第四部『深碧の女帝は食べるのがお好き?』プロローグ

第215話 女王の戒め

 窓の外の空が白んでいく。沈んでいた太陽が地平線からその神々しき姿を取り戻す。


 夜を煌々と輝く橙へと染め上げていく。


 闇の世界は光の世界へと反転する。それがこの世界の摂理だ。


 少女はそれを見届けるとベッドに潜り込む。


 今日もまた少女の、呪われし一人の少女の変わりない一日はそうして終わった。


 天蓋付きの豪奢なベッドの上で柔らかな羽毛布団に包まれた少女はすぐに穏やかな寝息を立てはじめた。


 そして、眠りについた少女は夢を見る。いつも、いつも見る夢だ。


 厳しくも慈愛に満ちた育ての親、気高き影の国の女王の声が聞こえ、幼き日の記憶が蘇る。


 『……リ……ロザ……ン…………ロザリン、よいか?よく聞け……ええい!もう少ししゃんとしろ!』


 聞き慣れた声が、やれやれといった様子で自分に呼び掛けてくる。


 暗くて顔はよく見えないが、質素で威厳のある雰囲気の女性、女王が玉座に腰を掛けてこちらを心配げに見ている。


 幼い頃から何も考えていないことが多かった。それに、話すことは少なかった。


 見る目のない人々はそれを「落ち着きがあり、知性と気品に溢れている」と評したが女王とゲイボルクは自分の本質がしっかりと見えていたのだろう。


 『何度も言っているがよく聞け。お前は、夜に眠ることはまかりならん』


 どうして?みんなは昼にはたらいて、夜にねむっているのに、どうしてわたしはいけないの?


 聞き返された女王の毅然とした表情が少し憐れみを浮かばせた。


 『それは……お前のその眼、閉じたままの右眼が原因だ。その忌まわしき瞳は夜に厄災をもたらす。しかし、お前が眠りにつかなければそれは抑えられる。よって、お前は昼に眠り、夜に鍛錬に励め、これは妾のもとを離れてからも変わらぬ。そして、お前を守る誓約ゲッシュでもある。よいな』


 うん、わかった、昼にねる。


 『…………本当に分かったのか?…………ゲイボルク、ロザリンをしっかりと見てやれ、頼んだぞ』

 『わん!』


 隣に行儀よくお座りをしていた深碧の毛が美しい大きな犬、ゲイボルクが返事とばかりに一鳴きした。


 幼き私が自分より大きなゲイボルクの顎の下辺りを背伸びしてわしゃわしゃと撫でてやるとゲイボルクは嬉しそうに尻尾を振った。


 『あとは……然るべき男を選んで婿にできれば…………ああ、出来ることなら大喰いもやめて欲しいが…………』


 案外、親バカなのか女王はぶつぶつと呟きはじめるが、幼い私の耳には入らない。


 無表情のままゲイボルクを撫で続けている。


 その様子を見た女王は一つ溜息をつくと改めて口を開いた。


 『よいか、もう一度言っておく。ロザリン、お前は決して夜に眠りについてはいけない……光の加護がない時間に眠ってはいけない……ゆめゆめ、忘れないようにな……』


 女王の戒めの一言で誓約を思い出され、夢は終わる。その後、夢なき本当の眠りが訪れるのだった。


 「…………」


 部屋の主が穏やかな寝息を立てはじめると床に寝そべっていた大きな犬がのそりと身体を起した。


 「……嫌な予感がびんびんするな……それにそろそろロザリンの婿の当りもつけなきゃならねえし……おー、そうだ、アイツ……双魔なんていいかもな。面白そうな臭いもするし……もうすでに何人か女がいるみたいだが、一人くらい増えても問題ないだろ……男に興味なんて芥子粒もない我が主だが……もしかしたらもしかするかもな!ヒッヒッヒッヒ!」


 朝日が注ぎ込みはじめた塔の一室に深碧の槍犬の悪巧みが静かに響いていた。


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