第106話 奇妙なうわさ
「ふー…………」
ティルフィングは満腹感で幸せなのか壁に背中を預けて両手でお腹をさすっている。
「ん、十時か」
「陰陽寮行くのは午後の三時やったっけ?」
「ん、そうだが…………少し早めに着くようにしたいな」
「分かった、そしたら少し早めに出よ。うちは左文はんに手伝って貰て、おせちの準備するから双魔はそれま好きにしててええよ」
「そうか…………ん、分かった。じゃあ、俺は外をブラついてくる」
「お昼ご飯はどうするん?」
「適当に食べてくる」
「そ、そしたらうちは出掛ける準備済ませて待ってるわ。何時ごろ出よか?」
「一時半ごろでいいと思うが…………」
「うん、分かった。一人で行くん?」
鏡華はそう言いながら壁にもたれかかって足を開いたり閉じたりして暇そうなティルフィングを見た。
「ん。ティルフィング、少し散歩に行くけど、一緒に行くか?」
「む、もちろん行くぞ!」
ティルフィングはぴょんっと飛び跳ねるように立ち上がる。
「左文、少し出掛けてくる」
「かしこまりました。お気をつけていってらっしゃいませ」
左文はわざわざ作業を一度中断して台所から顔を覗かせてくれた。
廊下を通り、玄関へと向かう。庭は変わらず、雪で真っ白だ。
(……ん?)
ふと、隅にある仏堂が気になった。閉じていたはずの扉が少し開いて、揺れていた。
(…………まあ、いいか)
あそこと双魔にはそう深い関係もない。鏡華も気づいているはずなので、閉めに行くだろう。
「はい、これ」
鏡華がハンガーに掛けておいた双魔とティルフィングのコートを手にぱたぱたと足を鳴らしてやってくる。
「ん、ありがとさん」
「かたじけない!」
二人は受け取ったコートを着込む。双魔は屈んでティルフィングのコートのボタンを留めてやる。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってくるぞ!」
「はいはい、気いつけてな」
鏡華に見送られて、双魔とティルフィングは手を繋いで仲良く屋敷を出発した。
屋敷を出て八坂の塔の方向に足を進め、清水の参道をブラつきながらティルフィングが興味を示した場所があれば入るといった感じで歩き回っているとあっという間に時間が過ぎた。
途中で何度か気になる噂話を耳にした。
内容は「清水近辺の塚が何者かに荒らされたらしい」というものだ。
店に入るたびに何人かの店員に聞いて回ったが皆一様にただの噂話として認識しているらしく詳しい話を聞くことは出来なかった。
双魔はその噂が何処かに引っかかって仕方なかった。
人に聞けないなら自分で歩いて調査をしようと思ったが時間がない。
何しろ塚など人に知られていないものも含めればこの近辺には数え切れないほど存在する。
どう考えても時間が足りない。結局、諦める他なかった。
双魔とは真逆にティルフィングは団子や、抹茶を使ったパフェなどのスイーツ類、蕎麦などを食べてご満悦の様子だ。
双魔は蕎麦しか食べていないが、茶店に入るたびにお茶や抹茶を飲んでいたので、胃の中でそれらがタプタプと揺れている。そのせいで少し腹が苦しい。
「……うっぷ…………ん、そろそろいい時間だな。帰るか」
「うむ!とても楽しかったぞ!また来たい!」
「ん、また今度な」
二人で登ってきた坂を下って行く。この辺りは年末とは言え観光客が多い。はぐれないようにティルフィングの小さい手をしっかりと握りなおす。
ティルフィングは上機嫌で、繋いだ双魔の手をぶんぶんと振りながら歩く。
時間が時間なので、坂を登って来る人の流れに逆らうのに骨が折れたが、なんとか人の少ない場所まで戻ってくる。ここまで来れば屋敷は目と鼻の先だ。
何となくティルフィングが手を振るのに合わせて双魔も腕を振ってみる。
「む?ふふふ……」
ティルフィングも楽しそうだ。屋敷の門をくぐると玄関の前で外出用の着物に着替えた鏡華と出くわした。庭で何やらしていたようだった。
「あら、二人ともお帰り」
「ん、ただいま」
「ただいまだ!」
「もう、行く?」
「そうだな、そろそろ出よう」
「わかった。少し待ってて、羽織るものとか持ってくるさかい」
そう言うと、鏡華は家の中に消えていった。
「ソーマ、すこし庭を見てきてもいいか?」
「ん、雪が少し溶けてるかもしれないから濡れないように気をつけろよ」
「わかった!」
ティルフィングはトテトテと庭へとウキウキしながら歩いていく。
「…………」
手持ち無沙汰になった双魔は立っているのも疲れるので玄関に入って腰を下ろす。
そのまま、戸を開けっ放しにして外を眺める。門も開けっ放しなので、表の細い通りを親子が楽しそうに歩いている姿が目に入った。
(…………昼間は平和なのは帝とその臣たちのご威光故…………か)
一時の神々の帰還によって魔導に関わる者たちが再び光を浴びた際、当時の帝は民の幸福を祈り、その絶大なカリスマにより陰と陽のバランスを上手く調整し、一般の臣民が暮らしやすい統治を切り開いた。
普段はブリタニアに身を置いているので、日本との違いがはっきりと分かる。
ブリタニアは良くも悪くも魔導の者たちの力がかなり強い。時には一般の人々が負担を強いられることもある。一方、日本では一般人への負担は雀の涙ほどに抑えられている。
(我が母国ながらよくできてるな…………)
そんな小難しいことを考えていると廊下を歩いてくる音が二人分聞こえてきた。鏡華と、左文も見送りに来てくれたようだ。
「お待たせ」
昨日は余程冷えたのだろう、着物の上に羽織ではなく厚手のコートを着込んでいる。ストールは昨日と同じものだ。頭にはさっきは着けていなかったトレードマークの曼珠沙華の髪飾りを着けている。
「ん」
双魔は膝に手を当ててのそりと立ち上がる。
「坊ちゃま、お気をつけて…………鏡華様も坊ちゃまのことをお願いいたします」
「ん、任せて。双魔が無茶しいひんようにしっかり見とくわ」
「それならば安心ですね。ふふふ」
「ほほほ」
鏡華と左文が向かい合って笑っている。
微妙に子ども扱いされて居心地が悪いのか双魔は面白くないような表情を浮かべる。
「ティルフィングはんは?」
鏡華は双魔の不満については気にしていないようだ。
「外にいる」
「そ、じゃあ、行こか。玻璃はまたあっちで落ち会お言うてたし……」
「そうか、じゃあ、行ってくる」
「左文はん、お留守番頼んでしもて堪忍なぁ」
「いえいえ、お気になさらないでくださいませ。お二人ともいってらっしゃいませ」
左文に見送られて玄関を出るといつの間にかティルフィングが立っていた。
「おお、出発するのか?」
ぴょんぴょんと小さな身体で元気に跳ねて見せる。コートや髪の所々に雪がついていた。
双魔はそれを軽く払ってやるとティルフィングと手を繋ぐ。
「うむ、それでは、出発だ!」
元気な声を合図に双魔たち一行は陰陽寮への道を歩きはじめた。
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