第349話 姉妹剣

 何処かで、否、幾度も双魔の燐灰の瞳に映ったことのある剣だった。正確に言えば異なる剣であることは明らかだ。何故ならその剣は愛しきティルフィングは双魔の手にしっかりと握られている。


 それでも、そう感じたのはロズールの握った剣が、蒼きレーヴァテインが余りにもティルフィングに似ていたが故だった。


 「フフフフッ……驚いたかな?いや、驚くことはないか。何せ、人の姿をとっていてもレーヴァはティルフィングとそっくりだからね」

 「…………」


 (……剣の姿も瓜二つ、か……ティルフィング…………)

 (むぅ……すまないソーマ……我は何も分からないぞ……)

 (…………いや、俺が悪かった)


 ロズールの言に思わずティルフィングに訊ねた双魔だったがティルフィングの記憶が何らかの原因で失われているのを失念していた。


 「レーヴァ、レーヴァテインはね私がこの手で創り出したんだ。ムスペルヘイムの灼熱に耐えながら、ティルフィングを模倣してね!実にいい出来だろう?」

 「レーヴァテインを……創り出した?」


 ロズールの更なる言葉に双魔の混乱は深まった。ムスペルヘイム、北欧の失われし炎熱の世界の名前が出てきたのも気になった。しかし、気になるだけで何かを思いつけるというわけではなかった。


 そんな眉に皺を寄せた双魔を見つめてロズールはレーヴァテインを両手で握り正眼に構えた。明らかに双魔を意識した構えだった。双魔も同じくティルフィングを正眼に構えている。


 「おっと、話し過ぎはよくないね!それじゃあ、後は楽しく舞踏おどりながらにしようか!」

 「ッ!!?」


 ロズールは双魔に一切の前触れを見せることも、感じさせることもなく唐突に切り込んできた。瞬時に距離を詰め、双魔がその姿を目で捉えた時には既に間合いの中に入り込み蒼炎を纏ったレーヴァテインを振り上げていた。


 「チッ!ティルフィング!」

 『任せておけ!ハアアアーーッ!!』


 双魔の声に答えてティルフィングは白銀の剣身に紅氷の剣気を纏わせる。思えばこれまでは漆黒の剣身に纏っていたものなので不思議な感覚があるはずだが双魔にそんなものを感じている余裕は勿論ない。


 「ハッ!」

 「シッ!」


 鋭い声と共に振り下ろされるレーヴァテインを地面と水平にしたティルフィングを振り上げるように迎え撃った。


 ギィィィィィィンッ!!!ゴオォォォォォ!


 戦場の宙に甲高い音が鳴り響き、それを追うように衝撃波と冷気と熱波の激突による暴風が巻き起こった。


 「ハハハハハハハハハッ!いいねっ!魔術と剣気のコントロールだけで剣の腕と力はどうかと思っていたけどっ!全て魔力で補うとは!実に器用っ!これは期待できそうだっ!」

 「それは……どうもッ!」


 双魔は歯を食いしばりつつロズールにひねくれ気味に返した。凄まじい力だ。先ほどの黒いティルフィングの剣気と比べても遜色ない力をロズールは細腕から出している。


 双魔も押し込まれまいと腕に力を籠める。両者の力は拮抗し、やがて鍔迫り合いの体勢に持ち込まれた。


 「クソッ!熱い!」

 「フフフフッ!いい冷気だね!この力は私も知らないな……きっと兄上の仕業かな?」


 ぶつかり合っているのは契約者の膂力だけではない。二振りの神話級遺物の相反する色と力の剣気も激しくしのぎを削っている。


 『ウフッ!ウフフフフフフフフフフッ!嗚呼!嗚呼!何ということでしょうか!待ち望んだお姉様との闘いがこんなにも愉快で気持ちのいいものだなんて!まだまだはじまったばかりだと言うのに!私……私!果ててしまいそうですわ!』

 『ええい!気色悪い!何度も言っているが我は貴様の姉ではない!そのもの言いもどうにか出来ぬのか!?』

 『はしたなくって御免遊ばせ!お姉様は間違いなく私のお姉様ですわ!先ほどご主人様も言っていたではありませんか!私とお姉様は紛れもなく姉妹剣ですわ!さあ、もっと楽しみましょう!?』

 『知らぬ!我は聞き分けのない者は嫌いだっ!』


 普段は見ることのないティルフィングの激しい心情に剣気の出力が増す。それと同じく何やら歓喜に浸って興奮状態のレーヴァテインの放つ剣気も勢いを増した。


 「ハハハハハッ!これも姉妹愛かな?」

 「アンタが言ってることが事実だとしても……一方的だと思うけどなっ!」

 「おっと!」


 荒ぶる紅と蒼の剣気に双魔は一度力を抜いてロズールと距離をとった。ロズールも突然の引きに態勢を崩すことなく対応し、少し後退した。


 『まあっ!?なんて無粋な方ですの!!?せっかく、お姉様と楽しんでいましたのに!!……許せませんわ!!』

 「レーヴァ、嬉しいのはよく分かるけど、少し落ち着こうか」

 『はっ!?申し訳ありません……ご主人様』


 双魔に怒りを向けて剣身に蒼炎を渦巻かせたレーヴァテインだったがロズールに宥められると正気を少し取り戻したようだった。


 『……ソーマ……助かったぞ……全く、何なのだあ奴は……』


 一方、レーヴァテインの狂った距離感と狂気にティルフィングは精神的に疲れ気味の様子だ。


 「大丈夫か?」

 『……むぅ……大丈夫だ。あ奴らを倒してキョーカやイサベルたちを助けなくてはならないからな!……レーヴァテインとやらは苦手だが……うむ!まだまだやれるぞ!』

 「そうか……そうだな」


 ティルフィングは頭に血が昇っているように感じさせてもしっかりと冷静だった。双魔は安堵して再びロズールに備えようとした時だった。目の前のロズールはだらりと腕を下げて構えを解いていた。


 「さて、少しずつ話さなくてはいけない事を話していこうかな……双魔、君は北欧神話の最後が……”神々の黄昏ラグナロク”がどのようなものだったかを知っているかい?」

 「…………何?」


 口元から笑みを消し何処か物悲し気なロズールの問いが双魔の耳を叩いた。


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