第250話 ”キュクレイン”という名

 「もぐもぐ……ごくんっ……はむっ……もぐもぐ……もぐもぐもぐ…………」


 しばらくすると、恐ろしいことに”ロザリンスペシャル”はその三分の二が消失していた。


 「…………美味しいですか?」

 「……もぐもぐ……ごくんっ……うん、美味しい」


 掛け蕎麦など時間をかけて食べるものでもないのでさっさと食事が済んでしまった双魔はただ、黙々と無表情で手と口を動かし続けるロザリンの横顔を見ていた。


 「そう言えば……」

 「もぐもぐ……ごくんっ……?どうしたの?」

 「今日はゲイボルグはどうしたんですか?」


 双魔は昨日と同じようにゲイボルグが意図の掴みにくい冷やかしを入れてくるものだと思っていたが予想に反して、ゲイボルグは一度も姿を見せない。


 「今日は二人で仲良くなってって、言ってどこかに行っちゃったよ?」

 「そうですか…………」


 (アイツは俺に何をやらせたいんだ…………)


 神話級遺物にこちらの常識で当てはめようとすること自体が馬鹿馬鹿しいことなのだが、双魔にも都合があるのでその辺はゲイボルグにも考えてもらいたいと思わざるをえない。


 「……後輩君」

 「ん?なんですか?」


 双魔が心中でゲイボルクへの文句を渦巻かせていると今度はロザリンから声が掛かってきた。


 「はむっ……むぐむぐむぐ……ごくんっ……後輩君の契約遺物はどんな子?」

 「ティルフィングのことですか?」

 「うん、私は小さい頃からゲイボルグと一緒だから。最近契約したばかりだって聞いたから気になった」


 どうやらゲイボルグは双魔のことはロザリンに色々と話しているらしい。


 「…………そうですね…………」


 双魔は朝家に置いてきたティルフィングの寂しげな顔を思い出す。今日はサロンもなかったらしいので家で左文と留守番をしているはずだ。


 (…………今度何か甘いものでも食わしてやるか)


 向こう数日はロザリンのことで構ってやれる時間が減るため、罪悪感から逃れられない双魔だが、脳内には満面の笑みを浮かべる楽し気なティルフィングの記憶が圧倒的に多い。


 「素直でいい子ですよ。色々事情があって……他の遺物たちと違って普通の子供と変わらない感じですかね。妹が出来たみたいな感じで…………」

 「そっか……後輩君は一人っ子?」

 「ええ、そうですね……ロザリンさんは兄弟姉妹はいるんですか?」

 「私?うーん……分からない、かな?はむっ……むぐむぐむぐ……」

 「分からない……ですか?」

 「うん、私はおばばに育てられたから両親も知らないし」

 「…………それは」


 他愛ない世間話のつもりが何とも重そうな方向に話が行きついてしまい気まずそうにする双魔に気づいたのかロザリンは「気にするな」とばかりに胸元で手を振った。


 「むぐむぐもぐ……ごくんっ……気にしなくていいよ。私にはおばばがいるし。おばばが親代わり。後輩君はおばばのこと知ってる?」

 「いや……おばばと言われましても…………」

 「スカアハって言って影の国で女王やってるんだけど、知らないかな?」

 「…………は?」

 「知らないかー」

 「いや……知ってますけど、冗談じゃないですよね?」

 「?うん、本当だよ?私、クーフーリンの末裔らしいからね」

 「…………それはなんと、まあ…………」


 双魔が間の抜けた顔で間抜けな声を出すのも無理はない。


 ”スカアハ”と言えばケルトの異界、大英雄クーフーリンの修行の地である”影の国”の女王にしてクーフーリンの師に当たる存在だ。


 異界の女王の存在は人の身から神霊に昇華され、世界第三位の魔術師初代マーリンと同じく、幾星霜の時を人の世を眺めて過ごし、現代においても強大な影響力を持つ希代の戦闘女王である。


 (そう言えば……”キュクレイン”はクーフーリンの別称だったな…………そういうことか…………)


 ロザリンの名、血統、育ての親がスカアハ、そしてゲイボルグの契約者であること。これらを掛け合わせると彼女がどのような存在であるか合点がいった。


 今目の前で黙々と食事をしている少女は紛れもなく、根本から世界を担うであろう傑物であった。


 「でも…………」

 「……ん、どうかしましたか?」


 話ながらも粗方食事を終えたロザリンがポツリと呟いた。


 「後輩君も私と同じ匂いがする」

 「それは……どういうことですか?」

 「うーん……師匠が凄い…………ドラゴンだったり?そんな味がした」

 (…………鋭い)


 ボーっとしているようで凄まじい観察力と洞察力があるのか、はたまた野生の勘なのかロザリンの予想は当たっていた。確かに、双魔の魔術の師は竜だ。


 「…………っ!」


 しかし、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。ロザリンの”味”という一言に昨日突然頬を嘗められたことを思い出した双魔は思わず右手で自分の頬を撫でた。気のせいか熱くなっている。


 「ふー……ごちそうさまでした。お腹いっぱい」


 双魔が煩悩に囚われている隣でロザリンは大量にあった料理をペロリと平らげ満足そうにお腹を摩っている。


 「……後輩君」

 「…………ん……はっ!な、なんですか?」

 「ティルフィング?って言ったっけ?私も話してみたいから、明日連れてきて欲しいな?」

 「ティルフィングをですか…………」


 人見知りのティルフィングがロザリンにどんな反応を示すか少し不安だが、「食べることが好き」という共通点があるので案外仲良くできるかもしれない。そもそも、ティルフィングの人見知りは最初だけでそれが済めば人懐っこい。


 「分かりました。明日連れてきます」

 「うんうん、それじゃあ、もう少し話そうか?」

 「…………そうですね」


 それから、双魔とロザリンは食堂で様々なことを話して親睦を深めた。


 あれだけ食べたにもかかわらず足りなかったのかちょくちょく頼んではロザリンの前に料理が運ばれてくる。夜が更けてからは客もほとんど来ないのでおばちゃんたちも暇なのだろう。


 そして、何故かおばちゃんが双魔を見る目が興味津々と言った感じだった。


 会話はほとんどロザリンに聞かれたことを双魔が答えると言った感じだったがずっと話しているとロザリンの無表情の中にも色々と判別が出来るようになってきた。


 「うんうん、楽しかった……じゃあ、また夕方に会おうね」

 「ええ…………了解です………また、後で」


 日が地平線から昇る兆しが見えた頃、短い時間の中でも距離の縮まりを感じる挨拶を交わす双魔はロザリンと分かれて学園を出た。


 眠気と闘いながらふらふらとアパートに帰ると待っていてくれた左文に礼を言ってリビングのソファーにうつ伏せで倒れ込む。


 眠気眼でアッシュに授業を休むと連絡するとそのまま双魔の意識は眠りへと落ちていった。

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