第126話 弔い、坂上鈴鹿

 年は明け、元旦。初詣に訪れた参拝客で賑わう清水の一角に、一か所、陰陽寮の者たちによって封鎖された場所があった。


 人が行き交うのも苦労するほど混雑する参道とは対照的に、そこだけは人がいない。


 柱が五本たち、中を隠すように白布が張られている。


 立ち入る者がいないように数人の陰陽師が立っているだけだ。


 そこに、ふらりと二つの影が訪れた。


 二条の武官の制服を身に纏い、松葉杖をついてよろめきながら歩いてくる。身体が不自然に揺れるのに合わせて左耳のピアスがぶつかり合って、チャラチャラと音を立てる。


 その傍らには、錦の唐衣を身に纏った背の低い黒髪の少女が帯同する。長く伸びた前髪でその表情はよく分からない。


 松葉杖の女、坂上鈴鹿はよたよたと見張りの陰陽師に近づいた。


 「おい、ちょっと通してくれ」

 「ん?ここは見ての通り立ち入り禁止なんだが…………」


 責任者らしき陰陽師が一瞬鈴鹿に訝し気な視線を向けて立ち塞がる。が、すぐにそれは和らいだ。


 「もしや……坂上さかのうえ鈴鹿殿ですか?」

 「ああ、そうだ」

 「これは失礼した!檀様から話は伺っています。どうぞ」


 どうやら檀が話を通してくれていたらしい。少々疑われたようだがすぐに通された。


 少女が先に進んで鈴鹿が通りやすいように白布を横に退かしてくれる。


 「おう、ありがとよ」


 鈴鹿はヒョコヒョコと幕の中に入る。


 幕の中には一つの真新しい塚があった。


 ここは元々鈴鹿の先祖である田村麻呂が朋友を供養するために作った塚があった。知られてはいなかったが、その首もここに埋められていたらしい。


 数日前、千子山縣邸跡にて鏡華と双魔によって鎮められた後に残った遺骨は丁重に回収されたと聞いた。


 その後、今回の事件の原因で荒らされてしまったものを陰陽寮の頭、土御門晴久の指示で新しく供養しなおしてくれているらしい。


 「へへへ…………災難だったな、あんたも」


 塚からはあのおぞましい怨念ではなく穏やかな気が感じられるような気がした。


 「……………………」


 少女、田村麻呂の愛刀だった騒速が塚の前にしゃがみ込んで手を合わせる。


 騒速はかつて、彼の東方の英雄と直接相まみえたはずだ。


 言葉少ない彼女は今回の出来事に何を思っているのか、鈴鹿には分からない。それでも、こうして一心に手を合わせているのだからそれでいいのだろう。


 「ワタシはあんまり飲まないんだけどよ、せっかくだから奮発して買ってきてやったぜ」


 鈴鹿は持ってきた袋から酒瓶を取り出す。片手が松葉杖で塞がっているのに気づいた騒速が立ち上がって蓋を開けてくれた。


 「ありがとよ…………そら、飲んでくれ」


 鈴鹿は瓶の口を塚に傾ける。とくとくと瓶から流れ落ちる酒が塚に染み込んでいく。


 「あんた、消える間際にワタシとご先祖様に謝ったんだってな…………聞いたぜ」


 塚に向かって語り掛ける。が、もちろん返事はない。鈴鹿も騒速も何も言わない。しばらくは酒が瓶から流れ出る音だけが響いた。


 やがて、瓶の中の酒は尽き、その全てが塚に染み込んだ。


 「まあ、気にすることじゃないよ…………もし、向こうでご先祖様に会えてるなら…………この酒を二人でゆっくりと話のお供にしてくれれば満足さ…………」


 ふいに、風が吹き、白幕がバタバタと揺れる。この季節には珍しい穏やかな風だ。冷たさの中に優しさが感じられる。


 ピュイィィィィィィーーーー……………………


 何処からか、猛禽の気高き声が響き渡る。


 空を見上げる。雲一つなく、真っ青な、きっと、古と変わりないであろう空がどこまで続いていた。


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