第192話 詳細不明

 イサベルとサラがお茶会を開いている頃、オーギュストは階下の自ら取った広い部屋に籠っていた。


 ことが順調に進み、今日中に美しきイサベルをものにできた際に彼女を連れ込むために取った優雅な内装の最高級もスイートルームだ。


 しかし、部屋の雰囲気と正反対にオーギュストの表情は苦虫を噛み潰した如くだ。


 「クソッ!…………念のため調べておいて良かった……あのガキ……まさかこんなところで僕を邪魔してくるとは……」


 椅子に座ったオーギュストは机の上に十数枚の紙束を置き、一番上の一枚を手に取ったところだった。


 週の頭に屈辱を受けてからいつか目にものを見せてくれようとひそかに決意し、出来る限りの筋から入手した伏見双魔の情報だ。


 「……………………」


 一枚を読み終えると紙束の横に置き、二枚目に手を伸ばす。


 そうして一枚一枚、資料に書かれた伏見双魔についての情報を精読しながら頭に叩き込んでいく。


 万事に置いて情報を制したものが勝負を制する。これは史に則った、確定した事実である。


 相手の癖や使用する魔術を知っておけばそれだけで対応策を練ることが可能となり、うまくいけば弱点さえ看破し、そこを攻めることもできる。


 「…………なんだこれは?」


 が、三枚目を読み終わり、四枚目に差し掛かったあたりでオーギュストの眉間に大きな皺が刻まれた。


 原因は今読んでいる伏見双魔についての資料に他ならないのだが、これがオーギュストの想定外だった。


 ここまで、資料の約三分の一を呼んだ訳なのだが大した情報が書かれていないのだ。


 氏名からはじまり、学年、所属クラスや交友関係、使用が確認された数種の魔術などは書かれているが、要点と推測される情報が悉く「収集不可」と記されている。


 確かな裏の情報筋に大金をはたいて依頼したのだがこれでは金の出し損だ。対策になど繋がりもしない。


 「いや……資料はまだ半分以上ある……ふーー……慌てることはない」


 このようなときに冷静さを失っては敗北に一歩足を進めるに等しい。オーギュストは深く息を吐いて心を静めると残りの紙に手を伸ばした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「……なんだこれは…………なんなんだこれは!!?」


 ガタッ!バンッ!


 「フー!……フー!……なんなのだ!?これは!?」


 十数分後、オーギュストは勢いよく立ち上がり、机に両の手を叩きつけた。


 理由は実に単純である。資料の残りも大した情報が記されていなかったのだ。


 しかも、最後の一枚には「何者かの意思によって対象に関しての情報の守秘が図られている可能性が高い。出来る限り、対象との接触は避けるよう忠告する」という一文で締めくくられていた。


 冷静さを失わないように意識しているだけで、既に冷静さを欠片も残していないオーギュストにはこの一文が自分を馬鹿にしているようにしか読み取れなかった。


 その筋のプロの親切な忠告であったにもかかわらず。だ。


 これまでの二十数年の人生において、全てはオーギュストの想定内で動いていたが故に、想定外、不測の事態に極端に弱いのがオーギュストの欠陥だった。


 「クソッ!!伏見双魔め…………」


 バンッ!!バンッ!!


 再び机に両手を叩きつけた直後だった。


 コンッ、コンッ、コンッ。


 部屋のドアが静かにノックされた。


 「…………」


 ギロリとそちらを睨む。恐らくホテルの従業員だろう。何の用で来たのかは知らないが今は相手にしている時間はない。


 例え情報が乏しくとも作戦を用意しておくだけでも格段に違ってくる。


 「……相手の情報が十分でないなら手出しする暇を与えず一気呵成に攻める方がいいはずだ……どう攻めるか……」


 ノックを無視して腕を組み、脳内で模擬戦闘を開始する。


 コンッ、コンッ、コンッ。


 再びドアがノックされる。しっかりと教育がなされていない従業員なのか中々にしつこい。さりとて、今、オーギュストがすべきことは従業員への応対ではない。


 「…………」


 無駄な思考をそぎ落としつつ、憎き伏見双魔と対峙した光景を明確にしていく。


 コンッ、コンッ、コンッ。


 が、三度のノックに集中力がかき乱される。


 「チッ!何の用だ!僕は忙しいんだ!!」


 これ以上続くようなら今出てしまった方がましだ。


 ツカツカと殺気立った足取りでドアに近づくと鍵を開き、チェーンを外して勢いよく扉を開いた。


 「しつこいぞ!一体何の用だ!?…………は?」


 ドアを開け、そこには自分の剣幕に少し怯えた様子の従業員が立っていると思ったのだが、なんと扉の前には誰もいなかった。


 「…………っ!?」


 悪戯かと思い廊下に顔を出して左右を見るが人の気配はない。そもそもこの階にはオーギュストの部屋の他にもう一室しかなく、エレベーターや階段もここからは離れたところにある。


 「……チッ!何なんだ!一体!」


 バタンッ!


 肩透かしを食らった苛立ちを込めて、乱暴にドアを閉めると部屋の中に戻る。


 そして、少々下を向いていた顔を上げた瞬間、オーギュストは目を剥いた。


 「ごきげんよう……フフフ、とてもをお持ちですわね」

 「なっ……!?」


 言葉を失ったオーギュストの目には一人の見慣れぬ少女が映っていた。

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