第143話 左慈の鑑識眼

 「おはようっス!」

 「ああ、おはようさん」


 元気なアメリアに対照的な覇気のない挨拶を返して、梓織しおり愛元あいげんの方に目を向ける。二人は何故か不自然な笑みを浮かべて硬直している。


 (……ん?ああ、そう言うことか)


 二人の視線の先には鏡華がいた。二人とも初めて会う鏡華に緊張でもしているのだろう。


 それを察したのか鏡華が半歩前に出た。


 「初めまして、うちは六道鏡華と言います。よろしなぁ」


 微笑みを浮かべて初対面の挨拶をした鏡華にいち早く反応したのはやはり元気と距離の近さが売りのアメリアだった。


 「わわ!初めまして!アタシはアメリア=ギオーネっス!伏見くんには色々お世話になってるっス!噂の伏見くんの婚約者さんっスよね?綺麗な人でビックリっス!」


 (……まさか、魔術科まで広まってるのか)


 アメリアの口から出た”婚約者”と言う単語に双魔は表情には出さなかったが背に嫌な汗が伝った。


 「アメリアはん、よろしなぁ……うちが双魔の婚約者言うんは本当やけど、あんまり言わんといてなぁ…………双魔が照れてまうさかいねぇ」

 「ほえー、分かったっス!よろしくっス!」


 鏡華はアメリアの質問に答えつつ、やんわりと釘を刺す。視線はそのまま不自然な笑顔を浮かべいる二人に向いた。


 「そっちの二人は……あらぁ、あんはんは檀はんの妹はんの梓織はんやろ?」

 「え?わ、私のこと知ってるの?」

 「少し檀はんにお世話になったさかい……会うのは初めてやね?よろしゅう」

 「え、ええ、よろしくね、六道さん」


 一瞬、狼狽えたように見えた梓織だったが、すぐにいつもの様子に戻り、笑顔を浮かべた。


 今度の笑顔に不自然さはなかった。


 「……それがし、姓を、名をあざなを愛元と言います。以後よろしくお願いしますぞー」


 愛元は袖から手が出ていないまま、両手を合わせてぺこりと頭を下げた。


 「あらぁ、中華の方なんやね。よろしゅう、愛元はん……でええの?」

 「ええ、字で読んでいただければー」

 「分かったわ。今度お茶でも」

 「ええ、是非―」

 「ほな、うちは教室行くわ。ティルフィングはんも行こか」

 「うむ!では双魔また後でな!」

 「ん、またな」

 「ごきげんよう」


 鏡華は嫋やかに一礼するとティルフィングと浄玻璃鏡を連れ立って去っていった。


 その場には双魔一人が残される。三人の視線が双魔に集中する。


 「…………なんだよ?」

 「伏見くん…………婚約者がいるって本当だったのね」

 「しかも、すごく綺麗で優しそうな人だったっス!」

 「隅に置けませんなー」


 三人の視線に湿り気が帯びているように感じて居心地が悪くなった双魔は片眼を閉じると親指でグリグリとこめかみを刺激した。


 「…………お前さんらには関係ないだろ……じゃあ、俺ももう行く。教室でな。遅れるなよ」


 そう言い残すと双魔はそそくさと去っていこうとする。


 「ちょっと、お待ちをー」

 「ん?何か用か、左慈」


 それを愛元が呼び止めた。双魔は翻した身をもう一度こちらに向けた。


 「イサベルどのが何やらご相談があるとのことでしたので、よろしかったら乗ってあげてくださいー」

 「!?」


 愛元の発言に梓織が目を丸くした。が、視点の問題で双魔はそのことに気づかない。


 「ガビロールが?ん、分かった。じゃあな」

 「はいーよろしくお願いしますぞー」


 用件を聞くや否や双魔は今度こそ愛元たちの前から去っていった。


 「…………愛元、どういうつもり?」


 双魔の背中が見えなくなった後、梓織が眉間にしわを寄せて愛元を睨んだ。


 「いやいや、これは大丈夫そうかと思いましてー」

 「大丈夫って何が?」

 「まあまあ、梓織ちゃん落ち着くっス!愛元ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫っスよ!きっと!」


 険悪な雰囲気になりそうだと思ったのかアメリアが二人の会話に割って入った。


 「私はどうして大丈夫なのか聞いてるの。最悪、今回の件はイサベルの横恋慕になり兼ねないというか…………半分なっているようなものよ。あの子には傷ついて欲しくないわ……もちろん伏見くんにもね。あなたの人相見を疑うわけじゃないけれど、しっかりと説明なさい」

 「いやいや、しっかり説明はしますよー」


 愛元は幻術を得意とするが、その他にも人相占いも得意し、その的中率はかなりのものだ。鏡華の顔を見て何かが分かったようだった。


 「六道どのと言いましたかー、あの方、善性が極めて強い上にー、聡明でかなり器の大きな人のようですのでー、イサベルどののことも伏見どのに放り投げてしまって大丈夫かとー。イサベルどのも同じく聡明で才に溢れる方ですからなー」

 「器が……大きい?梓織ちゃん、どういうことっスか?」


 愛元の言葉の意味がよく分からなかったのかアメリアは首を傾げながら梓織の方に顔を向けた。


 顔を向けられた梓織も梓織で啞然とした表情を浮かべていた。


 「愛元……あなた、まさか…………」

 「はいー、概ね梓織どのの予想通りかとー……後はイサベルどの次第ですかなー」

 「…………まあ、そうね……あの子がいいなら……それで丸く収まるかしら」

 「どういう事っスか?二人とも教えて欲しいっス!」


 一人、話を理解できていないアメリアがオロオロしはじめた時、丁度、授業開始が近づいていることを知らせる鐘の音が鳴り響いた。


 「いけない!そろそろ行きましょ!」

 「伏見どのに怒られてしまいますからなー」


 二人はさっさと空になったカップやゴミをトレーに載せて立ち上がる。


 「二人ともー!アタシにも教えてくれなきゃ嫌っスよー!」


 始業の時間が迫り、人の少なくなった広場にアメリアの悲鳴のような声が響くのだった。

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