第276話 不慮の事故

 時はほんの寸刻遡り、ロザリンが白狼たちを迎え撃つ心を定めたころ。


 壁を蹴り、屋根に上り、慣れない激しい運動にあくせくしながら何とかロザリンを追っていた双魔は……蒼髪の少女に追われていた。


 そして、その蒼髪の少女をさらにティルフィングが追いかけていた。


 「貴様っ!待てっ!」

 「っ!私もお姉様とお話したい気持ちは山々なのですけれど!ご主人様のご命令に従わないわけにはいけませんの!お姉様の契約者、たしか双魔さんとか言いましたね!お待ちなさい!スコルとハティの邪魔はさせませんわっ!」

 「貴様こそ双魔の邪魔をするなっ!」


 ティルフィングは不機嫌な様子で剣気を纏い、蒼髪の少女の背に放つ。紅の剣気は空気を凍てつかせながら紅氷の矢となって少女に迫る。


 「くっ!お姉様!お話はまた今度にしてくださいましっ!」


 蒼髪の少女も負けじと跳び上がったまま身体を反転させると逆巻く髪を揺らして蒼い剣気を纏い、ティルフィング目掛けて放出する。剣気は蒼炎となって夜闇を照らしてうねる。


 凍気と炎熱が衝突している隙に双魔は足をさらに速め、屋根を強く蹴る。


 その時だった。かなり前方を駆けていたロザリンが動きを止め、光り輝くゲイボルグを投擲した。


 投げ放たれたゲイボルクは数条の光線となって追尾していた白狼二頭に襲い掛かる。


 (っ!?”選挙”の時に見せた解技デュミナスか!)


 双魔も見覚えのある解技だった。一頭は即座に反転し回避を図ったがもう一頭は果敢にもロザリンに突っ込んでいった。


 「ギャウンッ!」


 直後、悲鳴が響き渡り、凄まじい速さで槍撃を喰らった白狼が吹き飛んできた。双魔はそれを目で追い、後方で剣気をぶつけ合っているティルフィングと蒼髪の少女を顧みた。


 「ッ!?危ない!」

 「えっ?きゃああああーーーー!」


 思わず、危険を知らせる声が出た。白狼の軌道上に丁度蒼髪の少女の後姿があったからだ。


 「同士討ちとなってロザリンの救援に向かえる」、そんな考えは全く脳裏には浮かばなかった。

 気づけば叫んでいた。が、双魔の声に反応して少女が振り返った瞬間、力なく飛来した白狼の屈強な体は、純白のドレスに包まれた華奢な遺物へと衝突し、その衝撃で白いキャペリンが夜闇に舞った。


 意識を失ったのか、蒼髪の少女は態勢を崩し頭から落下する。


 「っ!?」


 今度は身体が勝手に動いた。前に踏み出していた左足を軸に無理やり身体を反転させる。


 「…………ぐっ!」


 おかしな動きをしたせいか足首に激痛が走る。が、構わずに浮いていた左足を地につけて落下する少女を目指して全力で屋上を蹴った。


 双魔のがむしゃらじみた目測は奇跡的に的中した。双魔は落ちてくる少女の僅か下に飛び込むことに成功し、交錯した瞬間にお姫様抱っこの要領で抱き留めた。


 しかし、少女を受け止めた衝撃で推進力が相殺され、その上軌道がずれて通りの真ん中へと落ちていく。剣気で身体能力が強化されてるとはいえただでは済まない。


 「ッ!ティルフィングっ!」

 「うむ!我にまかせろ!」


 咄嗟にティルフィングの名を呼ぶとすでに動いていたのか、蒼髪の少女を抱きかかえた双魔が落下速さよりを追い越してティルフィングが先に通りに降り立った。


 ドサッ!ズザザザザッ!!


 それと同時に蒼髪の少女に衝突し軌道を変え、倉庫らしきレンガ造りの屋根に跳ね上がった白狼がティルフィングから少し離れた場所に投げ出された。


 「おおーっ……っとソーマを助けねば!よいしょっと!」


 ティルフィングは双魔が落ちてくる地点に滑り込み両手を掲げた。


 そして、蒼髪の少女を抱いた双魔を両手で受け止める。見た目は少女の頼りない腕だがそこは遺物。しっかりと契約者の安全を守る。


 「すまん!助かった!下ろしてくれ!」

 「うむ!」

 「ぐっ……まずはあっちだな」


 石畳に下ろされた双魔は足の痛みに耐えながらそのまま屈んで少女の足を支えていた方の手を地面に当てた。


 「”封縛蔦バインドアイヴィ”!」


 大口を開け、舌をだらりと垂らし、ピクピクと痙攣するだけで起き上がる様子のない白狼のの周囲に淡い緑色の魔法円が出現し、シュルシュルと手足と顎を縛り上げていく。


 念のために二重、三重に蔦を絡め、白狼はあっという間に猟師に狩られ吊るしあげられた猪のようなってしまった。


 正体は不明だが魔力を帯びた蔦であそこまで拘束されれば恐らく動けまい。


 「取り敢えずあれで大丈夫だろ……さて、問題はこっちか……」


 双魔は片目を瞑り何と見えない表情を浮かべ、腕の中で目を覚まさない蒼髪の少女に目を向けた。


 「ソーマ、なぜこやつを助けたのだ?我を姉などという上にソーマの邪魔をする得体の知れない遺物だぞ?」

 「……何故って言われると……俺も身体が勝手に動いたとしか言えないんだが…………」


 双魔はグリグリと親指でこめかみを刺激して、ごちゃついた思考を整理しようとする。


 ティルフィングは不満そうに頬を膨らませているが、蒼髪の少女が双魔に直接危害を加えたことがない故か、一触即発といった雰囲気ではない。


 (……京で遭遇したときに千子山縣と取引するみたいな話してたしな……もしかするとこの前の神霊らしきと関係あるかもしれないし、ティルフィングのことも何か知ってそうだしな……少なくともあの白狼の正体くらい聞いておきたい……まあ、答えるかは分からんが……)


 宙を仰ぎ見て考えをまとめるともう一度、腕の中の遺物を顔を凝視する。


 純白の肌触りの良い衣に身を包んだ少女。肌はティルフィングと同じように透き通るように白く、輪郭、目、鼻、口の形、抱いた感覚も複製されたかの如く同じだ。


 違う点を挙げるとするならば巻き毛の蒼穹で染めたかのように美しい髪と感じる魔力だろうか。


 ティルフィングは心地の良い冷たさを放つが、蒼髪の少女は熱いのだ。触れている部分が実際に焦げたり、燃えることはない。しかし、炎を抱いているように熱い。


 それと、見た目の年齢がティルフィングよりも少し上な気がする。


 「起きぬのか?」

 「ん……起きないな」


 ティルフィングが目を覚まさない少女の顔を覗き込み、双魔が額に掛かった蒼髪に触れた、その時だった。


 「「ッ!?」」


 ゾクリと全身に刃物を突きつけられたような感覚に襲われた。ティルフィングも勢いよく立ち上がる。


 「ワオォォォォォォォォォオオン!」


 遅れて聞こえてきた凄まじい声量の遠吠えに空気が震える。


 「ソーマ……神獣だ」


 ポツリとティルフィングがそう呟いた。双魔はティルフィングの顔を見つめる。その紅の左眼が真実を語っていた。


 「……ロザリンさんが危ない」


 多少は状況が良くなったと思った矢先に予想不能の事態が降りかかってくる。


 「……んっ…………」


 双魔の絞り出すような声に、腕の中の少女はその蒼髪を揺らし、身じろぎをした。


 神獣と対峙するロザリンに一つ、ロザリンを心配する双魔に二つ、危機が迫っていた。


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