第190話 濡れ鼠、一休み
枯れ果てた一帯が回復の兆しを見せていることを確認した双魔はルサールカの待つボジャノーイの家に来ていた。
「ルサールカ、帰ったぞー!」
「お帰りなさい、あなた。あら、双魔さんも!いらっしゃい!」
「お邪魔します」
ルサールカが明るく出迎えてくれる。
のしのしとボジャノーイは奥に入っていくとバスタオルを手に戻ってきた。
「ほら、坊主使え!」
「ん、ありがとさん」
双魔は投げてよこされたバスタオルを受け取ると濡れた頭をガシガシと拭きはじめた。
(……そう言えば何か忘れているような…………)
そう思った時だった、丁度、こちらを見て首を傾げていたルサールカと目が合った。
「何ですか?」
「いえね?汚れちゃってるけど、双魔さん今日はスーツなんて着て……何かあったのかしらと思って……」
「おー、そう言えば今日の坊主はいつもと違ってパリッとしてると思った」
吞気に酒瓶を傾けてグラスに酒を注いでいるボジャノーイも口を揃えて双魔の服装について言ってきた。
「…………あー」
沈黙の後、双魔は短い声を出して自分の身体を見た。
ローブはぐしょ濡れ、スーツは所々泥が跳ね、スラックスの足元と革靴に至っては完全に泥まみれだった。
双魔の顔がどんどん青くなり、元々青いボジャノーイよりも青くなる。
「そ、双魔さん?いったいどうしたの?」
「……実は…………」
心配げな表情をするルサールカに手短に今置かれている事態、イサベルの見合い作戦の内容を説明する。
「…………それは……大変ね……」
「ゲロロロ!女を二人もものにするなんて坊主もやるじゃねぇか!」
「あなたは少し黙ってて!」
「…………はい……」
茶々を入れてきたボジャノーイは妻に一喝されて、しょぼくれてしまった。
「今から戻るんでしょう?」
「はい……」
心配させてはいけないので決闘云々については言わなかったが、それでもルサールカは心配そうだ。
「分かったわ、それじゃあ、とりあえずお風呂に入ってらっしゃい!沸かしてあるから!」
「は?」
「いいから、早く!その間に服の汚れはどうにかしておくから」
「え、あの、ちょっと……」
「いいから、早くなさい!時間もないでしょう!」
「は、はい!」
あれよあれよという間に双魔は風呂場に押し込まれ、脱いだ服はルサールカに持ち去られてしまった。
こうなっては大人しく入浴する他ない。渋々。身体と頭を洗った双魔はアパートのものよりより少し広い湯船にとっぷり浸かるのだった。
「おい、坊主―」
風呂に入って数分も経たない内に扉の向こうからボジャノーイのガラガラ声が聞こえてきた。
「何だー?」
「洗濯終わったってよ」
「は?もう終わったのか?」
「ああ、とりあえずパンツとインナー、それとシャツとズボンはカゴに入れとくからな。着替え終わったら出てこいよー」
「わ、分かった…………」
返事をすると浴室の外でバタンと音がした。ボジャノーイが脱衣所から出ていったのだろう。
(…………泥汚れってそんなに簡単に落ちるのか?……というかスーツとかは普通クリーニング屋に預けるもんじゃないのか?)
何とも家庭的な疑問が浮かんだ双魔だったが、服が綺麗になったのならさっさと風呂から上がって着替えてしまった方がいい。
湯船から出て用意しておいたタオルで全身を拭いて脱衣所に上がると洗濯籠の中には綺麗に折りたたまれたシャツやズボンが入っていた。
とりあえずパンツと下着を身につけシャツとズボンを広げてみる。
「…………真っ白だな」
泥が跳ね、泥水に浸ったはずのシャツはさっぱりと汚れが落ちていた。
首を傾げながら着替えて、脱衣所からリビングに移動する。
「……お風呂頂きました」
「あら、双魔さん、出たのね!スーツとローブももう少しで乾くと思うからそこに座って待っててね。ベストとベルトはそこに置いておいたわ!靴も表面の泥を拭きとっておいたから!」
台所に立って何かをしているルサールカが振り向かずにそう言った。
「了解です」
双魔はベルトを着けて、ベストに袖を通す。
この後、ネクタイも締めなくてはならないので少しだらしないがボタンは開けたままにして、スリッパから革靴に履き替えた。
食卓ではボジャノーイがグラスを傾けていた。分かりにくいがよく見ると既に顔が赤くなっていた。
「おう、坊主、その銃、もしかしたら水が入り込んでるかもしれないからちゃんと見ておいた方が良いぜ」
ボジャノーイは食卓の上に置かれた双魔の回転式装飾拳銃を指差した。
「ん?ああ、そうだな……よっこらせっと!」
少し爺臭い掛け声と共に椅子に腰掛けた双魔は銃を手に取り慎重に解体していく。
「…………」
「ゲロロロ!手際が良いもんだぜ!」
「……まあな」
双魔が銃のメンテナンスをしているのを見てボジャノーイは楽しそうに笑う。
「ん……少し濡れただけで特に問題もなさそうだな」
「双魔さん、お茶が入ったわよ。もう少しで乾くから待って頂戴ね?」
「ああ、ありがとうございます」
部品の水滴を拭きとり、丁度、銃を組み立てようとしたタイミングでルサールカがマグカップを持ってきてくれた。
中には琥珀色の飲み物が注がれ、湯気を上げている。
カップを手に取り少し啜ると、馴染みのある刺激とそれを包むような甘さが口の中に広がった。
「ジンジャーティーですか?」
「ええ、身体が冷えるといけないでしょ?」
ルサールカはお茶目に目配せをするとまたキッチンに戻っていった。
それからしばらくはボジャノーイとくだらない話をしながら銃を組み立て、ジンジャーティーを楽しんだ。
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