第258話 みんな、元気?

 ブー!……ブー!……!


 「ん?電話か?誰だ……鏡華?……何かあったのか?」


 双魔は自分の頼んだ掛け蕎麦をさっさと食べ終えて、ロザリンが最早見慣れた大量の朝食を食べ終えるのを待っているとポケットに突っ込んでいたスマートフォンが着信を示すために振動した。


 「ロザリンさん、ちょっと失礼します」

 「むぐむぐむぐ……うん…………」


 一言断りを入れるとロザリンは口をもごもごと動かしながら頷いた。


 「もしもし?ん、ああ、大丈夫だ……ん……ああ…………ちょっと待ってくれ……ロザリンさん」

 「もぐもぐ……ごくんっ……どうしたの?」

 「申し訳ないんですが、今日は評議会が終わった後帰っても大丈夫ですか?」

 「…………うん、いいよ。先週から毎日付き合ってもらってるし、後輩君の婚約者さん?にも悪いし……私も久々にゲイボルグとご飯にするよ」


 双魔に伺いを立てられたロザリンは一瞬、何かを考えるように間を開けてから快く頷いた。


 「了解です。ああ、今日は早く帰るよ……ん、ああ分かった。正門?ん……分かった……じゃあ、また後でな……」


 アパートで夕食を摂る旨を伝えると電話が切れた。


 (「正門を通れ」って…………何かあるのか?…………また、俺のことを待ってるのかね?)


 鏡華は何故か帰るときには学園の正門を通るように指定してきた。言われずとも通るがわざわざ指定してきたことには意味があるのだろう。


 鏡華は少し前にも双魔が通りかかるのを待っていたのでそういうことかもしれない。


 「……ご馳走様でした……ふー、お腹いっぱい!後輩君、行こうか」

 「あっ、食べ終わったんですか」

 「うん、そろそろ時間だよね?」


 手にしたままのスマートフォンの画面を確認すると確かに遺物科評議会室に行くにはいい時間だった。


 「そうですね、行きましょうか」


 双魔とロザリンは席を立ち、トレーを食器の洗い場に持っていくと食堂を出た。


 「すいません……突然帰ることになって」

 「ううん、大丈夫。後輩君がいないのは少し寂しいけど、今日は評議会のみんなに会えるから」

 「…………そうですか」


 歩きながらそう言ったロザリンは表情には出ないが、嬉しそうだった。


 「アッシュ君は去年ぶり、フェルゼンも久し振り、シャーロットって子には会ったことない。どんな子か楽しみ」

 「フェルゼンとも知り合いなんですか?」


 アッシュは去年も評議会役員だったので顔見知りなのは当然として、昨年までは評議会と距離を置いていたらしいフェルゼンとあまり姿を現さないロザリンに面識があるのは意外だった。


 「うん、一応クラスメイト、あと同郷だから……幼馴染?」

 「ん、そう言うことですか」


 納得がいったロザリンの先祖であるクーフーリンとフェルゼンの先祖であるフェルグス=マック=ロイは共にケルトの英雄であり、親友の間柄であった。


 その縁をたどればロザリンとフェルグスの関係に不自然さはない。


 話しながら階段を上り、リノリウムの廊下を少し歩くとすぐに遺物科の評議会室の前にやってきた。


 コンッ、コンッ、コンッ!


 『はーい!どちら様ですかー!』


 扉を軽くノックすると中からアッシュの声が返って来る。


 「俺だ」

 『あ、双魔!みんなもう揃ってるから早く入りなよー!』


 どうやら既に双魔とロザリン以外は席についているらしい。今期の評議会は実に根が真面目だ。


 「……お疲れさん」

 「副議長、遅いです。何処で油を売っていたんですか?」


 扉を開けた途端に、一番手前の席に座って、机に書類を広げていたシャーロットの刺々しい言葉が飛んできた。


 「まあまあ、シャーロットちゃんも怒らないで……双魔も授業の後にふらっといなくなっちゃうんだもん!せっかく一緒にお昼食べようと思ったのに……まあ、いつものことだから仕方ないけど!」

 「ん……ちょっと野暮用がな……」


 シャーロットをすぐにアッシュが宥めた、と思いきや拗ねたような表情で双魔に文句を言ってきた。


 「おお、双魔!今日は顔色がここ最近で一番いいな!」

 「ん……まあ、俺はフェルゼンと違って健康優良ってわけにはいかないけどな……」

 「ハハハ!おだてても何も出ないぞ?」


 双魔に爽やかに声をかけてきたフェルゼンは今日も鍛え上げられた肉体で身に纏った制服に悲鳴を上げさせつつ、眼鏡のレンズをきらりと輝かせている。


 三人とも、普段と変わらない反応で双魔の後ろにいるロザリンには気づいていない様子だ。


 「……実はな……」

 「やっほー、みんな、元気?」

 「…………ロザリンさん」


 双魔がロザリンが来ていることを知らせようとした瞬間、ロザリンは待ちきれなくなったのか双魔の後ろからひょっこりと顔を出し、ひらひらと部屋の中の三人に向けて手を振った。


 「「「…………」」」


 一方、手を振られた三人は驚いたのか、一瞬、凍ったように動かなくなった。


 アッシュに至っては持っていたペンが手から滑り落ち、机の上でコロコロと転がっていた。


 「ロザリンさん!?」

 「うん、アッシュくん、久し振り」

 「わー!会いたかったです!」


 ロザリンはするりと双魔の横を通り抜けてアッシュの傍まで行くと、アッシュは勢いよく立ち上がるとロザリンの手を握ってぶんぶんと振っている。


 「ろ、ロザリン……」

 「フェルゼンも久し振り。少しは強くなった?また、模擬戦、する?」

 「い、いや……ハハハハハ……それは考えさせてもらうが……兎に角、元気そうで良かった……」


 フェルゼンは珍しく顔を蒼くして乾いた笑い声を上げていた。


 (……あー……フェルゼンはロザリンさんのこと怖がってるのか……ま、何となく理由は予想できるが……)


 双魔が察するにフェルゼンは幼少のみぎりにロザリンにコテンパンに伸されたのだろう。


 ヒクヒクと口の端を痙攣させて、背を丸めるフェルゼンは少し新鮮だ。


 「……ん?」


 目の前で繰り広げられるロザリンとアッシュ、フェルゼンのやり取りを眺めていた双魔だったが、ローブを引っ張られたので視線を下げるとシャーロットがこちらを睨んでいた。


 「とりあえず、寒いので扉を閉めてください」

 「ああ、すまん」

 「……それで、あの人が噂のロザリン=デヒティネ=キュクレイン議長ですか?」


 毒舌と慎重さからくる軽度の人見知りなシャーロットは突然姿を現したロザリンに興味津々といった雰囲気だが、自分から話しかけようとはせず双魔に訊ねてくる。


 「ん」

 「……副議長はお知り合いだったんですか?」

 「ん、いや……最近な」


 その言葉にシャーロットの視線が鋭さを増した。


 「さては……最近、評議会に来なかったり、途中で帰っていたのは……まさか、三人目ですか?」

 「……断じて違う、ゲイボルグから直々にロザリンさんの話し相手になってくれと頼まれたんだ!神話級遺物の頼みを無下にできるわけないだろうが」

 「……本当ですか?」

 「本当だ……それで、お前さんはロザリンさんに興味があるように見えるお前はどうなんだ?」

 「……圧倒的な実力を持つ遺物科の議長、神話級遺物契約者、すれ違う者は性別を問わず振り返る美貌、それに普段は滅多にその姿を現さない。こんなに人の興味をそそる要素が並んでいて気にならない方が不自然だと思います」

 「……確かに」


 双魔にロザリンへの興味を見抜かれたのが気に入らなかったのかムスッとした表情でロザリンを見遣ったシャーロット。


 「あ…………」

 「…………」


 その視線はこちらを見ていたロザリンとばっちり重なった。


 ロザリンは無言のままこちらに近づいてきた。


 「……君がシャーロット=リリー?」

 「……はい、貴女がロザリン=デヒティネ=キュクレイン遺物科議長ですか?」


 上半身を傾けてずいっと至近距離でロザリンに顔を覗かれたシャーロットは一瞬たじろいだが、すぐに正面から見据え返した。


 「うんうん、そうだよ。私がロザリン。よろしくね、なんて呼んだらいいかな?」

 「……お好きなようにしてください」

 「うーん、それじゃあ、シャーロットちゃんだね……うん」

 「あっ!ちょっと!やめてください!」


 一つ頷くと何を思ったのかロザリンはシャーロットのストロベリーブロンドの頭に手を置いてわしわしと撫ではじめた。


 「うーん、なんか撫でたくなるね、君」

 「やめてください!」

 「あ、逃げられちゃった」


 不意を突かれて数秒為されるがままになっていたシャーロットだったが、立ち上がってロザリンから逃れるとそのまま書類がしまってある棚に向かい、分厚い紙束を取り出し、議長席の机の上にバサリと音を立てながら置いた。


 「議長は遊びに来たわけじゃないですよね!?早く仕事をはじめてください!溜まっているんですから!フー!副議長もさっさと座ってください!」

 「??怒られちゃったね?じゃあ、仕事、はじめようか」

 「……そうしましょうか」


 猫のように威嚇するシャーロット、威嚇されたロザリンは特に気にすることなく、今期初めての仕事に取り掛かる。


 とばっちりを受けた双魔もこめかみをグリグリと親指で刺激しながらのそっと副議長席に座った。


 (…………また、賑やかになりそうだな)


 双魔は苦笑いを浮かべてため息を一つ突くとやっと全員揃った遺物科評議会役員の面々を一度見回し、それから仕事に取り掛かった。


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