第六章「女神の名は”フォルセティ”」

第351話 女神と双魔

 静寂が訪れた。笑みを浮かべるロズール、白銀の女神に姿を変え呆然とする双魔、ティルフィング、レーヴァテインも声を上げない。


 そして、数瞬が過ぎた後、初めに口を開いたのはロズールだった。


 「さて、私の顔を見て、名を呼ばれてすべてを思い出したようだけど……今の君はどちらだい?フォルセティかな?それとも双魔かな?」

 「……さあ、どっちだろうな?」


 燐灰の瞳に光を取り戻した白銀の女神は物悲しげな薄い笑みを浮かべて見せた。


 「フフフフッ……その憎まれ口、双魔だね?フォルセティの意識は表出してくれなかったか……残念だよ」


 肩を竦めて笑みを返す金髪玄眼の美女は明らかに落胆しているようだった。求めていた結果がに辿り着けなかった故だろうか。しかし、それはロズールの早とちりだった。


 「……アンタの言う通り、俺は双魔だが……こっちはどうかな?」

 「なにを…………ッ!?」


 双魔の挑発的な口調にロズールは眉根を寄せたがすぐに息を吞んだ。


 秋桜の可憐な花弁が何処からか舞った。ティルフィングを握る双魔の傍らに瓜二つの白銀の女神が姿を現した。実体を伴う双魔とは違い半透明の幻のような乙女、風が吹けばかき消えてしまうような儚い存在だが確かにそこにいた。


 「……君は……君は……フォルセティなのかい?」

 『ええ、そうよ。私はフォルセティ。と言っても身体はこの子、双魔のものだから魂だけだけれど……改めて、お久しぶりねロキ小母様』

 「…………」


 ”フォルセティ”、そう呼ばれた女神に微笑みかけられたロズールの頬に涙が伝った。


 「……フフフフッ……ハハハハハハハハハッ!!!……良かった……君にもう一度会えると信じていたよ!……さて、その前に言っておくことがあるかな?改めて名乗ろうロズールとは偽りの名……私の真の名はロキ!厄災をもたらす者、”閉じる者”ロキである!」

 「……ロキ、か…………改めて”神喰滅狼”に”界極毒巨蛇”……巨人の軍勢を引き連れているのも納得だ……」


 ロズール改めロキの言葉を聞いても双魔は特に驚くことはなかった。何故なら、全てを聞き、見てきたからだ。自分と全く同じ見目をした女神フォルセティ、彼女は双魔が知るべき過去を余すことなく語ってくれた…………。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「……ここは……」


 双魔はいつの間にか戦場の空ではなく何処か見覚えのある場所に立っていた。


 足元には色とりどりの秋桜の花が咲き誇り、穏やかに吹く風にゆらゆらと揺れていた。後ろを振り向くとこれまた見覚えのある建築物、黄金の柱と白銀の屋根が輝く荘厳な神殿、女神の力を行使した際に現れる”黄金とグル・白銀のシルヴル・裁定宮グリトニル”が静寂の中に威容を放っていた。


 「フフフフッ……こうして会うのは二度目ね!けれど、お話ができるのは初めてかしら?双魔」


 これまた聞き覚えのある朗らかな声に呼ばれた。これもきっと二度目だ。ゆっくりと振り返るとそこには銀髪の女性がにこやかな表情で立っていた。知性的な燐灰の瞳が双魔の姿を映していた。


 同じように双魔の燐灰の瞳には現実で、夢の中で何度も目にした銀髪の乙女が映っていた。


 一陣の風が吹く。秋桜の花弁が宙を舞った。女性の纏った金糸の編み込まれた白い衣が美しい髪と共に儚気に揺れている。双魔の黒と銀の入り混じったぼさぼさ髪も風に吹かれてさわさわと揺れた。


 「……そうだな……アンタは……」

 「そう言えば名乗ってなかったわね!私の名前はフォルセティよ!知っているかしら?」


 ”フォルセティ”そう名乗った白銀の乙女は手を後ろ手に組んで双魔の顔を覗き込むように上体を少し倒すと首を傾げて見せた。


 ”フォルセティ”その名に双魔は覚えがあった。北欧神話の中に謳われる神のうちの一柱だ。


 「……フォルセティ……神々の王オーディーンの孫、光明の神バルドルの子……司るのは平和、真実、裁定……」

 「あら!よく勉強しているわね!流石!そうよ、オーディーンおじい様の孫が私!それと……」

 「……ティルフィングの一番最初の契約者……」

 「……そうよ、あの子は私の契約遺物だった。けれど、今は貴方の契約遺物。フフフフッ……前も言ったけれど私は貴方で貴方は私だからあまり変わらないのかもしれないけれどねっ!ウフフッ!」


 フォルセティは白銀の髪を揺らしてまた朗らかに笑って見せた。


 「……確かに、前も聞いたような記憶が薄っすらあるが……結局どういうことなんだ?」


 双魔が初めて女神、フォルセティの力に目覚め転身したグレンデルとの闘いの際、夢現の中で言っていた言葉の意味を改めてフォルセティに問う。


 「あら?まだ分からないの?貴方は私の生まれ変わりなのよ」

 「…………は?」


 あっけらかんと言い放ったフォルセティに双魔は思わずポカンと口を開けてしまった。


 「ウフフッ!面白い顔!そうね……何処から話せばいいのかしら……うーん、それじゃあやっぱり初めから話しましょうか!ああ、大丈夫!ここは貴方と私の魂と記憶の空間だから!現実での時間はほとんど進まないわ!フフフフッ……こうして誰かと話すなんて久しぶり!そうだわ!座ってゆっくり話しましょうか!そーれっ!」


 楽し気なフォルセティが人差し指を立ててクルクルと回し、下を指さすと目の前に白い円形のテーブルと椅子が二つ現れた。テーブルの上にはご丁寧に見慣れないお茶のようなものと菓子が二人分置かれていた。


 「ささっ、座って頂戴!」

 「あ、ああ……」


 フォルセティの勢いに押されて双魔は席に着いた。フォルセティも興奮している様子ながら優雅に座った。


 「それじゃあ、お話しましょうか!これまでの私たちの話を!」


 再び一陣の風が吹き抜け紫、白、桃の花弁が舞い上がり、天高く蒼穹を彩った。


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