第74話 遭遇
陰陽寮を出た後、剣兎は見るからに流行っていない閑散としたラーメン屋で昼食を取っていた。
無愛想な店主は剣兎に料理を出した後はパイプ椅子に座ってしかめっ面を浮かべて新聞を読んでいる。
店内に響くのは点けっぱなしテレビから流れてくるワイドショーのコメンテーターの声だけだ。
黙って麺を啜っていると油でべたついたカウンターテーブルにティッシュを敷いて、その上に載せていたスマートフォンにメッセージが届いた。
送り主は檀で彼から春日を通して賀茂家の当主が協力を快諾してくれたとの連絡だった。檀には段取り通りにするように伝えるとどんぶりに残っていたスープを飲み干して席を立った。
「ごちそうさまでした。お勘定、ここに置いておきますね」
店主の目がジロリとこちらに向く。
「………………毎度」
終始無愛想だった店主に見送られながら剣兎はラーメン屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後は死者や行方不明者が出た現場を一つずつつぶさに確認していった。
「…………」
死者が出た場所は規制線が敷かれることもなく普段の空気のままだ。一般には情報を公開していないらしいので、隠蔽工作をしっかりとしているのだろう。
しかし、その場には目には見えない妙な痕跡が残されていた。
(……これは怨念かな?)
死者が出た現場の全ての場所に微かに何者かの思念、怨念がこびりついていた。どうやら同一犯と見て間違えなさそうだ。
調査をしているうちに日は暮れて物の怪たちの時間がやってくる。しかし、連日の奇声に怯えているのか付喪神たちは全く姿を見せない。
(うん……寂しい夜はよくないかな)
百鬼夜行の付喪神たちは愛嬌があるものが多い。このままの状態は良くない。そんなことを考えつつ、しっかりと警戒してとある路地を曲がろうとしたその時だった。
「ヒーーーーーーーーーー!ヒョーーーーーーーーー!」
遠くから身の毛がよだつ奇怪な声が鳴り響いた。
「これは……”オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ”」
韋駄天の真言を唱えて脚力及びその他の身体能力を強化すると飛び上がり、近くにあった一番高い建物の屋上に着地する。
それと同時に胸ポケットに突っ込んでいたスマホが振動した。画面を見ずに通話ボタンを押し、奇声が聞こえてきた方向を確認する。
「もしもし、幸徳井殿かな?」
『はい!剣兎さん、奇声の主が
”神泉苑”は二条城のすぐそばにある寺院だ。ここからは少し遠いが韋駄天の力を身に宿した剣兎ならすぐに駆けつけることが出来るはずだ。
「分かった。僕は今、清水の近くにいる。そちらに急行するよ!」
檀と通話しながら剣兎は夜の街を駆け抜ける。
『了解しました!それでは……』
「ッ!?幸徳井殿、ちょっと待って!」
檀が通話を切ろうとしたところ剣兎の声が突然緊迫感を増した。
『どうしましたか?』
剣兎は凄まじい殺気を感じて足を止める。眼下の路地には既に見るも無残な姿になった陰陽師が数人転がっている。その傍に、奴はいた。
ボロ布を身に纏い、髪を伸ばしきった男が片手に持った長剣を振り上げている大きな影が目に入った。その身から漂わせている濃密な瘴気は各現場に残されていたものと同一のものに違いない。
(……あれは……ビンゴだ!)
今、発生している二つの怪異、その残忍性が高い方の正体に違いない。
「間にあって欲しいねっ!」
剣兎はその場を影目掛けて飛び出した。剣を振り上げているということは、まだ生存している者、殺されていない者がいる可能性が高い。
初めての生きた証人を得たいという気持ちと救える命は救いたいという気持ちが剣兎を突き動かした。
「シッ!」
剣兎の身体は放たれた一矢が如く、速く、鋭く、謎の影に向かっていき、一瞬で肉薄した。
「!?」
飛び出したそのままの勢いで影に向かって飛び蹴りを放ち、あわよくば手傷を負わせようと思った。
しかし、影、大男は剣兎の襲撃をギリギリで察知したのか剣身で衝撃をいなしてしまった。とは言え瘴気を放つ大男はその場から五、六メートルは吹き飛ばされた。
剣兎は空中で一回転して着地する。それと同時に鼻にむせ返るような血の匂いが飛び込んでくる。
大男に大部分の注意を向けつつ、背後で血塗れで倒れている陰陽師たちに声を掛ける。
「生きているかな?」
「……カッ……ヒュー……ヒュー…………」
剣兎の声に動かなくなっていた一人がビクンと震え荒々しく呼吸をしはじめた。
幸いなことにどうにか命は保っているらしい。が、それも風前の灯火だ。
『剣兎さん!?剣兎さん!?何が起きているんですか!?』
通話を切らずにいたスマホから檀の血相を変えた声が聞こえてくる。ポケットに突っ込みなおした時にスピーカー機能が作動していたらしい。
「ああ、幸徳井殿、陰陽師、検非違使殺しの正体と思われる者と今、対峙してるんだ」
『何ですって!?』
チラリとまだ息のある陰陽師から少し離れた場所で血の池に伏しているもう三人の陰陽師を横目で見る。残念ながらあちらは手遅れのようだった。
「要救助者が一人、深手を負わされてすぐにでも事切れそうだ。今の座標に早急に救急部隊を!」
『分かりました!剣兎さんは?』
「僕はこのまま奴を引きつける!応援に来てくれると嬉しいかな」
『了解しました!付近の班をそちらに向かわせます!自分も!』
「よろしく頼むよ」
そう言うと通話が切れた。檀に任せておけば万事問題はないだろう。
「…………」
対峙する大きな影は丁度電灯の下に立っており、闇の中にその姿を鮮明に浮かび上がらせていた。
身長は三メートル弱、雪が降る寒さにもかかわらず纏うのは薄いボロ布、露出した腕や足の肌は土気色で死人のようだ。顔には木製の仮面を装着しており、仮面の奥から生気のない目がこちらを見ている。
「…………」
大男は剣兎を敵と見定めたのか、ゆったりとした動きで長剣を構えなおす。その動きは完成されており、微塵の隙も見当たらない。
(……強いな)
剣兎の背後には重傷者がいる。すぐに救急部隊がくることを考えるとこの場を離れた方がいいだろう。
「……よし、行こうか」
小さく呟くと剣兎は地面を踏みしめ、脚力を一気に爆発させた。低い姿勢で大男へと突進していく。両者の距離は一瞬で縮まる。
「…………」
大男は剣兎の飛び込んでくる場所を予測して剣を振り下ろす。その直前、剣兎は路地際の壁を蹴って飛び上がると大男の側頭部に蹴りを叩き込んだ。
余りの脚力に蹴った壁には靴跡が刻み込まれていた。が、蹴りを喰らったはずの大男は少しぐらついただけだ。
剣を持っていない方の手を顔に当てて何度か首を振ると、少し離れた場所に着地していた剣兎目掛けてグリンと首が回った。どうやら無事ターゲットは完全に剣兎へ移ったようだ。
大男は、ズシンズシンと一歩ずつ重厚な足音を立てながらもかなりの速度で剣兎を追跡し始めた。
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