第196話 当主として、父として
「お、おおお……」
一方、決闘責任者として不測の事態が起きれば介入せんと構えていたキリルは感嘆の声を上げていた。
目の前では高度な魔術戦が繰り広げられていた。
一進一退に見えるが、目の前で一族、一門固有のゴーレム使役術を鮮やかに封殺された。
(ホテルでの振る舞いといい多少、大物に見えたが、いやはやここまでとは……)
オーギュストが決闘を言い出した時、内心、双魔に勝ち目が少ないと思いなるべく穏便にことを済ませようと試みていたのだが失敗した。
神話級遺物と契約しているとのことだったが、魔術師としての実力は正直、量りかねていたからだ。
しかし、いざ始まって見るとどうか。懸念無用とばかりに愛娘が自ら連れてきた少年は七大国の一角聖フランス王国において希代の魔術師、多くの門下を抱えるガビロール一門の中でも次代のトップの一人と目されている名門ル=シャトリエ家の嫡男と互角に渡り合っている。
(……オーギュストくんのゴーレムの多量生成術も見事だが…………)
まだ、お互い手の内を全て出しているとは到底思えないが、常時、冷静さを保ち、地に足を着いている双魔の方が、やや勇み足を踏んでいるオーギュストよりも有利であるとさえ感じる。
「双魔君は……」
「……ベル?」
ここまで黙って隣に立ち、決闘を見守っていたイサベルが口を開いた。
意識しているわけではなく自然に出た言葉のように聞こえる。決闘から目を逸らすわけにはいかないので、耳を傾ける。
「…………双魔君は本当にすごい魔術師なの。同い年で、名門であるガビロール家の次期当主であることが決まっている私なんかよりも、ずっと」
「…………」
「冷静さを失わずに広い範囲でものを見ているし……常に最小限で有効な手を撃つことが出来ます。知識も、見識も……学園長に直接頼まれて講師をやっているくらいだから多くのものを持っていて…………教え方もとても分かりやすいし…………」
目前ではまた、一体、二体とオーギュストのゴーレムが緑の塊となり果てている。
「それに……優しくて…………私の全てをあげてしまっても…………」
「…………」
一瞬だけ、目の前の決闘から目を逸らし、静かな語り口でポツリポツリと言葉を紡ぐ娘の横顔を見た。
気丈なるその顔は妻を思わせる強さを、そして、一切、双魔から逸らされない眼差しからは一途な、一人の女としての風格を放っていた。
「…………そうか」
唯一言、イサベルの本心に触れたキリルは父親として唯一言呟くのみだった。
(こんな事態になったのは僕の不徳の致すところだ……魔術師としてではなく、一人の親として娘に任せるべきだった)
大家の一人娘として、早めに身を固めた方が良いだろうという親心が悪く働いた。
愛娘は自分自身でしっかりと自分の全てを捧げてもいいと思えるほどの相手を見つけていた。しかも、現状を見る限り、申し分はないほどの若者だ。
(伏見くんの人柄についてはサラが調べさせているようだったし…………)
サロンで一門、サラの実家の人間がいたのは調べた情報をさらに渡すためだろう。そして、今の時点でサラから何の連絡もないということは、サラは双魔を認めたということに他ならない。
(オーギュストくん……それと、ル=シャトリエの当主には悪いけれど、ベルの気持ちを優先させる方が良いというのがガビロール本家、当主としての僕の判断だ…………この決闘、恐らくは伏見くんが勝つ…………その後、どうするかを考えるのが僕の責務だ!)
決闘の推移を見ながら、キリルは魔術の一大家の当主として、後事の処理を全うし、万事遺恨なく済ませることを誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます