第492話 炎の降臨

 闘技場内に閃光が弾ける。誰もがその眩しさに目を覆い、そして挑戦者が“英雄”と互角ともいえる激闘を繰り広げる予想だにしない展開に言葉を失っていた。


 「……これ以上は無理だ……ティルフィング、ありがとさん……」

 『気にするな!あんな手があるとはな!流石ソーマだ!すごいぞ!!』


 舞台上のソーマは、ティルフィングが衝撃に備えて作ってくれたドーム型の紅氷結界の中でへたり込んでいた。フォルセティの力を転身せずに引き出した上に、デュランダル最強の一撃を一旦封印し、それをアンジェリカ目掛けて放つという常識では考えられない芸当に流石に気力体力限界だ。


 この閃光が消えた後、アンジェリカが立っていたならば、もう抵抗する気はない。


 (……殺す気はないだろうからな……)


 出来れば攻撃されたくはないが、大人しく料理されるしかない。そんなことを考えていると閃光が徐々に弱まっていく。あまりの衝撃に舞台が大きく損壊し、土煙が上がっている。


 「……やっぱりか…………」


 その土煙の中に影があった。しっかりと力強く両の足で堂々と立つ“英雄”の影があったのだ。


 ブォン!!


 デュランダルを横薙ぎに振って起こった風に土煙が晴れる。双魔の燐灰の瞳にアンジェリカの姿が映った。修道服と身体が所々小さく切り裂かれ、血を流しているがアンジェリカは誇り高く仁王立ちし、双魔を睨んでいた。


 「……やってくれたわね」

 「ああ、俺もよくやったと思う……最後はアンタの好きにしてくれて構わない」

 「……最後まで癇に障る人ね、貴方……私もデュランダルも貴方を認めるわ。そうしないと私たちのプライドが許さない。だから……“英雄”の相手に相応しい貴方を、今度こそ最高の一撃で沈める」

 「……殺すのは勘弁してくれ!」

 『ソーマ!』

 「いいんだ。ティルフィング……負けるのだって勉強の内だ」

 『フハハハハハッ!その潔さ!奢らない姿勢!伏見双魔!それにティルフィング!我は貴様らを覚えた!敬意を払ってやろう!シスター・アンジェリカ!』

 「……ええ」


 アンジェリカはデュランダルを天に掲げ、空いた右手で十字を画いた。今日四度目となる“ローランの歌はラ・シャンソン・高らかにドゥ・ローラン”を発動するのだ。そして、それから放たれる一撃で双魔は意識を失うだろう。


 (……手を抜くわけにはいかなかったが……全力を出し過ぎたな……これでまた面倒な待遇になったりしなきゃいいが……無理そうだよなぁ……さて、どうなるか……の前に、流石にこの体勢はないな)


 双魔は薄く笑みを浮かべるとよろよろと立ち上がった。衆目の手前、へたり込んだまま負けるわけにもいかない。自分は気にしないが、自分に関係する人たちに迷惑を掛けるわけにはいかない。


 「“ローランの歌は高らかに”ッ!!」


 アンジェリカの凛とした声が闘技場に響き渡った。天から主の祝福が、聖なる光がデュランダル目掛けて注がれる。双魔が、アンジェリカが、そしてこの闘いを目にしていた誰もがそう思っていた。


 次の瞬間、その予想は打ち砕かれた。天より降りてきたのは聖光ではなく、全てを燃やし尽くし、悉くを消滅させんばかりの熱。紅蓮の炎だった。


 「なっ!!?」


 誰もが困惑した。一番の問題は“解技”を発動したアンジェリカ自身が明らかに戸惑っていることだった。つまり、これは異常事態だった。


 熱いっ!!!熱いっ!!!!!

 キャー――――――――――――――――!!!

 なっ!何だこれ!!!?

 助けて―――――!!!!


 アイギスとカラドボルグの防護を突き抜け、目に映るだけで身を焦がすほどの熱を感じさせる天炎に観客たちは悲鳴を上げる。


 「ティルフィングッ!!!!」

 『うむ!皆を助けるのだな!!』

 「ああ!“紅氷の霧ルフス・ネブラ広範囲マーグヌス”ッ!!!」


 双魔は体力の限界に倒れそうな身体に鞭を打ってすぐさま剣気の霧を闘技場全体に行き渡らせた。少しでも熱を中和し、一般客たちを守らねばならない。


 双魔の対応にこの場の遺物使いたち、魔術師たちも即座に反応した。アイギスの光の壁はその厚さを増し、カラドボルグの虹色の剣気も勢いを増した。アッシュとフェルゼンも限界が近い身体で無理をしてくれている。


 観客席を確認すると最前列に紅氷の身体を持つ大量のゴーレムが立ち並び、熱をさらに遮断していた。イサベルに違いない。ロキたちの決戦中のとある出来事によりイサベルはティルフィングの剣気を用いてゴーレムを作成することが可能になっている。紅氷のゴーレムだけでなく岩でできたゴーレムが幾つか存在する闘技場の出入り口までの道標とし用いられていた。


 『緊急事態ッス!観客の皆さんは慌てずにお嬢の!ゴーレムの道を通って外に避難してくださいッス!!』

 『決して慌てないでください!この場はブリタニア王立魔導学園の誇りにかけて皆さんをお守りします!慌てずに!確実に避難してください!』

 『お子がいらっしゃる方は抱き上げて決してはぐれぬように―!』


 三人娘がアナウンスで避難を促し、落ち着くように観客たちに呼びかけ始めた。


 他の遺物使いや魔術師たちも紅氷のゴーレムを壁に剣気や風、水の魔術で熱を遮ろうと奮戦を開始した。さらに舞台の傍から青白く膨大な剣気が放出され、炎が外に漏れないように封じ込めにかかった。剣気の出所ではグングニルが大きく両手を広げていた。学園長も直接動くほどの異常さだ。


 一方、一番の異常は双魔の目の前で起こっていた。デュランダルに天より降ってきた得体の知れない炎が注がれている。


 「おいっ!アンタ!今すぐ“解技”を解除しろ!このままじゃ不味いっ!!」

 「やろうとしてるわ!でもっ!できないのっ!!!デュランダル!!!」


 双魔の警告にアンジェリカは金切り声で答えた。炎によって制御が不可能となってしまっているようだ。


 『ガッ!がガッ!シ、シスタ……アンジェ……これはわわ我も知らぬ力……いいいますぐ……我を離せせせ……このままでででははは……』


 デュランダルの様子がおかしい。まるで意識が何かに干渉されていて、必死に抗っているように見えた。


 「でも!」

 『早くしろ!!』

 「ッ!!!……え?は、離せない……なんで……」

 「おいっ!!!」

 「あ……あ……ああ…………アアアアアァーーーーーーーーーーーーーーー!!!…………」


 絶叫。アンジェリカは一瞬、目を見開き、頬を強張らせ、絶望の表情を浮かべ、その直後一切の表情を失った。


 『ソーマ……あ奴ら、何者かに飲まれたぞ……これはよくない』


 ティルフィングの冷静な声で知らせてきた。双魔もそれを肌で感じている。灼熱で焦げつきそうな肌で、しっかりと。これまでに感じたことのない脅威を感じている。


 ゆらり。ゆらりと。紅蓮に染まったデュランダルを力なく、引き摺るようにアンジェリカが動いた。その双眸には炎が灯り、既に人間のものではなかった。

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