目と三人目は濡れ衣で獄に繋がれ、生来の病で死にかけている双子の姉妹だった。母の死去をきっかけに二人の運命は狂ったのだという。蝶よ花よと大切に育てられた二人は父の再婚でできた継母の讒言によって奴隷に落とされた。ろくな衣食住を与えられず、頼みの父も継母の言葉を信じ切って自分たちを虫けらの様に扱った。最後には云われなき罪を着せられて、見世物の如く市場の中心に晒された。病に身体を蝕まれてもなお、処刑の刻も数日後に迫っているという。姉は、「妹が助かるならば自分はどうなっても構わない」と、口にする。妹は「姉が助かるならば自分はどうなっても構わない」と口にする。
「私の新しき世界を見ることを望むか?」
身上話で体力を使い果たし、最早口さえも動かせない二人は、仁汎の問いに強き意思の滲んだ眼差しを以て応えた。仁汎は奇跡を起こし二人の病を癒すと、姉に白、妹に黒の衣を与え、“白姫”と“黒姫”と呼び、愛すこととした。
四人目は貧民街の奥の奥、石造りの廃墟の間の路地でうずくまっている少女だった。身体は枯れ枝を組み合わせた上に皮を貼りつけたような、痩せているという言葉では表せない状態だった。脂のない骨のすぐ上にある皮膚は病なのか、瘡蓋と痣だらけ。声を掛けても、空腹のあまり返答ができないのか、この少女もまた仁汎を見上げるのみであった。
恐らくこの少女も無辜の者である。罪なき者は救済の第一優先である。仁汎は彼女に手を差し伸べた。奇跡の力で彼女を健やかなる身体とすると、黄色い肌の無邪気ゆえの美しさを持った少女であった。黄色の衣を与え、“黄姫”と呼び、可愛がることとした。
最後の五人目は引き連れてきた今までの四人とは違っていた。ある山中で出会ったその女は強き女だった。一人で弱きを踏みにじり、私腹を肥やす者たちを殺し、その財を弱き者たちに分け与える人殺しの義賊であった。
話を聞けば、覇王の末裔たる彼女の一族は二千年以上差別に苦しめられていた。連鎖し引き継がれていく血の憎しみを燃やしつつ、強く生きる女は仁汎の目に魅力的に映った。仁汎の勧誘に、「志を共にすることは望む。しかし、身も心も捧げるのは御免被る」と、断言して見せた。仁汎は一人くらいこのような者がいてもいい。それに、罪人を回心させてこそ、神の国は成り立つ、そう考えた。義賊女には青い衣を与え、“青姫”と呼んで、同志として敬愛し合うことを誓った。
そして、二つ目の幸運は神の国を阻む邪教の徒たちを打ち砕く力が自ら仁汎の下に馳せ参じたことだった。
五人の女と旅路を共にして一昼夜の後、天より異形の者たち五人が仁汎たちの前に舞い降りた。
「我らは崑崙山の宝物庫に封じられし宝貝。貴様の起こす戦乱を味わいたい」
そう宣った彼らは仁汎からすれば邪教の遺物である、滅ぼすべき対象である。しかし、主は、「利用できるものは利用せよ」と啓示を下した。その上で、五人の女たちが高い遺物使いの素養を持っていることを教えてくださった。仁汎は己の力を直接、女たちに注ぎこむことで、一級の遺物使いとして覚醒させた。そして、東、西、南、北、翼の王号を与えて“五王姫”と称することとした。こうして、仁汎の前準備は整った。
かくして、洪仁汎は呉国の地に足を踏み入れ、奇跡の力を以て無辜なる民たちを真の教えに導き、五王姫たちの力を以て暴君孫昇を追放し、神の国の礎たる上帝天国を打ち立てた。
そして、主の望む秩序と理想郷の拡大のために蜀を目指し、自らも玉座を立ったのであった。
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