第178話 双魔の秘密?

 ホテルの中に入ったイサベルと双魔はフロントの前を早歩きで通過すると丁度来ていた上階行のエレベーターに乗り込んだ。


 「何回でお降りになりますか?」

 「十五階をお願いします!」

 「かしこまりました!それでは上に参りまーす」


 他に乗る人がいなかったのかエレベーターは二人を載せるとそのまま出発した。


 「…………」

 「…………」


 古めかしい作りのエレベーターなせいなのか上昇する速さがそこまで速くない。


 エレベーターガールも特に話しはしないので妙な沈黙が密室に漂った。


 そうなると双魔とイサベルの目はそれぞれ交互にいく。


 改めて見ると双魔の目に映ったイサベルはいつもと雰囲気が大分違っていて緊張を思えさせた。


 イサベルの目に映った双魔もいつもの優しさを凛々しさが包んだようでどうしようもなく輝いて見える。


 ふと、二人の視線が交わった。そして、先手を制したのは双魔であった。


 「その……なんだ、今日はいつもより綺麗だな。いや、勿論、いつもも綺麗だが……」


 双魔がこめかみをグリグリと刺激して、煮え切らない口調で放った言葉に、イサベルは一瞬、呆けたような顔をしたが、言葉の意味を処理し終わるとすぐに頬を染めた。


 「あ、ありがとうございます……じゃなくて!ありがとう…………その、双魔君もその格好似合ってるわ……素敵だと思う……」

 「ん、そうか…………」


 言う側だと分からないが言われる側になってみると何ともこそばゆい。


 照れ臭さに耐えかねて階数掲示に目をやると丁度十階でエレベーターは止まった。


 扉が開くとシルクハットを胸に抱えて、ステッキを手にした老紳士が乗り込んでくる。


 それを切っ掛けに二人の会話はまた途切れた。が、扉が閉まったと同時に双魔の左手が温かいものに優しく包まれる。


 手元を見るとイサベルの手が双魔の手を握っていた。


 「…………」

 「っ!…………」


 双魔も優しく手を握り返すとイサベルは少し肩を震わせたが、より強く手を握り返してきた。


 そのまま、残りの階を昇る間二人で手を繋いでいた。


 チーン!と言う音がエレベーターの中に響き渡る。


 「十五階でございまーす!」


 続けてエレベーターガールがいやに明るい声を出すと扉が開いた。


 二人は繋いでいた手を離すと目的だった十五階に降り立つ。


 「ん、ここか?」

 「ええ、そこのサロンで顔合わせをすることになっているわ。お父様ももう待っているはずよ」


エレベーターを降りるとすぐそこに如何にも豪奢そうなサロンのフロントが姿を現した。


 「そ、それじゃあ、よろしくね……双魔君」


 イサベルが緊張した面持ちで見つめてきた。やはり、不安は拭いきれないのか濃紺の美しい鷹眼石のような瞳が揺れている。


 「ん、大丈夫だ。何しろ俺はイサベルの恋人だからな」


 そう言ってわざとらしく笑うとイサベルはきょとんとした後、照れたように俯いた。が、次に上げた顔に不安は残っていなかった。


 「ええ!それじゃあ、行きましょう!」

 「ん」


 笑みを浮かべるイサベルに短く返事を返すと二人でサロンのフロントに近づいた。


 フロントには黒スーツに身を包んだ長身の男性が立っている。彼が受付だろう。静かに立ってはいるが、双魔にはその内に猛々しさを隠しているように見えた。


 「ここで人と待ち合わせをしているのですが」

 「入場証はお持ちでしょうか?」

 「ええ、ここに」


 イサベルが父から渡されていたサロンへの入場証を提示すると受付の男性は二つ折りのそれを開いて確認すると頷いた。


 「はい、結構です。どうぞお入りください」


 確認した入場証を二つ折りに直すと両手でイサベルに差し出す。

 

 「それじゃあ、行きましょう」


 イサベルが入場証を受け取りサロンへと足を踏み入れたのに続いて双魔も入ろうとしたその時だった。


 「お待ちを」


 受付の男性が双魔の前に立ち塞がった。


 「ん?……なんだ?」

 「入場証を提示していただきたいのですが……」

 「…………いや、今入った女の子の連れなんだが……」


 その言葉を聞いた受付の男性は冷たい眼差しを双魔に向けた。その視線には確かな敵意と微かな侮蔑が込められていた。


 「このサロンへの入場証は一人一枚ですので、お入りいただくことは叶いません」


 受付の男性の強い口調にイサベルが振り返ってこちらを見る。その顔には再び不安が浮かび上がってしまっていた。


 (大丈夫だ。すぐに追いつくから先に入ってろ)


 そう念じながらイサベルに目配せを送る。


 「…………」


 双魔の意図を汲んでくれたのかイサベルは頷くと背を向けてガラス張りの扉の奥に消えていった。


 視線を目の前に戻すと相変わらず黒スーツの男が冷ややかな目で双魔を見ていた。


 「入場証がないのならば今すぐにお引き取り願いたい……そうでなければ、お分かりですね?」


 高圧的に言うと内ポケットから短杖を取り出す。見立て通り魔術師だったようだ。それも実力はそこそこありそうだ。


 しかし、双魔は動揺することなく、片目を瞑ってこめかみをグリグリと刺激し、”やれやれ”という表情を浮かべ余裕を見せつける。


 「そんなこと言われてもな…………どうしても入らなきゃならないんだな、これが……入場証以外に入る方法はないのか?」

 「ないことはないですよ?このサロンは魔術協会の主催ですからね……一定以上の位階をお持ちの方々なら自由に出入りが可能です。まあ、貴方は見たところ魔導学園の一生徒のようですし……痛い目を見ない内にさっさとここを去ることです」


 (…………何だ……魔術協会主催なのか、ここ)


 確かに男が立っていた場所の後ろの壁には魔術協会の紋章である黒竜と杖の紋章が大きく描かれていた。


 「さあ、さっさとここを去りなさい。私も仕事がありますので」


 受付の男は意地悪そうに口元を薄く歪めると双魔の胸元に短杖を突きつけた。


 「分かった分かった。じゃ、手短に済まそう。ちょっと待ってくれ」


 双魔は如何にも面倒くさそうな顔をするとスーツの胸ポケットに手を突っ込んだ。


 「何をするおつもりですか?」


 その行動に警戒をより強めたのか受付の男の身体に力が籠る。


 「これでいいか?」


 双魔はポケットから取り出したを掌に載せて受付の男に見せる。


 「何ですか?これ……は…………っ!」


 双魔の掌の上に載せられた金色の小さな徽章。それを見た受付の男はそれまでの不遜な態度は何処へやら。


 まず、絶句し、次に手に握っていた短杖を取り落とし、顔を青くして、最後に居住まいを正して直立した。


 「ご、ごごごご無礼をた、たたた大変失礼いたしました!」


 顔中に脂汗を浮かべて、視線は冷ややかなものから、畏怖へと様変わりした。


 「ん、じゃあ、入っていいか?」

 「も、ももも、もちろんです!ささっ、どうぞこちらへ!」


 態度が豹変した受付の男は扉の傍へ行くと扉を開いてくれた。


 「ありがとさん」

 「た、大変申し訳ありませんでした……重ねてお詫び申し上げます!どうかごゆっくりお過ごしください!」


 恐縮しすぎている受付の男性に双魔は思わず吹き出してしまった。


 「クック……いいよいいよ、仕事なんだから仕方ない。じゃ、頑張ってな」


 双魔は屈んで受付の男性が落とした短杖を拾い上げて、手渡してやる。


 「は、はっ!」


 胸に手を当て深々と頭を下げる受付の男性に見送られて双魔は無事、サロンに足を踏み入れた。


 いよいよ、イサベルの父親との対面がすぐそこまで迫るのだった。


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