第420話 パフェを食べるには……

 「さて、ロザリンさんは何が食べたいですか?」

 「うーん……」


 スマホショップを出た双魔とロザリンは繫華街に戻り、食事する店を探していた。人が多く集まる場所だけに飲食店は数多くある。パッと視界に入る看板だけでもファストフード店にカフェといった気軽に入ることができる店から、ドレスコードが必要そうな高級レストランもあって選び放題だ。ここで食べたいものが見つからない方が不思議だ。


 が、ピンと来るものが何のかロザリンはうんうん唸っていた。


 ぐー……………ぐー……………


 通りは双魔でも嗅ぎ取れるほど食べ物のいい匂いが漂っている。ロザリンならなおさらだろう。匂いに釣られてか、ロザリンの腹の虫も催促しているようだが、何でもいいという気分ではないらしい。


 ロザリンが唸っている間に既に六軒ほど店を通り過ぎている。


 (……俺も腹減ってきたな)


 歩いている間に双魔の腹の虫も鳴きはしないまでも、空腹を訴えてきた。時間的には少し遅いランチ時だ。


 「……あ」

 「っ!っとっとっと!いい店、見つかりましたか?」


 ボーっとしたままロザリンに引っ張られていると、突然通り過ぎた場所を少し戻った。


 「…………ここがいい」


 ロザリンは窓から店の中の様子をじーっと確かめると双魔の顔を見た。


 「ここは……カフェですか?」

 「うん、ここがいい」


 ロザリンが入りたいと言ったのは明るい雰囲気のカフェテリアだった。店の中を見ると若者が多いように見える。が、何か特別な様子はない。ロザリンが入りたがっている理由は分からないが、何か惹かれるものがあったのだろう。


 「いいですよ。んじゃ、ここにしましょうか」

 「うん!」


 双魔が首を縦に振るとロザリンはフンスッと鼻息を大きくして、興奮しているような、気合が入っているような様子だった。


 「……?」

 「行こうっ!」

 「ん、はい……って、そんなに慌てなくても店は逃げませんから!」


 何に興味を惹かれているのか。兎に角、勢いが凄いロザリンにグイグイと引っ張られながらカフェテリアに入店する。


 「いらっしゃいませ。お二人です?」

 「うん、二人」

 「フフ、仲がよろしいんですね?こちらの席にどうぞ」


 店に入ると黒いエプロンを掛けた若いウエイトレスさんがにこやかに席に案内してくれた。ガッチリ腕を組んでいるロザリンと少し姿勢を崩した双魔が可笑しかったのかもしれない。


 「こちらがメニューになっております……スペシャルな限定メニューもあるので、良かったら注文してくださいね?それでは、お決まりになりましたらベルでお呼びください」


 二人を窓際にある三つの四人席の真ん中のテーブルに案内すると、メニュー表を置いて厨房の前へと向かっていった。


 「ロザリンさん、どっちに座りますか?」

 「後輩君はどっちがいい?」

 「俺はどっちでもいいですけど……」

 「選んで」

 「……分かりました。んじゃ、こっちで」


 何故かロザリンは双魔に座る席を双魔に選ばせたいようなので、仕方なく手前の席を選んで腰かけた。


 「うんうん」

 「……ロザリンさん、どうしてこっちに座るんですか?」

 「どうしてって?」


 ロザリンが座ったのは双魔の隣の椅子だった。傍から見れば、四人席のうちの片方に二人並んでいる不思議な人たちである。普通、こういう時は対面で座るだろう。


 「……こういう時は向かい合って座る物じゃないですか?」

 「……?」

 「……まあ、いいです」


 ツッコミに不思議そうに首を傾げられてしまえば、これ以上言うことはない。ロザリンは恐らく自分のしたいようにしているだけで、人に迷惑を掛けているわけでもない。双魔の価値観に合わせてもらう必要もない。


 (……視線が集まってる気がする……ロザリンさんが気にしないなら……まあ、いいか)


 店内のどの席からも見える場所で奇妙なことをしているせいか、自然と他の客たちの視線を集めてしまっているようだ。


 「♪」


 そんなことは気にならないのか、ロザリンは楽しそうにメニューをペラペラと捲っている。


 (……思ったより色々あるんだな…………)


 隣からメニュー表を覗くと、定番のサンドイッチにケーキ、パフェからパスタにシチュー、アルコールと豊富なメニューが揃っていた。値段も手ごろで若者たちが多いのも頷ける店だ。


 「……あった。これが食べたい」

 「ん?どれですか?」


 ロザリンが指差したのはメニューの一ページ丸々に写真が載せられた大きなパフェだった。大きなグラスにフルーツとアイスクリーム、生クリームがたっぷり。所々にハート形に切られた苺や、ハート形のチョコレートやクッキーが散りばめられていて、ボリューミーでいて可愛らしいパフェだ。普通の人が一人で食べるのは難しそうな量だ。パフェの写真の下に何か書いてあるようだが、ロザリンの手で隠れて見えない。多分、「残してはいけない」といったことが書いてあるのだろう。ロザリンなら問題ない。


 「一緒に食べよう?」

 「俺も貰っていいんですか?」

 「うん」

 「そうですか……それなら、とりあえず俺はアイスティーだけで……ああ、足りなかったら他にも頼んでいいですからね?」

 「うん、それじゃあ、頼もう」


 双魔はベルを手に取ると軽く振った。


 チリーンチリーン


 「はい、今お伺いしまーす」


 ベルの音を聞き取った席に案内してくれたウエイトレスさんが注文表とペンを手に注文を取りに来てくれた。


 「ご注文をどうぞ……フフッ」


 ウエイトレスさんは双魔とロザリンが向かい合わせではなく、隣に座っているのが面白かったのか、また笑いを零した。


 「アイスティーを二つ」

 「はい、アイスティーをお二つ」

 「あと、このカップル限定のスペシャルパフェを一つ」

 「……んん?」


 双魔は我が耳を疑った。ロザリンの注文したパフェの名前に聞き捨てならないワードが入っていたような気がする。


 「まあ!カップル限定のスウィートハートパフェがお一つですね!それでは!お二人がカップルだということを証明していただくために三十秒間の熱い抱擁をお見せください!」


 ロザリンの注文にテンションが上がったのか、ウエイトレスさんの大きな声が店内に響き渡った。居合わせた他の客たちの視線のほとんどすべてが双魔とロザリンに集まる。


 (…………聞いてない……って、書いてある……だと?)


 ロザリンの手で隠れていた部分には「カップル限定の商品となっております。お二人の愛情の証明のため、ご注文のお二人には三十秒間のハグをしていただきます!ご了承ください!!」と小さい字ながらしっかりと注意書きしてあった。”食べ残し厳禁”は双魔の思い込みだったのだ。


 (……と言うか……別にロザリンさんが嫌いって訳じゃないし、どちらかと言えば好きだが……恋人同士じゃないし……そもそも、俺には鏡華とイサベルがいるし……こういうのはどうなんだ?駄目なんじゃないか?……どうする?いや、っても、ロザリンさんがこのパフェを食べるには俺が思い切ってハグしなきゃいけないのか?……)


 「後輩君」

 「っ!は、はい!?」

 「んっ!」


 思考の海から慌てて浮き上がり、ロザリンを見る。すると、ロザリンは双魔の方に身体を向け、両腕を大きく開いていた。その表情は期待に溢れて「わくわく」と言っているようだった。


 (……退路が……)


 「…………」


 ロザリンの滲み出る期待感に双魔の選択肢は最早一つだった。ロザリンの後ろに立って急かすこともなく、生温かい笑みを浮かべているウエイトレスさんの気遣いすら双魔には耐えがたかった。


 「……はい」


 覚悟を決めた双魔はぎこちなく両腕を開いた。顔は斜め下を向いている。ロザリンがドンと構えてくれているので、本当なら双魔からハグするべきなのだろうが、羞恥心に勝ちきれなかった。


 「!ぎゅーっ」

 「っ!」


 双魔が受け入れる体勢に入ると、ロザリンはすぐさま懐に潜り込んで腕を背中に回してきた。ロザリンの爽やかでどこか甘い不思議な香りが双魔の鼻腔をくすぐり、胸板には二つの柔らかいものが押し付けられて、ムニュムニュと形を変えているのがはっきりと分かった。


 「きゃー!」

 「あの二人!ヤバくない!?」

 「男の子の方!照れてて可愛いいー!」

 「はーい!それでは三十秒間!数えはじめますねー!スタート!」


 他の客たちとウエイトレスさんが何か言っているようだが、双魔の耳には全く入ってこなかった。


 (……………………もう……考えるの止めるか……)


 時間が途轍もなく長く感じる。決して嫌悪感ではなく、恥ずかしさが不味い。普段からロザリンには背中に抱きつかれたり、耳を甘噛みされたりしているが、それは犬にじゃれつかれているような気分だった。が、正面から抱き合っては女性として意識せざるを得ない。ロザリンはただでさえ、鏡華やイサベルに比肩する美少女なのだ。目を開けて顔を間近で見たらおかしくなってしまうかもしれない。ついに双魔は思考を放棄した。


 「……んっ」

 「…………」


 ロザリンは器用に首を動かして、双魔に正面を向かせると自分の顔を近づけた。


 「えっ!噓でしょ!」

 「し、しちゃうの!ていうかしてる!?」


 それを見た客たちがまた声を上げた。見る角度によっては、ロザリンがキスしたように見えているのかもしれない。


 が、実際は双魔のおでこと自分のおでこをこつんと優しくくっつけただけだった。


 (……ゲイボルグとは違う感じ……でも、なんか、胸が弾んでる気がして……身体が熱くなって……いい、かも?あの時と同じ……)


 ロザリンは長い時を邪眼の魔王に囚われ、夜の世界を過ごしてきた。太陽を見られるようになったのは最近だ。魔王から自分を救い出してくれたのは双魔だ。解放されたとき、最初に視界に入った双魔は輝いて見えた。太陽よりも。育ての親である師からは英雄の冒険譚ばかり聞かされた。見かねたゲイボルグが時々、お姫様が王子様や勇者に救われて恋に落ちる話を聞かせてくれた。


 (…………どうしてこんなこと思い出してるんだろう?……まあ、いっか)


 ロザリンは不思議に思った。が、そんなことは双魔の安心する匂いで薄まっていくのだった。


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