第329話 初撃猛攻

 「ワオォォォォォォォーーーーーーーーーーン!」


 ”神喰滅狼フェンリル”の咆哮が戦場の空気を震わせる。さらに咆哮に乗せられた神気に身体中の肌がチリチリと焦がされるように痛んだ。


 「アッシュ!」

 (ごめん!もうちょっと!フェルゼンとイサベルさんは大丈夫!)


 双魔は咄嗟にアッシュに念話を飛ばした。数瞬前に振り返った時にはアイギスの障壁はまだ発動していなかったのだ。


 しかも、アッシュの返答は現時点からまだ少し時間がかかるというものだった。強固な結界障壁を全方位、中範囲に張るためには多少の時間が掛かるのは想定内。ロズールが時間を守らずに攻めてくるのも想定内だったが狙い澄ましたような嫌なタイミングだ。


 カラドボルグの重力網とイサベルのゴーレムだけでは強引に突破されてしまう可能性がある。アイギスの障壁が展開し終えていないのは不味い。


 そして、そこに不測の事態が重なった。


 「「「オォォォォオオン!!!」」」

 「何っ!?」


 ”黄昏のラグナロク残滓リズィジュアム”の中軍前列から三体の巨人が雄叫びを上げて走り出したのだ。一直線にこちらに向かって来る。


 前方の味方を吹き飛ばしながらの全力疾走だ。ちょうど三体の前で犇めいていた小型の竜や魔獣、鎧で武装した兵士が吹き飛ばされ宙を舞う。


 その巨体からは一瞬疑うような俊足でどんどんこちらに迫ってくる。


 「後輩君っ!いくよっ!」

 「っ!はいっ!」


 予想外の動きに思考が一時停止しかけた双魔の耳をロザリンの凛々しい声が叩いた。おかげで目の前の脅威へとスイッチが瞬時に切り替わる。


 「 ”死のボルグ・雲竜ドラグ・ウィロウ”っ!」

 「”紅氷の牢獄ルフス・カルケル”!」


 ロザリンは助走をつけ深碧の剣気を収束し貫通力を高めたゲイボルグを投擲、否、射出と言っていいほどの勢いで迫りくる巨人のうち右の一体に投げ放った。


 ほとんど同時に双魔は膨大な剣気を纏わせたティルフィングを逆袈裟に振り切った。中央と左の二体を紅の奔流が迎え撃つ。


 ヒュッ!…………ボッ!ブシュッ!……ビチャッ!ビチャ!


 「カッ…………」


 ガランッ!……ズンッ!……ドシャァァァー!


 ゲイボルグは音もなく巨人の胸に吸い込まれると巨大な心臓を刺し穿ち刃を炸裂させた。心臓が内側から弾け胸元から無数の刃が突出し人間よりも色の濃い臙脂の鮮血が地面に飛び散った。


 生命の中枢を失った巨大な肉塊は喀血と共に短く息を吐くとそのまま後方に倒れた。


 上方向からの膨大な質量をまともに受けた兵士や魔獣たちがまた息絶えた。


 「…………」


 一方、紅の奔流に飲み込まれた中央の巨人は全身を紅氷に覆われ氷山の如き氷像と化していた。


 「チッ!」


 しかし、双魔は片目を瞑って舌打ちを鳴らした。一体を仕留められたのはよかったが左の一体がティルフィングの解技を放った瞬間に身体を左に逸らしたのだ。


 的は大きいとはいえ大きければ僅かな動きでもそれなりに点は移動する。右腕、右肩は捉えられたものの仕留めきることができなかった。


 「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッン!!」


 ガシャァァァン!!


 「おいおい……」


 双魔の目には俄かには信じ難い光景が映っていた。右肩から先を紅の牢獄に囚われた巨人はあろうことか左手に握った槍の柄で凍てついた己の右肩を砕き拘束から逃れて見せたのだ。


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッンンン!!!」


 片腕を失った巨人は瀕死の獣と同じだ。凄まじい雄叫びを上げて前に崩れるように双魔目掛けて突進してくる。


 『ソーマ!来るぞっ!』

 「分かってるっ!って何ッ!?」


 今度こそ巨人を仕留めるためにもう一度ティルフィングを構えた双魔が目にしたのは隻腕の巨人の決死の跳躍だった。


 身長二十メートルの巨躯の跳全力疾走を助走とした跳躍は”紅氷の棘死地”を、双魔の頭上を超えていった。


 ズゥン!!!


 「オオオオォォンン!」


 巨人は地面を揺らして着地すると槍を握り締めて学園へと突っ込んでいく。


 「オオオ……オ……オオ……オ…………」


 しかし、そこには神話級遺物による虹の領域が待ち構えていた。


 「ここから先は行かせない!」


 学園をぐるりと一周囲む虹色の帯に飛び込んだ瞬間、それまで俊敏に動いていた隻腕の巨人の動きが鈍化した。まるで時の流れが緩くなったようだった。


 巨人は踏み入ってしまったのだ。世界の法則の一つである”重力”を操ることができる稀有かつ山脈を切り捨てる”虹閃の崩剣”カラドボルグの重力領域に。


 「……オ……オ……オ……」


 ただでさえ片腕を失い、瀕死の巨人に通常の百倍近い重力が襲い掛かる。手から零れ落ちた槍が地面にめり込んだ。骨は軋み臓腑が圧し潰される。それでも巨人は呻き声を上げ、目標へと手を伸ばした。


 「”虹輝くセブンカラー斥力グラビティ帯網メッシュ”に抗うとは……」

 『あれ、多少の弱体化はあるけど神代の巨人よー。これくらいはやるでしょうねー?』


 重力網の中でも動きを止めない巨人に驚くフェルゼンにカラドボルグが呑気な声で応えた。


 「…………オ……オ……」


 話をしている間にも巨人は手を前に伸ばす。万が一に備えてか巨人の真正面にはイサベルが体長三メートルほどの中型ゴーレムを十体集結させている。


 『あ、ほら!さっさとしないと指先が出そうよ。イサベルちゃんに面倒かけちゃう!』

 「それは不味いな!カラドボルグ、行くぞ!」

 『私は何時でも準備万端よ!』


 フェルゼンは助走をつけ屋上を蹴って高く飛んだ。カラドボルグの柄を両手で握り自分の背丈ほどの刃を頭上に振り被る。腕の筋肉が躍動し、着ていた制服の袖が少し破れる。


 跳躍したフェルゼンの身体は巨人のちょうど首の上だ。


 「オオオオオオオ!」


 そして、雄叫びを上げてカラドボルグの虹に輝く刃を渾身の力を込めて振り下ろした。


 「ズアアアアァぁ!」


 フェルゼンの鍛え抜かれた肉体、カラドボルグとの契約による身体能力向上が掛け合わせられ、さらに剣気による重力で威力が数十倍に引き上げられた豪剣の一閃が巨人の樹木の如き頸を裁断した。


 ズン!ズゥン!


 斬られた巨人の頭が地面に落下し、さらに槍と同じようにめり込んだ。


 「展開!”極大ヒュペルメガテス神聖壁トイコス半球ヘーミスパイリオン”!!」


 それとほぼ同時にフェルゼンの背後からアッシュの声が聞こえた。”選挙”の時に見せた半球の障壁が大規模になった解技(デュミナス)が発動した。これで双魔が予定していた四重の防衛線が成立したことになる。


 「フェルゼンとカラドボルグがやったみたい。アッシュ君とアイギスも障壁展開したね」

 「……ん、少し冷や冷やしましたけどね……」


 前線では双魔が親指でこめかみをグリグリと刺激しながら内心胸を撫で下ろしていた。しかし、今の攻防で僅かに拭いきれなかった油断はすべて消え去った。


 『ヒッヒッヒ!まあ、いいじゃねぇか!』

 『うむ!今度は我らの番だ!』


 ゲイボルグとティルフィングの声に双魔は再び視線を前方に向ける。


 緒戦は一先ず何とか奇襲を捌き切った双魔たちの勝利という結果になったのだった。


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