第337話 ”悪神の霊柩”

 「……次はムスペルヘイムの巨人だな」


 大鷲の上から巨人たちが息絶えるのを確認した双魔は呟きながらもう一度刀印を切った。これで”呪落黒椿”は箱庭へと転移したはずだ。


 箱庭で生育している植物の中でもかなり呪力が強い植物を使役した副作用で頭の奥が僅かに痛んだ。しかし、原因が分かっていれば恐れるほどの痛みではない。双魔はすぐに次の狙いを定めた。


 「双魔君!何をしたの!?」


 前からイサベルの声が飛んできた。顔は見えないが声を聞く限り驚いているのだろう。振り向くことなく大鷲の使役に集中するその姿勢は流石だった。


 「魔樹の種子を媒介に呪術をかけた!一気に殲滅できて万々歳だ!」

 「呪術!?反動は大丈夫なの!?」


 「人を呪わば穴二つ」、他者を対象とする呪術というものは基本的に行使した側にも何らかの害が及ぶ。強大な存在を一瞬にして滅ぼした大規模な呪術を使った双魔をイサベルが心配するのは当然だった。


 「大丈夫だ!呪いをするのは俺じゃなくて植物の方だからな!それよりムスペルヘイムの巨人を処理する!距離を取って旋回してくれ!」

 「っ!分かったわ!あまり無理しないでね!」

 「ん、了解」

 「グアッ!」


 大鷲はイサベルの指示に従って嘴の向きを変えると巨人たちの屍の上を飛翔し、炎の巨人から遠ざかる。


 (…………双魔君、凄いのは知っていたけどここまでだなんて……こんなの、”枢機卿カーディナル”の上位にも匹敵するに違いないわ……私が好きになった双魔君……一体……何者なのかしら?……)


 イサベルは双魔の実力を理解しているつもりでいた。話をしている時にあらゆる魔術に対する知識を耳にした。授業の解説などで見識の深さを感じた。オーギュストの一件で鮮やかで洗練された魔術の腕を目にした。

 自分と同じ年でガビロール宗家当主である父が認めるほどの卓越した魔術師だ。


 しかし、双魔の実力はイサベルの想像を優に超えていた。今の一連の流れで双魔はティルフィングの力を一切使っていなかった。つまり、双魔単独で巨人を三十体弱屠って見せた。


 双魔にどこか感じていた得体の知れなさが表に出てきたような感覚だ。いったいどれほどの力を秘めているのだろうか。きっと双魔はあの燃え盛る炎熱の巨人も倒してしまうのだろう。


 そして、その予測は大いに当たる。イサベルは数分後、愛しき人の更なる力を目の当たりにすることとなる。


 「ん……イサベルっ!この辺りでいい!旋回をはじめさせてくれ!速さはなくてもいい」

 「旋回っ!」

 「ピュイーーーーーーーー!」


 元居た場所から約四百メートルほど離れた位置で双魔の指示に従いイサベルは大鷲に旋回を命じる。大鷲の甲高い声が空気を震わせ、それを合図に旋回がはじまる。


 「ん……よっ………とっ!」


 ゆっくりと旋回をはじめた大鷲の背の上で双魔は立ち上がった。


 「ティルフィング、一回戻って、俺の足を押さえててくれ!」

 『む?分かった!任せよ!』


 双魔が左手のティルフィングを手放すと紅の淡い光に包まれて少女の姿へと変わる。


 ティルフィングは双魔に言われた通り大鷲の背にしゃがみ込むと両手で双魔の足をしっかりと支える。


 美しい黒髪がイサベルのサイドテールと同じように風に靡く。


 「ソーマ!これでよいか?」

 「ん……ばっちりだ!そのままでいてくれ!イサベルもしばらくこのままで頼む!」

 「ええっ!でも、何かあったら急に動きが変わると思うからそれだけは頭の片隅に置いておいて!」

 「ん……さて……スー……フー…………スー…………フー…………よしっ!」


 双魔は呼吸と共に体内の魔力の流れを整えた。そして、自由になった両手をムスペルヘイムの巨人たちの方へ向けると瞳を閉じた。


 「我が両の腕に宿りしは原初の法、神の御業。右腕は槌、左腕は鑿、空隙を削りて牢を成す……対象、イェク………………チャハール……パンジ……シェシュ……ハフト……ハシュト………」


 詠唱が進むと共に速さはないが決して止めることのできない灼熱の突撃を行うムスペルヘイムの巨人たちの足元に巨大な蒼白い魔法円が現れていく。大鷲が一度旋回するたびに一つ、また一つと魔法円が出現する。


 魔法円は浮き上がった地点に固定されることはなく、ムスペルヘイムの巨人たちが一歩前に進むと楔で留められたかの如く付いていく。


 「………………確立工程、省略……」


 一度止まった詠唱が再び紡がれ、それによって”神喰滅狼フェンリル”と”界極毒巨蛇ミドガルズオルム”、正確にはその上にいるロズールを守るように配置されている残りの二体の炎の巨人の足元にも蒼白い魔法円が現れる。


 「いざや、大悪を安らぎを与えん……”創造ブンダヒュン悪神の霊柩ディーブ・タブート”発動!」


 パンッ!


 双魔は鋭い声と共に閉じていた眼を見開き、両手の手を合わせ柏手を打った。決して力を込めたわけではないが戦場になり響く聖なる力の宿った柏手。


 それを合図にムスペルヘイムの巨人たちの足元に浮かび上がっていた魔法円が一気に上昇した。魔法円が灼熱の巨躯を透過する。それと同時に上昇した魔法円から下にあるはずの燃え盛る身体が消える。


 二つ、三つと同じ現象が続き、遂には十体全てのムスペルヘイムの巨人がその煌々と輝く姿を消した。その後には丁度、頭があった高さの宙に十個の魔法円が浮かんでいるだけだ。


 「……グルル…………」

 「…………」


 極致に近い魔術の気配を感じたのかそれまで動じることのなかった”神喰滅狼”は短く唸り声をあげ、”界極毒巨蛇”も舌をチロチロと激しく揺らした。


 双魔の目では捉えきれないがロズールが口元に笑みを浮かべて楽しそうにいる姿が脳裏に浮かんだ。


 しかし、まだ気を抜いてはいけない。今はまだ”創造”によって創り出した簡易空間にムスペルヘイムの巨人たちを個別に押し込めただけだ。双魔には為すべき工程がもう一つ残っている。


 「……フー…………旋回、止め」


 深く息を吹きながらぴったりと合わせた両の手を引き離す。双魔の静かな指示に従ってイサベルは大鷲の旋回をやめさせた。大鷲は最後にもうひと回転すると”黄昏ラグナロク残滓リズィジュアム”と水平になるように飛翔し正面にムスペルヘイムの巨人十体を捉えた。


 双魔は再び両手を前にかざした、そして、ゆっくりと拳を握り締めながら小さく口を動かした。


 「……”葬送ダファン”」


 十ある魔法円がすべて同時に収縮し、やがて宙へと消え去った。


 パリンッ!………………カツンッ!……カツンカツンッ!……カツンッカツンッカツンッ!


 その直後、広大な戦場では聞き取ることのできない高く小さな破壊音が鳴り、虚空より小さな赤い結晶が戦場に降り注ぐ。


 「……さて、ここからが本番かね?」


 暴虐の炎を一瞬にして討滅させた若き魔術師は改めて正面を見つめる。気だるげに片方の瞼を閉じながら、その身には神の放つ好奇の圧力を確かに感じていた。

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